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新選組・業務改善日誌 ~転生沖田総司は合理的に幕末をデバッグする~  作者: 斉宮 柴野


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3/6

ナイスキル

正道「司姉ちゃん、遊びって楽しいね!」


司「はい。適切な負荷と恐怖は成長を促します」


正道「……?」


司「つまり、いい訓練です」

市谷の路地裏にある空き地。ここが今日のフィールドだ。


都市計画が杜撰な江戸において、こうした用途不明の空白地帯ブランク・ゾーンは子供たちの社交場として機能している。


地面は乾燥した土。砂埃が舞う。PM2.5の濃度が気になる。呼吸器系への悪影響が懸念されるが、マスクをつけると不審者扱いされるので我慢する。周囲には雑草が生い茂っている。植生管理がされていない。行政の怠慢だ。


私は現在、この場所で「遊び」という名のフィールドワークを行っている。遊び。それは子供にとっての仕事であり、社会性を身につけるためのシミュレーションだと言われている。だが、私の定義は違う。これは「戦闘訓練」であり「物理実験」であり、そして「人材育成マネジメント」の実践の場だ。


目の前には、竹馬がある。二本の竹に足場をつけただけの、極めて不安定な移動ツールだ。構造上の欠陥がある。重心が高すぎる。支持基底面が狭すぎる。転倒リスクを最大化するように設計されているとしか思えない。


だが、私はこれを完全にマスターした。バランサー機能の強化。体幹コアのスタビリティ向上。三半規管のキャリブレーション完了。 今や私は、この竹馬に乗ったままスクワットも可能だ。


「おい司!また新しい竹馬乗れるようになったんだってな!貸せよ!」


不快なノイズが鼓膜を叩く。ジローだ。近所のガキ大将であり、このエリアのボスアルファ・メール気取りの男。年齢は七歳。知能指数(IQ)の差は歴然としている。彼は私の竹馬を奪おうとしている。所有権の侵害だ。ジャイアニズム(お前のものは俺のもの)の実践者だ。


「ジロー君。君の運動神経と三半規管のバランスから計算すると、転倒確率は9割です。医療費の無駄遣いになるので推奨しません」


淡々と事実ファクトを告げる。嫌味ではない。


リスクアセスメントだ。彼の運動能力は「力任せ」に特化しており、繊細な重心移動を要する竹馬との相性は最悪だ。互換性がない。乗れば必ず落ちる。落ちれば怪我をする。この時代、抗生物質はない。破傷風のリスクもある。医療リソースの浪費を防ぐための、親切なアドバイスだ。


「あぁ!?なんだよその言い方!可愛げがねえな!」


ジローが顔を真っ赤にして怒る。沸点が低い。感情制御アンガーマネジメントができていない。「可愛げ」またその非定量的なパラメータか。愛想笑いというオプション機能を実装し忘れたわけではないが、彼相手に起動するコストが無駄だと判断しているだけだ。


私の背後で、小さな影が動く。正道、五歳。私の忠実なる信奉者フォロワー。彼は目をキラキラさせて私を見上げている。瞳孔が開いている。ドーパミンが出ている。


「すごいよ司姉ちゃん!未来が見えるの!?」


彼の解釈は常にオカルト寄りだ。私が計算に基づいた予測を述べるたびに、彼はそれを「予言」と受け取る。宗教の発生プロセスを目の当たりにしている気分だ。カリスマ性の誤用だ。


「未来というか、物理法則です。……正道、君は私の後ろに。射線に入ると危ない」


彼を誘導する。射線。ジローからの攻撃ベクトル、および私がこれから行うかもしれない反撃の軌道上から、非戦闘員シビリアンを退避させる。リスク回避だ。


「うん!僕、司姉ちゃんの盾になる!」


正道が胸を張る。違う。ミートシールドにするつもりはない。いや、最悪の場合はそうなるかもしれないが、現時点ではその運用は想定していない。彼の忠誠心ロイヤリティが高すぎて怖い。自己犠牲を美徳とする思考回路は、ブラック企業の社畜としては優秀だが、長生きはできないタイプだ。教育的指導が必要かもしれない。「命を大事に」という基本方針ポリシーをインストールしなければ。


「なんで遊びで盾が必要なんだよ!……おい、今日は石合戦やるぞ!俺に勝てると思ってんのか!」


ジローが吠える。石合戦。子供の遊びの中でも、最も野蛮かつ危険なカテゴリに属する遊戯だ。硬度のある鉱物を、人体に向けて投擲する。原始的な遠距離攻撃訓練だ。当たり所が悪ければ失明、あるいは打撲、裂傷を負う。安全管理マニュアルが存在しない無法地帯だ。


「石合戦……。原始的な投擲訓練ですね。承知しました。受けて立ちます」


逃げるという選択肢はない。舐められたら終わりだ。この地域のヒエラルキーにおいて、私の優位性を維持するためには、たまには武力行使による威嚇デモンストレーションが必要だ。平和維持活動(PKO)の一環だ。


ジローが足元の石を拾う。形状は不規則。重さは推定150グラム。彼は大きく振りかぶる。予備動作テイクバックが大きい。モーションが読める。


「うらあ!」


彼が投げる。石が空を切る。軌道計算。放物線を描いて私の方へ飛んでくる。速度は遅い。時速40キロ程度か。止まって見える。私は上体をわずかに左に傾ける。最小限の回避行動。カロリー消費を抑える。


ヒュン。


石は私の右耳の横、約10センチの空間を通過し、後方の草むらに着弾する。ノーダメージ。


「無駄な動作が多いです。肩の回転軸がズレている。それでは初速が出ません」


即座にフィードバックを行う。コーチングだ。彼は腕の力だけで投げようとしている。下半身からの運動連鎖が使えていない。運動エネルギーの伝達ロスが大きい。効率が悪い。


「うっせえ!避けるなよ!」


「避けないと当たります。当たり前です」


足元の小石を見る。武器ウェポンの選定。手頃なサイズ。親指と人差し指で挟みやすい形状。空気抵抗(Cd値)が低そうな流線型を選ぶ。これだ。私はそれを拾い上げる。


視界が変わる。ターゲットロックオンモード起動。ジロー。距離、約7メートル。身長、約120センチ。風を読む。頬に当たる風の感触からデータを収集する。


「風速、南南東へ2メートル。湿度40%。目標、ジローの眉間」


狙撃スナイピングのシークエンスに入る。湿度40%。空気密度に影響する。弾道計算における誤差修正パラメータだ。目標は眉間。前頭葉の中央。チャクラで言えば第三の目。急所だ。


「は……?」


ジローがポカンとしている。彼には理解できないだろう。私が今、脳内で高度な物理演算を行っていることを。コリオリの力は無視できる距離だが、マグヌス効果は考慮に入れる。指先にかけるスピン量。手首のスナップ。肩甲骨の可動域。すべての身体機能を一点に集中させる。


右腕を鞭のようにしならせる。脱力からの瞬間的な筋収縮。インパクト。リリース。


ヒュンッ!!


風切り音が鋭い。小石はもはや石ではない。亜音速の弾丸だ。視認不可能な速度で空間を裂く。


ジローの目が驚愕に見開かれる。反応できない。彼の動体視力では捉えきれない。


バシュッ!


石がジローのデコを掠める。皮膚が裂ける音ではない。空気が圧縮されて弾ける音だ。あと1ミリ右なら直撃していた。石はそのまま後方の板塀に突き刺さる。メリッという音がする。木材にめり込んでいる。貫通力ペネトレーションが高すぎる。


ジローが尻餅をつく。腰が抜けている。顔面蒼白。失禁していないか確認する余裕はない。額から一筋の血が流れる。かすり傷だ。だが、その衝撃波で脳震盪を起こしかけているかもしれない。


「ひいっ!?」


悲鳴にもならない声。恐怖フィアー状態。戦意喪失を確認。


自分の手を見る。出力調整を誤った。


「あ、計算ミス。殺傷能力が高すぎました。次は威力を落として、膝の皿を砕く程度にします」


反省会だ。今のショットはヘッドショット判定で即死インスタントキルのリスクがあった。子供の喧嘩で死人を出すのは、コンプライアンス的にまずい。警察沙汰になる。奉行所か。面倒な手続きが増える。次は部位破壊パーツブレイクを狙うべきだ。膝の皿(膝蓋骨)。ここなら死なない。歩行困難になるだけだ。再生医療のないこの時代では、一生杖をつくことになるかもしれないが、命があるだけマシだろう。慈悲深い判断だ。


次の石を拾うふりをする。リロード動作。


「お前、遊びじゃねえだろそれ!!殺す気か!!」


ジローが後ずさりながら叫ぶ。正解だ。私にとって遊びとは、生存競争のメタファーだ。本気ガチでやらない遊びに何の意味がある?常に死と隣り合わせの緊張感こそが、成長を促すのだ。


「すごい!すごいよ司姉ちゃん!今の音、ビュンって言った!」


背後で拍手の音がする。正道だ。彼は今の殺人的な投擲を見て、感動している。倫理観が欠如している。あるいは、私への信仰心が倫理を超越している。「ビュンって言った」。擬音語オノマトペによる称賛。語彙力が貧困だが、感情は伝わってくる。


彼の方を向く。教育のチャンスだ。正しい評価基準を教え込まなければならない。


「正道。褒める時は『ナイスキル』と言いなさい」


「ナイスキル!」


正道が復唱する。元気よく。笑顔で。意味も分からずに。「ナイスキル」。素晴らしい殺害。FPSゲーム用語だ。この時代には存在しない概念だが、語感がいい。彼にはこの言葉を、賞賛の最上級として刷り込む。パブロフの犬のように、敵が倒れるたびにこの言葉を発するように条件付けを行う。


ジローが震えながらツッコミを入れる。


「教育に悪いわ!!」


もっともな意見だ。情操教育としては最悪の部類に入る。だが、ここは新選組予備軍の訓練所だ(勝手に設定)。優しさや思いやりといった「弱さ」につながる感情は、今のうちに排除しておくのが合理的だ。


ジローを見下ろす。彼はまだ腰を抜かしている。勝負ありだ。石合戦、私の勝利ウィンKPI達成。


「ジロー君。これで分かったでしょう。無策な攻撃は、圧倒的な技術格差の前では無意味だということが。次回からは、もっと戦略を練ってから挑んできてください。いつでも相手になります」


勝者のスピーチを行う。フィードバックは忘れない。彼が成長すれば、また私のいい練習台サンドバッグになる。持続可能なライバル関係の構築だ。


ジローは涙目で逃げ出す。「覚えてろよー!」という捨て台詞。定型文だ。伝統芸能を見ているようで安心感がある。彼はきっとまた来るだろう。そしてまた、私の実験台になる。美しいエコシステムだ。


「司姉ちゃん、ナイスキル!」


正道がまた言う。学習能力が高い。早速実践している。私は彼の頭を撫でる。報酬リワードを与える。


「よくできました。正道。君には将来、私の弾薬補給係アモ・サプライヤーを命じます」


「わーい!アモ・サプライヤー!」


彼は喜んでいる。意味などどうでもいいのだ。私に役割を与えられたこと自体が、彼にとっては至上の喜びなのだ。扱いやすい。本当に扱いやすい人材だ。


空を見上げる。青い空。白い雲。そして、路地裏に響く「ナイスキル」という無邪気な声。今日も平和だ。私の「最適化」された幼年期は、順調に進行している。バグだらけの世界で、私だけが正常に動作している。そう確信できる瞬間だ。


さて、次はどこの筋肉を鍛えようか。竹馬に戻り、片足スクワットでも始めるとしよう。正道が数えてくれるはずだ。「いち、に、さん、ナイスキル!」……使い方は間違っているが、まあいい。モチベーション維持には十分だ。










汗と埃、そして男たちの熱気が混じり合った、独特の複合臭。


衛生管理基準(HACCP)に基づけば、即座に改善命令を出したくなる環境だ。換気扇がない。空気清浄機もない。浮遊粉塵の濃度が高い。呼吸するたびに、私の肺胞フィルターが汚れていくのを感じる。だが、ここは私の「職場見学インターンシップ」の場だ。我慢するしかない。


道場の中央で、林太郎叔父上が素振りをしている。彼はこの道場の主であり、私の当面の保護者の一人だ。筋肉量は標準以上。体脂肪率は推定15%前後。健康状態は良好に見える。彼は木刀を振り上げ、空気を切り裂く。


「ふんッ! せいッ!」


気合シャウト。音響エネルギーの無駄遣いだ。声を出すことで腹圧を高める効果はあるが、それ以上に酸素消費量を増大させている。有酸素運動としては成立しているが、殺傷行為としての効率性には疑問符がつく。私は道場の隅に座り、その動作を観察モニタリングする。視覚情報処理センターをフル稼働させる。フレームレートを上げる。彼の動きをコマ送りに分解する。


振り上げ。上腕二頭筋の収縮。広背筋の伸展。頂点トップでの静止。振り下ろし。重力加速度の付加。インパクト。フォロースルー。


一連のシーケンスを解析する。悪くない。一般人レベルの基準スタンダードなら、十分に「達人」と呼ばれる部類だろう。だが、私の求める「最適解」ではない。無駄がある。ノイズが多い。筋肉の連動性に、わずかな遅延レイテンシが見られる。


林太郎叔父上が動きを止める。汗を拭う。私に気づく。満面の笑みを浮かべる。承認欲求の塊だ。「叔父さんすごいだろう」という非言語メッセージ(ノンバーバル・コミュニケーション)を全身から発信している。


「お、司か。どうだ、叔父さんの剣は。格好いいだろう?」


彼は同意を求めている。「格好いい」という主観的かつ感情的な評価軸での回答を期待している。だが、私はコンサルタントだ(自称)。クライアント(叔父)に対して、耳障りの良い嘘をつくことは契約違反だ。正直なフィードバックこそが、業務改善の第一歩だ。


「叔父上。今の三太刀目ですが、振りかぶる際に0.4秒の隙が生じています。今の私なら、脇の下の動脈を突き刺して失血死させることが可能です」


事実を提示する。0.4秒。人間が視覚刺激を受け取ってから筋肉が反応するまでの時間が約0.2秒。つまり、相手が反応し、対抗動作を取るのに十分すぎる時間的猶予バッファを与えている。致命的なセキュリティホールだ。


脇の下。腋窩動脈えきかどうみゃく。防具のない脆弱性ポイント(ウィークポイント)。ここを鋭利な物体で穿孔すれば、大量出血を誘発できる。止血は困難。数分でショック状態、そして心停止に至る。完全なキルルートだ。


林太郎叔父上の表情が凍りつく。笑顔がピクセル崩壊を起こす。処理落ちしている。五歳の姪から「失血死」という単語が出たことに対する認知的齟齬コグニティブ・ディソナンスが発生している。


「……え?」


彼は短く発音する。理解が追いついていない。私は補足説明を行う。丁寧なプレゼンテーションが必要だ。


「剣術とは、人体破壊の効率化メソッドですよね? いかに最小の労力カロリーで、対象の生命活動を停止させるか。……非常に興味深いです。これなら私の『感情のなさ』も、戦闘マシーンとしての適性評価アドバンテージになります」


定義を再確認する。


剣術=スポーツではない。

剣術=殺人術だ。目的ゴールは相手の機能停止シャットダウン

手段プロセスは刃物による組織破壊。評価指標(KPI)は、致死率と生存率。シンプルだ。非常にシンプルで美しいロジックだ。そして、この業務において、感情エモーションは阻害要因にしかならない。恐怖、躊躇、憐憫。これらは判断速度を鈍らせるバグだ。


私にはそれがない。サイコパスという特性は、この時代においては最強のスキルセットだ。履歴書の「長所」欄に書けるレベルだ。


林太郎叔父上が後ずさる。顔色が悪い。青ざめている。恐怖を感じているようだ。身内に対して抱く感情としては不適切だが、動物的本能としては正しい反応だ。


「(戦慄)……こ、こやつ……筋が違うというか……なんか怖い……」


彼は呟く。「筋が違う」。天性の才能という意味か、それとも生物としての種別が違うという意味か。おそらく後者だ。彼は私の中に、異質な捕食者の気配を察知している。野生の勘だ。評価しよう。


立ち上がる。座学は終了だ。次は実技演習ハンズオンに移る。理論だけでなく、実際に体を動かしてデータを収集する必要がある。


「竹刀をください。PDCAサイクルを回して、最短で免許皆伝を目指します」


私は要求リクエストする。


PDCA。

Plan(計画):殺す手順を考える。

Do(実行):実際に突く。

Check(評価):死んだか確認する。

Act(改善):より速く殺せるように修正する。


このサイクルを高速回転させる。アジャイル開発だ。免許皆伝という資格サーティフィケーションは、私のキャリアパスにおいて有利に働くはずだ。箔がつく。ブランド力が向上する。


林太郎叔父上は震える手で竹刀を差し出す。彼は、自分が何を目覚めさせてしまったのか、まだ完全には理解していないだろう。だが、確信しているはずだ。この姪は、ただの子供ではない。合理性の皮を被った、純粋な暴力装置キリング・デバイスであると。


私は竹刀を受け取る。軽い。重心バランスが悪い。だが、初期装備としては十分だ。私は構える。正眼の構え。基本フォーム。教科書通り。だが、私の脳内では既にシミュレーションが完了している。最短距離。最速移動。最大効率。











太陽が沈む。可視光線の波長が変化し、空が赤く染まる。レイリー散乱による現象だ。美しいと形容されることが多いが、私にとっては「視界不良の前兆」という警告アラートに過ぎない。光量不足は索敵能力を低下させる。早急に帰宅リターン・トゥ・ベースする必要がある。


私は道を歩く。地面に伸びる影が長い。太陽高度が低い証拠だ。私の前を、二人の少年が歩いている。正道とジロー。今日のミッション(遊び)を終えた私の随伴要員たちだ。彼らは何やら盛り上がっている。音声データを受信する。


「なあジロー、俺、司姉ちゃんが大好きなんだ」


正道の爆弾発言。唐突なカミングアウトだ。「大好き」。好意の表明。だが、その対象である私は、彼らの数メートル後ろを歩いている。本人不在の場所で語られる愛の告白。陰口の逆バージョンだ。興味深い。


「……は?いきなりなんだよ。さっき殺されかけたの忘れたのか?」


ジローが引いている。当然の反応だ。数時間前、私は彼に向けて亜音速の石を投擲した。殺人未遂案件だ。被害者が加害者を好きになるストックホルム症候群か?いや、正道は加害者側(私の信奉者)だ。彼の思考回路は根本的にバグっている。


「だって、司姉ちゃんって何でもできて、石投げも強くて、迷いがないじゃん!かっこいいよ!」


正道が力説する。「迷いがない」これは評価できる。意思決定ディシジョン・メイキングの速さは私の強みだ。だが、「石投げが強い」を魅力の一つとしてカウントするのは、倫理的にどうなのか。彼は強さへの憧れと、異性への好意を混同しているフシがある。あるいは、私を崇拝対象アイドルとして見ているのか。


「……そ、そりゃ、まあ……腕は立つけどよ……中身がバケモンだぞ」


ジローが反論する。「中身がバケモン」。失礼な言い草だ。「中身がハイスペック」と言い換えてほしい。私のOSは最新鋭だ。この時代のレガシーシステムとは処理能力が違うだけだ。


「ジローも好きでしょ?司姉ちゃんのこと!」


正道が追い詰める。核心を突く。ジローの顔を覗き込む。距離が近い。パーソナルスペースの侵害だ。だが、ジローは逃げない。顔を赤くしている。毛細血管が拡張している。自律神経の反応だ。


「なっ、なっ……!ば、バカ言え、誰があんな鉄面皮……!」


否定ディナイアルしかし、声が裏返っている。動揺の表れだ。「鉄面皮」。ポーカーフェイスと言ってほしい。感情を表に出さないのは、交渉ネゴシエーションにおける基本スキルだ。


「えー?さっき『危ねえから前出るな』って司姉ちゃんを庇おうとしてたじゃん!」


正道が証拠エビデンスを突きつける。記憶力がいい。確かにジローは、私が石を投げる前、一瞬だけ私を庇うような動作を見せた。生存本能よりも保護本能が勝った瞬間だ。非合理的な行動だが、人間らしくて趣深い。


「……う、うるせえな……! あれは、その……男として当然の……いや、嫌いじゃねーし……」


ジローが口ごもる。肯定も否定もしない。グレーゾーン回答。「男として当然」。ジェンダーロールへの固執。「嫌いじゃねーし」。二重否定による消極的肯定。教科書通りのツンデレ挙動だ。テンプレートだ。この時代の少年漫画あればだがの主人公になれそうな素質だ。


「ほら、やっぱり好きなんだ!」


正道が勝利宣言をする。嬉しそうだ。なぜ彼が喜ぶ?自分が好きな相手を、友人も好きだと知って喜ぶ心理。共有シェアの精神か?それとも、同志を見つけた喜びか?あるいは、ジローをからかうこと自体に快感を見出しているのか?サディスティックな傾向があるかもしれない。


「ち、ちげーよ!そういうんじゃ、ねぇからな!」


ジローが必死に否定する。手足がバタバタしている。オーバーリアクション。


「じゃあ、どんなの?」


正道の追求の手が緩まない。尋問インタロゲーションの才能がある。逃げ場を塞いでいくスタイルだ。


「……えっと、その……まあ、普通だよ。普通に……気になる、っていうか……ちが、やっぱりナシ!忘れろ!」


自爆した。「気になる」これは恋心ラヴの初期症状だ。関心のベクトルが私に向いていることを認めてしまった。そして直後の撤回。キャンセル処理は受け付けられない。ログは残っている。


「顔、真っ赤だよ、ジロー!可愛いなあ」


正道がジローを指差す。「可愛い」男が男に対して使う形容詞としては、少々文脈が怪しい。正道はジローの反応を楽しんでいる。ニヤニヤしている。二人の距離がさらに縮まる。肩が触れ合う。接触コンタクト


「う、うるせーっ!お前もニヤニヤすんな!くっつくな!」


ジローが正道を突き放そうとするが、力が入っていない。じゃれ合いだ。キャッキャウフフだ。夕暮れの路地裏で繰り広げられる、少年たちの甘酸っぱい青春の一ページ。……に見えるが、私のフィルターを通すと別の解釈が生まれる。


私は数歩後ろから、その様子を観察オブザーベーションする。冷ややかな視線。温度のない眼差し。分析モード起動。


(じーっ)


私の視線に気づいたジローが振り返る。センサーが反応したようだ。


「……なんだよ司!なんか言いたそうだな!」


彼は敏感だ。自意識過剰になっている。


「いえ。観察中です。雄性オス同士の親愛行動スキンシップが、友情の範疇を超えて恋愛感情に発展する可能性についてのデータ収集です。江戸時代における衆道文化の実地検証として興味深いですね」


学術的な見解を述べる。衆道。若衆道。武士階級における男色文化だ。この時代、それはタブーではない。むしろ、高尚な嗜みとして推奨される側面さえある。彼らの関係性は、その前段階プレリュードとして非常に興味深いサンプルだ。正道の無自覚なアプローチ(攻め)と、ジローの過剰な反応(受け)構図が完成している。カプ決定だ。


「やめろ!変な分析すんな!」


ジローが嫌悪感を露わにする。まだ彼には早すぎる概念か。だが、歴史的背景を考慮すれば、彼らがその道に進む確率はゼロではない。リスクヘッジ……いや、この場合はオポチュニティ(機会)か。


「ふむ……正道の『攻め』の姿勢と、ジローの『受け(ツンデレ)』の相関関係。……尊い(データ的に)これを『萌え』と定義します」


私は新概念を提唱する。萌え。対象への強い愛着、あるいは興奮状態を表すスラング。「燃える」と同音だが、意味は異なる。彼らのやり取りから発生するエネルギー係数を計測すると、私の脳内のドーパミン受容体がわずかに反応した。これを「尊い」と表現する。腐女子的な視点ではない。あくまで、人間関係の化学反応ケミストリーに対する知的好奇心だ。


「もえ?」


正道が首をかしげる。新しい単語をインプットしようとしている。やめておけ。その言葉は、君たちの時代には早すぎる。オーパーツだ。


「燃えるゴミの日ではありませんよ。……さあ、帰りましょう。今日の夕飯は魚です。DHAを摂取しないと」


私は話題を転換スイッチする。夕食。栄養補給。DHA(ドコサヘキサエン酸)脳細胞の活性化に不可欠な脂肪酸だ。私のハードウェア(脳)のスペックを維持するためには、必須の栄養素だ。サプリメントがない以上、イワシやサバを摂取するしかない。食育だ。


「お前、一生ロマンとか理解できねえだろうな……」


ジローが呆れたように言う。ロマン。浪漫。感情的な高揚や、非現実的な理想への憧れ。彼にとって、今の夕暮れの雰囲気や、正道との友情ごっこは「ロマン」なのだろう。そして、それを数値やデータでしか語れない私は、欠落した人間(欠陥品)に見えるのだろう。


ロマン?いいえ、必要なのは『生存』と『勝利』だけです。……でも、この騒がしいノイズ(友人たち)も、環境音としては悪くないかもしれない


私は心の中で反論する。ロマンで腹は膨れない。ロマンで敵は倒せない。ロマンで結核は治せない。生き残るために必要なのは、冷徹な計算と、確実な実行力だけだ。私は合理主義のモンスターだ。それでいい。


だが。耳に入ってくる彼らの笑い声。「待てよ正道!」「やだよー!」という無意味な会話。それを不快だとは感じていない自分もいる。ホワイトノイズ。集中力を高めるための背景音(BGM)。あるいは、私の精神衛生メンタルヘルスを保つための、バッファとしての機能か。彼らがいることで、私は「人間社会」との接点を辛うじて維持できているのかもしれない。アンカー(錨)のような存在だ。


私は歩き出す。夕日に向かって。私の影が長く伸びる。その影は、小さな子供の形をしているが、中身は歴戦の企業戦士だ。背筋を伸ばす。凛々しく。そして、どこか狂気じみた決意を秘めて。


「早く帰って、孫子の続きを読まないと」


呟く。彼らは私の後ろをついてくる。まるで、女王クイーンに従う働き蜂のように。あるいは、魔王に従う小鬼ゴブリンのように。


私の幼年期は、こうして過ぎていく。バグだらけの日常と、最適化された思考。その狭間で、私は着々と「完成」へと近づいている。今はまだ、DHAを食べて寝るだけだ。おやすみなさい、良い子のみんな。そして、震えて眠れ、未来の敵たちよ。

正道「司姉ちゃん、また明日も遊ぼうね!」


司「ええ。次は別の訓練を用意します」


正道「訓練?」


司「はい。より実戦的なものを」

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