#10「公開会見#7——門の待ち“性能連動”実装/門番記録・第三次〈手〉(漂白のみ)」
朝の湖は青硝子を伏せたように澄み、白風の塩がまだ欄干に白線を残していた。広場の掲示板は乾き、昨夜貼った「功績は共有、恥は分割。」がきっぱり読める。水晶投影は王都と門前詰所に二分割、端にはいつもの二択投票。
二択
A:並びの呼吸同期(人流×灯りで呼び出し)
B:窓口の難易度分離(案件を軽重で振り分け)
扇の骨で膝を一度。拍。呼吸が揃う。数字が置ける。
「証言は最後、数字は先に。本日は二本立て。門の待ち“性能連動”の実装、そして門番記録・第三次〈手〉——漂白にだけ手を落とします」
ルカが白墨で大書する。
合言葉:刃には柄。数字には参照。
刻印札の抽選を済ませ、当選者が前列に座る。外れた者は二択へ。第一次の集計がすぐ上がった。
A 56%/B 44%。
「先に呼吸同期で行きます」
《門の待ち “呼吸同期” 実装(短式)》
・参照:灯りの微振動+湖風の刻み+人流の足音
・号令:二拍=前進/三拍=停止
・整理札:拍番号入り(売買すると光る刻印)
・窓口側キュー:**軽(紙一枚)/中(書類束)/重(審問付)**の三列
・性能指標(KPI):平均待ち、揺れ幅、迷い率、押し戻し件数
「呼吸同期の要は拍。人はメトロノームよりメトロポリスに弱い。だから風を借ります」
王都の枠に、財務局の若い官吏が映る。寝不足の目が少し晴れている。『参照で待ちを削る。——やってみよう』
私はエドに合図し、門の前に参照灯を二本置く。青硝子の芯が細かく震え、拍が遠くまで届く。ナナが刻印札の箱を抱え、オズが「軽・中・重」の札を掲示し、アメリアが見出しを読み上げる。子どもが老人の腕を取り、列の呼吸を合わせる。
「性能連動の“連動”は、今日の数字に契約が引かれること。嘘は長いが、支払いは短い」
水晶の片隅に初期値が並ぶ。
《開始前(基準)》
平均待ち:46分/揺れ幅:±21分/迷い率:18%/押し戻し:9件/刻
《開始後(30分)》
平均待ち:31分/揺れ幅:±9分/迷い率:7%/押し戻し:2件/刻
ざわめきが歓声に変わる寸前、私は手のひらを下げて落ち着かせる。数字は跳ねさせず、滑らせる。
「呼吸同期は効きます。が、軽・中・重の線引きが曖昧だと、抜け道が生まれる」
二択の第二回を即時に開く。
B(難易度分離)58%が上回った。
「分離も実装します。——顔でなく重さで」
《窓口“難易度分離” 実装(短式)》
・判定は三質問で自動:紙の枚数/承認の段数/他部署の数
・二鍵一致:窓口係+“今日の責任者”が重→中の降格に署名(上げは単独可)
・参照:前日比/同業比で軽率な降格を検知→注記
・罰ではなく再訓練:降格常習の窓口は講座へ
ジャレットが肩をすくめる。「結局、顔が差し込まれる」
「顔は点にならない設計にしました。降格には二鍵。鍵は、顔色では回りません」
そのときだった。王都の枠の端が赤く滲む。照明塔の波形に、不自然な直線。
リュシエンヌの横顔が硬くなる。『……漂白が入った』
扇の骨を二度。拍。呼吸を揃えてから、私は短く言う。
「第三次〈手〉を執行。対象は漂白のみ」
《第三次〈手〉(漂白限定)——運用》
1)三刻通知:契約先へ即時停止要求(触媒→封、溶媒→提出)
2)参照強制:湖・灯り・水面の三点風で整合を上書き
3)差替:臨時保守隊(写字生+灯り工)へ仮契約発動(性能連動)
4)没収:溶媒・記録器具を二鍵一致で押収→写し→安定化へ罰金流入
5)公開:手続きと理由を板へ
王都財務の官吏が頷く。『通知を撃つ』
水晶の枠上で、三刻砂時計が横倒しにされ、光が走る。一刻。二刻。三刻。応答——なし。
「差替に移行。——灯り工隊、前へ」
ナナが頷き、写字生組合の若者が波形の相互写し台を転がしてくる。エドが臨時保守のラインを確保し、キースが袖口チェックを受けながらケーブルを結ぶ。ジャレットは顔をしかめつつ、青硝子を肩で支える。「顔は貸す。背中もだ」
参照灯の三点風を合成し、塔の波形へ整合を押し返す。直線がほつれ、自然の揺らぎに巻き取られる。
《塔ゆらぎ整合指数》が赤から黄、黄から青へ落ち着く。
「没収へ。——溶媒と記録器具」
王都枠に映る保守業者の詰所で、箱が開く。瓶、記録板、刻印のない紙。私は瓶口を照らし、触媒残滓と溶媒のスペクトルを重ねる。——一致。記録器の時刻は後書き。
「漂白、確定。第三次〈手〉:契約解除」
リュシエンヌが短く言う。『解除、承認』
私は板へ貼る。
《照明塔保守:契約解除/罰金は安定化プール/関係者は会計再訓練+公開聴取》
会見の空気が少し緩むのを待って、私は数字へ戻す。逃げ道は数字で塞ぐのが早い。
《性能連動・午前集計(速報)》
・平均待ち:46→29分(-37%)
・揺れ幅:±21→±8
・迷い率:18→6%
・押し戻し:9→1件/刻
・軽:51%/中:38%/重:11%(基準線に収束)
王都の枠で、財務の若い官吏が小さく拳を握る。『成果費の根拠、取れた』
「功績は共有です。——現場へ二割四分の現場還元、写字生へ一割の参照報酬」
そこで、門番記録の枠にもう一つの赤。副官レオン・ダリの逃走。
老商人が杖の鈴を鳴らす。『逃げの足は速いが、拍より遅い』
「第三次〈手〉——ただし漂白のみ。レオンは漂白ではない。逃走の記録を第一次で貼る」
《逃走ログ(第一次)》
・出門:二刻二十三分/影の伸びと一致
・同行:身元不詳の扇(王都広場で資格停止となった“再編団体”の印)
・向き:月桂館方面
「名は既に出ています。手は、漂白にのみ落とす。——橋から突き落とさない」
王都の枠でバレンが頷き、短く言う。『逮捕ではなく呼出で行く。公開聴取だ』
「呼出の刻印札を送ります。売ると光ります」
会見を締める前に、B(難易度分離)の効果も短く出す。
《難易度分離・午後予測》
・重→中の降格:二鍵未満の試行0
・中→軽の風見:注記二件(窓口講座へ)
・重案件の通過時間:-24%
拍を二度。往復の拍が、王都から返る。拍は数では測れないが、人の心拍を少し整える。
会見を閉じ、午後は運用を磨く。
ナナは参照灯の芯を替え、オズは並びの文言を短くし、ルカは評価表に迷い率の欄を増やし、アメリアはやさしい字に置き換える。「長い言葉は眠くなるから」。
エドは門で若い兵の肩を二回叩く。叩く数は少ないほど効く。
その最中、水晶が小さく明滅した。匿名の短い紙。
《“漂白はもうしない”と父が言いました。でも怖い。》
私は掲示板に貼り、下に短く添える。
《注記:怖さは参照で薄まる。——灯りと他人の目。》
夕刻、王都から顧問入札・試行契約の承認が届く。角に、幼い字。
《拍で呼ばれるの、すき。》
私は苦笑して、小さく返す。
《注記:好きは偏り。偏りは拍で均す。》
領主館。机の波を紙で均し、今日の決算を書く。
《本日の決算(詳細)》
・現場還元:参照灯 2基追加/並び板 4枚/講座(窓口)1回
・公共:塔保守の臨時契約(性能連動)/写字生・相互写し台 1式
・積立:白風基金 +48.4(漂白罰金の一部)
・運営:公会線端末の参照固定/刻印札補充
・注記:速さは善ではない。整った速さが善。整えるのは、参照と拍。
窓の外で青硝子が点り、門前の列が二拍で進む。少年が老人の腕を取り、老人が少年のはね・とめを直す。王都の子とソルトヘイヴンの子が、水晶越しに拍を合わせる。功績は共有、恥は分割。恥は分割されると薄くなる。功績は共有されると、町に厚みが出る。
最後に、明日の板を貼る。
《次回予告》
公開会見#8:王都“公開聴取”——レオン・ダリ呼出/学園“月桂館”地下の会計
・二択:「呼出の設計(逃げ道の作り方)」or「地下会計の解体(第一次:記録)」
・合言葉:“第一次は記録、第二次は名、第三次は手——手は漂白だけに。”
扇でひと拍。拍は靴紐。結んだまま眠れば、朝すぐに走れる。数字は短い。短い数字で柄を作り、刃を正しく使う。柄のない刃は政治。柄のある刃は運用。
運用は、今日も楽しかった。塩の匂いが、それを肯定した。