#11「公開会見#8——レオン・ダリ呼出/“月桂館”地下会計・第一次〈記録〉」
朝の湖は、白風の名残をほんの薄皮だけ残して、静かに息をしていた。広場の掲示板には昨夜の合言葉——「第一次は記録、第二次は名、第三次は手——手は漂白だけに。」——が乾いている。水晶投影は二分割、王都広場の会見台と、学園“月桂館”の地下通路へ向けた鏡面視。端にはいつもの二択投票。
二択
A:呼出の設計(逃げ道の作り方)
B:地下会計の解体(第一次:記録)
扇の骨で膝を一度。拍。場の呼吸が揃う。数字が置ける。
「証言は最後、数字は先に。本日は二本立て。レオン・ダリの公開聴取と、“月桂館”地下会計の第一次〈記録〉。まずは呼出の設計ですわ」
ルカが白墨で橋の絵を描き、その上に「逃げ道=秩序の安全弁」と添えた。安全弁がない鍋は、数字がいくら正しくても爆ぜる。
《呼出 設計(公開聴取版・短式)》
1)二導線:入場と退場を分離(布で色分け:入=青/退=灰)
2)静域:被呼出人の半径三間は声量下げ(参照灯の“音拍”でガイド)
3)質問は二択:口頭の乱闘を避け、板上の二択投票→上位質問のみ口頭化
4)保護鍵:退場通路は二鍵一致(“今日の責任者”+王都側責任者)
5)注記:第一次は記録——怒りは板へ。拳は灯りの外へ
第一次集計。
A(呼出の設計)59%/B(地下会計・記録)41%。
「では設計を採択。——王都側“今日の責任者”、どなた」
王都広場で、灰外套の老商人が杖を鳴らし、一歩出る。『わしでよい。字は下手だが、はねととめくらいはわかる』
「ありがとうございます。保護鍵、あなたとこちらの“今日の責任者”(鍛冶師の娘ナナ)で」
青と灰の布で通路が組まれ、水晶に二つの矢印が点る。入は青拍二つ、退は灰拍三つ。アメリアが穏やかな声で読み上げ、オズが案内板を短く書き直し、エドが“邪魔する手”を遠くから見る。近視眼の正義は、距離を取ると落ち着く。
王都会見台の端が揺れ、レオン・ダリが現れた。髪は整い、顎は固い。顔は貸されていない——自分の顔だ。彼は入場の青拍に合わせて歩き、静域に踏み入ると一瞬だけ喉を鳴らした。怖いのは正常。怖くないのは、危険。
「レオン・ダリ。第二次(名)は告知済み。本日は第一次(記録)の補強から参ります」
《記録補強:門番“箱”の開閉》
・指示時刻:十六刻二十二分(照明塔ゆらぎと非整合→後書き疑い)
・代理署名:“t”の横画上がり(あなたの癖と一致)
・接触ログ:後援席“再編団体”と三度(会見前週)
「事実の否認、あります?」
レオンは小さく首を振った。『否認はしない。皆がやっていた。俺だけじゃない』
「皆は罰ではありませんの。——皆でやめるために、名を出した。では二択質問へ」
質問#1
Q1-1:“箱”開閉の直接の動機(命令/慣行/利得)
Q1-2:“再編団体”からの働きかけ(面会/贈与/脅し)
集計は速い。Q1-2/56%。
レオンが息を吸い、吐く。『面会……二度。贈与は、扇。脅しは……職の席だ。「席が冷えるぞ」と』
「扇は返礼。席は準特権。——数字で並べます」
《返礼ログ(レオン)》
・贈与:扇(一)——広告へ振替(掲出面×期間で没価)
・圧:職席の“冷却”示唆——準特権→すでに停止
・利得:直接金銭ゼロ(本人)/再編団体側の処理短縮:3件
「第三次〈手〉は漂白のみ。あなたの行為は上書きへの加担だが、“漂白”そのものではない。——呼出は処罰ではなく、秩序の作法ですわ」
リュシエンヌが短く頷く。『公開聴取を継続。——次、地下へ』
切替。水晶のもう一枠に、月桂館の地下通路。湿った石、薄い粉塵、油の匂い。写字生組合の若者二人が相互写し台を押し、ナナが青硝子で角を照らす。ルカが板にタイトルを書く。
《月桂館・地下会計:第一次〈記録〉》
・現金袋歯型:S-刻(海燕)/L-刻(葉脈)の混在 18袋
・溶媒痕:照明塔の漂白溶媒微量(袋口糸) 6袋
・写字生賃金帳:銅貨二枚/千字(罰金制)→組合規格外
・帳尻合わせ:門番通過の前後に入出金の凹凸
ジャレットが鼻をならす。「氷室みたいな戻し方だな」
「返礼冷蔵。——第一次は記録。名は後で。手は漂白だけ」
通路の奥、石壁の裏板。ナナが指で叩き、音の濁りを聞き分ける。濁りは空気。空気は余白。余白は、だいたい嘘の巣だ。板を外すと、薄い帳が現れた。欄外に小さな同じ記号——月桂樹の芽。私は拡大する。
《“芽”印の一致》
・匿名寄付伝票の端
・門番箱の鍵札裏
・学内顧問の謝礼明細
→ 同一写し手の可能性(筆致の“呼吸”一致 0.89)
「芽で辿ると、顔に行き着く。けど今日は第一次。——写します」
相互写しが始まる。片方が読み上げ、片方が書く。はねととめを揃え、払いは各自の癖のまま。癖が違うほど、一致した部分が浮き上がる。私は一致率の推移を出す。
《一致率:0.74→0.81(校正二巡)》
数字は短い。けれど、短い上昇は信頼の階段だ。
そのとき、水晶の端が黄色に点る。匿名線。
《メモ:“芽”は私です。やめたい。——月桂館・部屋付き》》
昨夜の匿名少女とは別の字。“m”の三画目が長い**。私は短く返す。
《第一次は記録。あなたの名は第二次に。——退路を先に》
退路は、保護鍵の灰通路。二鍵一致。鍵を回す音は、嘘が嫌う澄んだ金属音。
王都会見台へ戻す。二択質問の第二回。
質問#2
Q2-1:地下会計の凍結範囲(全凍/部分)
Q2-2:“芽”印の扱い(即・名/後回し)
集計。Q2-1:全凍 63%、Q2-2:後回し 58%。
「全凍、名は後。——第一次らしい選択ですわ」
《凍結運用(第一次)》
・地下の現金袋は封(二鍵一致)→写し→青封で保管
・写字生賃金は表へ移管(組合規格で前払い)
・顧問謝礼は入札経由に付替
・注記:“芽”は目印。名は第二次で——逃げ道を残したうえで
レオンが静域で立ったまま、短く言う。『俺の供述が要るなら、灯りの下で』
「灯りの下以外では受け取りません。——二択で、最後の質問」
質問#3
Q3-1:レオンの処遇(職務停止+会計再訓練/拘束)
Q3-2:王都門“待ち案件”の性能連動を今週いっぱい続行するか
集計は明快。Q3-1:再訓練 71%/Q3-2:続行 82%。
「恥は分割。功績は共有。——再訓練、承ります」
ここで会見台の後列から、金蔓杖のボーモン侯が一歩出た。『寄付は冷える。君は橋に欄干を付けすぎだ』
「欄干は落ちないため。返礼ゼロの寄付は冷えではなく、澄みですわ。——数字を足します」
《透明寄付PF・三日推移》
・入金件数:+12%(公開匿名増)
・“返礼兆候”アラート:-68%
・安定化プール:+26.8
・注記:冷蔵でなく冷却。味は落とさず、菌だけ寝かせる
ボーモン侯は扇を半分だけ閉じて、黙った。沈黙は整頓の前触れだ。整頓された沈黙は、だいたい実務に変わる。
私は結論の板を貼る。
《本日の結論(速報)》
1)呼出設計:二導線(青/灰)+静域+二択質問+保護鍵。
2)レオン・ダリ:職務停止+会計再訓練/公開聴取継続(手は落とさず)。
3)月桂館・地下会計:第一次〈記録〉完了。現金袋封印・写し/賃金の表移管/顧問は入札へ。
4)“芽”印:名は第二次へ。退路は灰通路(保護鍵)で確保。
5)透明寄付:公開匿名増、返礼兆候減。安定化増。
6)注記:怒りは板へ、拳は灯りの外へ。
拍を二度。王都から返拍。拍は数に換えにくいが、橋の揺れを吸う。
会見を閉じると、地下の相互写しが続く。ナナが「青封」を結び、キースが袖口を見せて笑う(蛍光鉱粒ゼロ)。オズが「冷却期間」の砂時計をひっくり返し、ルカが一致率の欄を一行増やす。アメリアは読み上げをゆっくり——ゆっくりは、いい。
その最中、水晶が赤く点滅した。異常。
《王都・門外で扇の影による**“灰通路”封鎖未遂**》
「保護鍵」
老商人が王都で杖をコツンと打つ。灰通路の鍵が光り、二鍵一致の枠が未遂を弾く。
《注記:逃げ道を塞ぐ者は、漂白と同列で扱わない。ただし名は第二次で》
名は明日。第一次は記録。記録は冷たいが、安心は温かい。
夕刻、王家財務から短い紙。
《顧問入札——試行一号 発注/対象:「王都・門の待ち」/方式:性能連動》
角に幼い字の付箋。
《灰の道があって、すこし安心した。》
私は掲示板の端に小さく添える。
《注記:安心は“逃げ”ではない。安心は“続ける”の燃料。》
領主館に戻り、机の波を紙で均し、今日の決算を書く。
《本日の決算(詳細)》
・現場還元:青/灰の布 36尋/案内板 8/参照灯 1
・公共:青封 40/相互写し台の芯材補充
・積立:白風基金 +48.4(地下会計・凍結利息の没価分)
・運営:公会線端末の音拍制御更新
・注記:逃げ道は不正の通路ではない。怒りの圧を逃す装置。
エドが窓辺で短く言う。「第二次(名)、明日やるのか」
「ええ。——“芽”と扇と灰通路の封鎖未遂。名は短く、退路は確実に」
「**第三次(手)**は?」
「漂白だけ。刃には柄。数字には参照」
ナナが青封の余りで小さな栞を作り、子どもがそこに返礼ゼロと書く。老人がそのはねを指で直し、王都の子が水晶越しに払いを褒める。褒めは無料。無料は、強い。
最後に、明日の板を貼った。
《次回予告》
公開会見#9:月桂館・第二次〈名〉——“芽”と“扇”/灰通路封鎖未遂の名
・二択:「名の出し方(段階/保護の条件)」or「地下会計・第二層(口座の連結)」
・合言葉:“怒りは板へ、拳は灯りの外へ。”
扇でひと拍。拍は靴紐。結べば走れる。数字は短い。短い数字で欄干を立て、退路を敷く。退路があるから、前へ進める——それが秩序の作法。塩の匂いが、静かに同意した。