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世界は僕に優しくない。魔王を倒した対価がこれですか?  作者: ころん


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第8話 天上の才能、地上の現実


 翌朝。

 目覚めは、人生で最高のものだった。


 天蓋付きの豪奢なベッド。肌を滑る最高級シルクのシーツ。

 窓から差し込む朝日は、ステンドグラスを通して部屋の床に七色の幾何学模様を描いている。

 空気清浄魔法がかけられているのか、部屋の空気は常に高原の朝のように澄み渡り、ほのかに甘い香木の香りが漂っていた。


 僕は、ゆっくりと身体を起こした。

 軽い。驚くほど身体が軽い。

 日本にいた頃、生徒会の激務や受験勉強で蓄積していた慢性的な疲労が、嘘のように消え失せている。

 それだけではない。

 血管の一本一本に、熱い奔流が脈打っているのを感じる。心臓が鼓動するたびに、指先まで力が満ちていく感覚。

 これが「魔力」か。

 僕は自分の掌を握りしめ、開いた。

 ただそれだけの動作なのに、空気を握りつぶせるような全能感がある。


「……素晴らしいな」


 独り言が漏れる。

 昨日の混乱はもうない。あるのは、これから始まる「英雄」としての人生への、静かな高揚感だけだ。

 僕はベッドから降り、用意されていた純白の訓練着に袖を通した。

 鏡を見る。

 そこに映っているのは、ただの高校生ではない。

 世界を救う責務を負い、それに見合う力を与えられた、選ばれし者の姿だ。


「よし」


 髪を整え、表情を引き締める。

 僕は部屋を出た。

 今日から、本格的な訓練が始まる。僕たちが「勇者」と呼ばれる理由を、この世界の人々に証明する最初の日だ。


                ◇


 食堂には、既に仲間たちが集まっていた。

 テーブルには、見たこともないフルーツや焼き立てのパン、魔獣肉の加工品などが所狭しと並んでいる。


「おはよー晴人くん! 見てこれ、このジュース超美味しい! 肌ツヤ良くなりそう!」


 アリスは朝からハイテンションだった。

 彼女は訓練着の袖をまくり上げ、露出を高めにアレンジしている。その指先は綺麗に手入れされ、爪には昨夜、宮廷魔導師に施してもらったという「魔力増幅のネイルアート」が七色に輝いていた。


「おはようアリス。今日も華やかだね」

「でしょー! やっぱアタシら、世界救う前に自分磨きもしないとね!」


 僕が席に着くと、向かいに座っていた蓮が、タブレット端末から顔を上げた。

 彼は昨夜、魔導師たちに頼んで端末を魔力駆動に改造してもらったらしい。画面には複雑な数式が走っている。何でもありだな。


「おはよう、天道。……興味深いよ、この世界の食事は」

「興味深い?」

「ああ。味は単調だが、成分を分析してみるとこのパン一つに、日本でいう栄養ドリンク10本分のエネルギーが含まれている。魔力が細胞を活性化させているんだな。これなら、多少の無茶をしても身体が壊れることはない」


 蓮は眼鏡の位置を直しながら、淡々と分析結果を述べる。

 その隣では、如月咲が姿勢良く座り、ミネラルウォーターを飲んでいた。彼女の横には、王家から下賜された業物の刀が置かれている。


「食事は栄養補給の場だ。味よりも効率を考えるべきだよ、桐生」

「相変わらずストイックだね、如月は。味覚による精神的充足も、効率には必要な要素だよ」

「……ふん」


 咲は短く鼻を鳴らすが、その表情は以前よりも明るい。剣道一筋だった彼女にとって、剣と魔法の世界は理想郷なのかもしれない。


「あ、あの……皆さん、お野菜も食べないとダメですよ?」


 結衣は山盛りのサラダをみんなの皿に取り分けながら、困ったように微笑んでいる。

 平和な朝だ。

 ここが異世界だということを忘れてしまいそうになる。


 ――ただし、テーブルの端を除いて。


 一番離れた席で、荒垣が不機嫌そうにコーヒーを啜っていた。

 彼は訓練着の襟を立て、まるで他人を拒絶するかのようなオーラを放っている。


「おはよう、荒垣。よく眠れたかい?」


 僕が声をかけると、彼はかったるそうにこちらを一瞥した。


「……ああ。ベッドが柔らかすぎて腰が痛ぇよ。床で寝たほうがマシだ」

「贅沢な悩みだね。身体の調子はどう? 今日は実戦形式の訓練があるよ」

「悪くねぇよ。……ただ、飯は豪華で部屋の装飾は眩しいし、何でもかんでも派手なのが気に食わねぇだけだ」


荒垣はそう言って、食べかけのパンを皿に放り投げた。

その態度に、咲が眉をひそめる。


「荒垣、食事を作ってくれた人への感謝はないのか。その態度は、勇者として相応しくないぞ」

「うるせぇな、俺は頼んで連れてこられたわけじゃねぇんだよ」

「なっ……」


 一触即発の空気を、結衣が慌てて取りなす。


「ま、まぁまぁ! 龍也くんも、きっと緊張してるんですよ。ね?」


「……チッ」


 荒垣は舌打ちをして席を立った。

 素直じゃないな。

 彼はこの厚遇の裏に何かあると勘ぐっているようだが、世界を救う勇者が最高の待遇を受けるのは当然の権利だ。

 まあいい。時間が経てば、彼も少しはこの環境を受け入れるだろう。



 案内されたのは、王宮の裏手に広がる「王立訓練場」だった。

 その規模に、僕は息を呑んだ。

 東京ドーム数個分はあろうかという広大な敷地。地面には魔法加工された硬質な石畳が敷き詰められ、周囲をコロシアムのように階段状の観客席が取り囲んでいる。

 そして驚くべきは、その観客席が既に満員に近いことだった。


「おお……あれが第48代の勇者様方か!」

「なんと凛々しい。歩く姿だけで、強大な魔力の余波を感じるぞ」

「期待できそうだ。今のアイギスの出力低下を補う、新たな希望の星だ!」


 数百、いや千人近い観衆の視線が、一斉に僕たちに注がれる。

 貴族、軍の上層部、高位の神官たち。このアヴァロンの支配階級が、異世界から来た「救世主」の品定めをするために集結しているのだ。


「うわ、マジ? 人多すぎじゃない? アタシら見世物パンダ?」


 アリスが小声で文句を言うが、その手はしっかりと観客席に向かって振られている。

 蓮は冷静に観客席を見回し、呟いた。


「……なるほど。軍部と神殿勢力、それに貴族院か。僕たちのパフォーマンス次第で、今後の支援額や政治的立場が変わるというわけだ。面白い」


「戦いに政治を持ち込むな。……斬りにくい」


 咲が不満げに刀の柄を握る。

 結衣は「ひぇぇ……」と小さくなって、僕の背中に隠れようとしている。


「整列!」


 雷のような号令が響いた。

 訓練場の中央に、一人の巨漢が立っていた。

 全身をミスリルのフルプレートアーマーで固め、背中には巨大な大剣を背負っている。

 王宮騎士団長、ガレス。

 この国で最強の武人と呼ばれる男だ。


「よく来た、異界の勇者たちよ! 本日は貴殿らの『力』を測定し、最適な運用法を探るための試験を行う! 遠慮はいらん、持てる力の全てを我々にぶつけてみせろ!」


 ガレス団長の声に呼応して、数十名の精鋭騎士たちが武器を構える。

 模擬戦だ。相手にとって不足はない。


「では、まずは天道晴人様! 前へ!」


 指名され、僕は一歩前に出た。

 観客席のざわめきが止まる。

 僕は深く息を吸い込み、意識を集中させた。身体の中にある「スイッチ」を入れる。


「行きます――『聖剣創造セイクリッド・クリエイター』」

 僕が右手を虚空にかざした瞬間。  世界が、黄金に染まった。

 ゴオォォォン……!

 腹の底に響くような、荘厳な鐘の音が鳴り渡る。それと共に、僕の背後の空間に巨大な「光の円環ハロ」が出現した。  

ゆっくりと回転するその光背から、まるで裁きの雨を降らせるかのように、切っ先を前に向けた剣の群れがずず、とせり出してくる。  直剣、曲刀、大剣、細剣。形状は様々だが、その全てが神聖な魔力を帯びた「聖剣」ランクの逸品。

「な、なんだこれは……!?」 「詠唱なしで、これほどの質量の武器を具現化するだと!?」

騎士たちが動揺し、後ずさる。  

僕は指揮者がタクトを振るように、指先を動かした。

「――展開」

ジャララララッ!

円環が輝きを増し、千本の聖剣が扇状に展開して訓練場の空を埋め尽くす。  

僕の魔力が続く限り、剣は無限に生成される。さらに、一本一本に任意の属性や効果を付与することも可能だ。

「『爆炎フレア』付与。目標、訓練用カカシ群」

 僕が指を弾くと、円環に並んだ剣のうち五十本が赤熱し、流星のように射出された。     

ズドドドドドオオオッ!!

着弾と同時に、訓練場の端に並べられていた重金属製のカカシが、爆炎と共に吹き飛んだ。  

跡形もない。ただの鉄屑すら残さず、蒸発したのだ。

「す、凄い……! なんという火力……!」 「これが勇者の力か……! 歴史書にあるアベル様の再来だ!」

観客席から爆発的な歓声が上がる。  

僕は残りの剣を光の粒子に戻し、静かに礼をした。  

手応えは十分だ。この力があれば、どんな敵が来ようとも数と質で圧倒できる。



 続いて、他のメンバーの測定が始まった。


「次、如月咲殿!」


 咲が進み出る。彼女の相手は、鉄壁の防御を誇る重装歩兵部隊だ。

 咲は腰を低く落とし、鯉口を切る。

 その構えは美しく、隙がない。


「……『刹那の境界ゼロ・クロック』」


 刹那。

 彼女の姿がブレて消えた。

 誰も、目で追うことすらできなかった。

 次の瞬間には、彼女は既に敵の背後に立っており、ゆっくりと刀を鞘に納めていた。


 カシャン。


 鍔鳴りの音が響くと同時に、重装歩兵たちが持っていた巨大な盾が、真ん中から綺麗に両断されて地面に落ちた。

 中の人間には傷一つ負わせていない。

 「物質の硬度を無視する概念切断」と「神速」の組み合わせ。


「……斬れた。まだ浅いか」


 咲は納得いかない顔で呟いているが、騎士たちは腰を抜かしていた。

 対人、対ボス戦において、彼女は最強の矛となるだろう。


「次は桐生蓮殿!」


 蓮は、魔法の的を相手に淡々と実験を行っていた。

 彼のスキル『森羅万象アカシック・レコード』は、一見地味だが、その本質は恐ろしい。


「……構造解析完了。術式の脆弱性を発見。修正コードを挿入……崩壊」


 彼が指先で空中に数式を描くと、騎士団の魔導師たちが展開していた防御結界が、ガラスのように砕け散った。

 力技ではない。魔法の「理屈」そのものを書き換えて無効化したのだ。


「実に効率的だ。無駄なカロリーを使わずに済む」


 蓮は眼鏡を押し上げ、涼しい顔をしている。魔導師長が「ありえん……」と絶句していた。


 そして白石結衣の『女神の抱擁アブソリュート・ヒール』も規格外だった。

 訓練で怪我をした騎士に対し、彼女が手をかざしただけで、切り傷はおろか、古傷の腰痛まで完治してしまったらしい。


「あ、あれ? 治しすぎちゃいました? ごめんなさい、加減が難しくて……!」


 結衣が慌てて謝るが、騎士は涙を流して感謝している。

 「死んでなければ治せる」という彼女の言葉は、比喩ではなさそうだ。


「次は、西園寺アリス殿!」


 名前を呼ばれ、アリスが軽い足取りで中央へ向かう。

 彼女は観客席に向かってアイドルさながらに手を振り、ウインクを飛ばした。


「はーい! アタシの番ね。えっと、スキル名は……『精霊召喚』だっけ? まあいいや、とりあえず可愛いの出てこーい!」


 彼女が両手を広げると、周囲のマナが渦を巻き、急速に集束していく。

 光の中から現れたのは、透き通るような青い肌を持つ、水の大精霊ウンディーネ。

 この世界でも滅多にお目にかかれない高位精霊が、アリスの周囲を子犬のように漂っている。


「キャハッ! 超ウケる、何これ水? 冷たくて気持ちいー!」


 アリスが戯れに指を振ると、精霊はそれに呼応して巨大な水流を作り出し、訓練場の空中に美しい水の龍を描き出した。

 それは暴力的な破壊ではなく、芸術的なまでの「支配」だった。


「おおお……! 精霊にあそこまで愛されるとは!」

「まさに精霊姫! 天性の愛らしさと才能の塊だ!」


 貴族たちが身を乗り出して拍手を送る。アリスは「でしょでしょー! もっと褒めて!」と満面の笑みだ。

 完璧だ。

 僕たちは強い。美しい。正しい。

 これなら、どんな過酷な運命も乗り越えられる。


 そして最後の一人。


「最後、荒垣龍也殿!」


 龍也が、だるそうに歩み出る。

 彼は武器を持っていない。支給された剣も槍も、「邪魔だ」と言って放り出していた。

 対峙するのは、ガレス騎士団長本人だ。


「……武器はどうした、少年」

「いらねぇよ。どうせ俺のスキルは、攻撃用じゃねぇしな」


 龍也はポケットから手を出すと、無防備に仁王立ちになった。

 構えすら取らない。ただ、そこに立っているだけ。

 その舐めた態度に、ガレス団長の眉がピクリと動く。


「……ほう。随分と余裕だな。だが、戦場ではその慢心が死を招く。教官として、身を持って教えてやろう」


 ガレス団長が、身の丈ほどもある大剣を構える。

 全身から噴き出す闘気は本物だ。だが、龍也は欠伸を噛み殺しながら、団長を見据えていた。


「行くぞ!」


 ドンッ!

 石畳を踏み砕き、ガレス団長が突進する。

 人間戦車のような質量攻撃。大剣が唸りを上げて、龍也の脳天へと振り下ろされる。

 避けない。防御もしない。

 龍也は、ただボソリと呟いた。


「――『反逆の城塞リベリオン・フォート』」


 ガギィィィィィィィン!!


 金属音が響き渡り、火花が散った。

 観客が悲鳴を上げる――かと思われたが、次の瞬間、どよめきが広がった。


 龍也は、一歩も動いていなかった。

 彼の身体の表面、皮膚の数ミリ上空に、薄い赤黒い障壁が展開されており、それがガレス団長の大剣を完全に受け止めていたのだ。

 傷一つない。衝撃で髪が揺れることすらない。


「な、なんだと……ッ!?」


 ガレス団長の顔が驚愕に歪む。

 全力の一撃だ。岩をも砕く剛剣が、素立ちの少年に止められた。

 しかも、龍也は手をポケットに入れたままだ。


「……終わりか? もっと本気で来いよ。蚊に刺された方がまだ痛ぇぞ」


 龍也が挑発的に笑う。

 ガレス団長は顔を真っ赤にして、さらに連撃を叩き込む。

 横薙ぎ、突き、斬り上げ。嵐のような猛攻。

 だが、その全てが障壁に阻まれる。それどころか、攻撃を受けたエネルギーがそのまま跳ね返り、団長自身の腕を痺れさせていく。


「くっ、ぬおおおおおッ!!」


 最後の一撃。団長が渾身の力で突きを放つ。

 しかし、大剣は龍也の胸の前でピタリと止まり、次の瞬間、反動で弾き飛ばされた。

 ガレス団長はたたらを踏み、尻餅をつく。


 静寂。

 そして、爆発的な歓声。


「す、凄まじい防御力だ!」

「ガレス団長の攻撃を、身一つで完封するとは!」

「まさに鉄壁! あれこそ我らが求めていた最強の盾だ!」


 会場が沸き立つ。

 当然だ。あれだけの攻撃を受けて無傷なのだ。戦術的価値は計り知れない。

 軍関係者たちが、興奮した様子でメモを取っている。

 蓮も感心したように頷いた。


「……物理法則を無視した反射係数だ。あれなら、理論上は戦略級魔法すら無効化できる。頼もしい盾だね」

「ああ。攻撃手アタッカーとしては物足りないが、守りに関しては一級品だな」


 咲も珍しく評価している。

 ガレス団長も、立ち上がりながら感嘆の声を上げた。


「……見事だ。これほどの防御スキル、見たことがない。貴殿がいれば、前線の兵士たちの生存率は飛躍的に上がるだろう」


 団長が手を差し伸べる。

 武人としての敬意を示したのだ。

 だが、龍也はその手を無視した。


「……別に、あんたらの兵士を守るためにやってるわけじゃねぇよ」

「なっ……」

「俺は、俺が守りたいものを守るだけだ。勘違いすんな」


 龍也はそう吐き捨てて、背を向けて歩き出した。

 場の空気が凍りつく。

 せっかくの称賛ムードが台無しだ。

 ガレス団長の手は空を切り、気まずそうな沈黙が流れる。


「ちょっと龍也ー! 何その態度! マジ感じ悪いんだけど!」


 戻ってきた龍也に、アリスが詰め寄る。


「せっかく団長さんが褒めてくれたのにさー。なんであそこで握手しないわけ? コミュ障にも程があるでしょ」

「うるせぇな。馴れ合いに来たんじゃねぇんだよ」

「はあ? 何それ」


 アリスが呆れる中、結衣が心配そうに声をかける。


「龍也くん、どこか痛かったですか? 治療しましょうか?」

「いらねぇよ。触んな」


 龍也は結衣の手を振り払い、一人でベンチの端に座り込んだ。

 僕はため息をついた。

 彼の能力は素晴らしい。それは誰もが認めている。

 だが、この性格はどうだ。

 協調性がなく、常に周囲を敵視している。これでは、チームとしての連携に支障が出る。


「……困った人ですね。せっかくの才能なのに」

 蓮が肩をすくめる。

 龍也の周りだけ、冷たい空気が漂っていた。


                ◇


 その夜。

 祝勝会と称した宴が開かれた後、僕は酔い覚ましに訓練場へと戻った。

 昼間の熱狂が嘘のように、夜の訓練場は静寂に包まれている。

 月明かりの下、誰かが動いているのが見えた。


 彼は一人で、訓練用のカカシに向かって、黙々と「盾を構える」動作を繰り返していた。

 スキルを使えば自動で防げるはずなのに、彼は自身の身体で受け止める練習をしている。

 汗だくになりながら、何百回と。


「……熱心だね、荒垣」


 僕が声をかけると、彼は動きを止め、肩で息をしながらこちらを向いた。


「……なんだ、天道か。美酒に酔っ払って寝たんじゃねぇのか」

「君がいないから気になってね。……そんな基礎訓練をして、何になるんだ? 君のスキルは鉄壁だ。今日の模擬戦でも証明されただろう」


 僕は彼に近づきながら言った。

 彼の『反逆の城塞』は完璧だった。もはや人間の技量など必要ないレベルの神業だ。

 なのに、なぜ彼はこれほどまでに焦っているのか。


「スキルの性能に頼りきってると、いつか足元掬われるぞ」


 龍也はタオルで汗を拭いながら、真剣な目で答えた。


「絶対なんてねぇよ。もしこの障壁を貫通する攻撃が来たら? もしスキルが無効化されたら? その時、ただの棒立ちじゃ死ぬだけだ。……俺は、万が一の時でも動けるようにしときてぇんだよ」


 彼の言葉には、妙な説得力があった。

 だが、それはあまりにも悲観的すぎる。

 このアヴァロンには「アイギス」がある。僕たちのスキルは、神から与えられたギフトだ。

 800年破られていないアヴァロンの安全神話を、彼だけが信じていない。

 そのネガティブさが、僕には少しもどかしかった。


「君は、もっと仲間を信じるべきだ。僕も、アリスも、咲もいる。僕たちが敵を殲滅すれば、君が攻撃を受けることなんてないんだよ」


 僕は諭すように言った。

 最強の矛があるなら、盾の出番はない。

 彼が傷つくリスクを負う必要はないのだ。


「だから、君は無理に一人で背負い込まなくていい。いざという時は僕たちが片付けるから、君は僕たちの『最後の砦』として、どっしりと構えていてくれればいいんだよ。それが一番合理的だ」


 僕は良かれと思って言った。

 彼を軽んじているわけではない。むしろ、信頼しているからこその言葉だ。


 しかし、龍也はカカシを殴りつけ、こちらを睨みつけた。


「……砦だと」


 龍也が、低い声で唸る。


「俺は置物じゃねぇ。仲間が戦ってるのに、後ろでふんぞり返ってるなんて、そんなクソみてぇな真似ができるかよ」

「じゃあ、どうするんだ? 敵を倒せない君に、何ができる?」

「倒せなくても、守ることはできる。お前らが万が一撃ち漏らした時、不意打ちを食らった時、俺が盾になる。……俺は、誰一人死なせたくねぇんだよ」


真っ直ぐな瞳だった。

そこにあるのは、功名心や自己顕示欲といった不純物ではない。  

ただ純粋に、仲間を守ろうとする献身。  

僕たちが攻撃に専念できるよう、進んで泥を被ろうとする覚悟だ。

僕は、彼への評価を少し改めた。   


「……分かった。好きにすればいい。だが、あまり根を詰めすぎるなよ。君の心配は、きっと徒労に終わるんだから」


「……徒労なら、それに越したことはねぇよ。足元掬われて泣きつくなよ」


月明かりの下、汗を飛び散らせて動く彼の姿は、魔法の光に包まれた僕たちよりも、どこか泥臭く、そして危うく見えた。

 

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