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新米領主のおつとめ2

「ここまでは、おおむね順調に実行できるでしょう。それで二つ目の課題ですが、アイリーンさま。沼の水全部抜iいちゃう構想とは何でしょうか?」


 せっかく和らいだと思った執務室の雰囲気が、ご説明いただけますかという彼の一言と共に急速に堅苦しさを増します。

 何でしょうか、この心理的圧迫感は。私に向けられた彼のさり気ない視線に、威圧のようなものを感じます。これには覚えがありますよ。お母さまを筆頭とした、大人にお説教をされる時の空気感そっくりです。いや、一応ね、突飛な計画を立てちゃってる自覚はあるんですよ。それに加えてローレンの、また何かやらかしそうだからちょっと厳しめに接しようかという考えも分からなくはないんです。でも9歳児にその圧はちょっと容赦なくないですか?その、これから理詰めでコテンパンに泣かされそうで怖いんですけど、やだなあ。


「その……一言で説明するなら、湿原の農地化です」

「ほう」


 うぅ、じわじわとプレッシャーが増します。提案したのは自分だけれど、現実逃避気味にお母さまの方を見れば、スーッと視線を書類に移しましたよ。どうやら援軍は望めそうにありません。……先ほどから察してはいましたが、お母さまったら私とローレンのやり取りに、付いていけなかったようです。後でちゃんとローレン(せんせい)に聞いてくださいね。

 それはさておいて、目の前の心理的圧迫感(ローレン)に向き合いましょう。


「えと、家畜の数を増やしたいと思いまして。領民の働き口と収入源を確保すれば、生活が向上して領地の繁栄に繋がるのではないかと考えました。現在の規模なら必要ありませんが、産業として拡大すれば牧場も広げる必要がありますし、家畜の数が増えた分だけ冬の餌を確保しなければいけません」

「そうなりますね」

「将来的に土地が不足するので、湿地は排水せざるを得ないと考えました」

「方法は?」

「排水路をつくります!」

「壮大な計画ですね」

「そうなんです。時間もお金もたくさんかかります」

「計画が順調に進んだとしても、恐らくアイリーンさまが生涯をかけるほどの期間を要しますが、お分かりでしょうか?」


 計画の実現にものすごく懐疑的なのが、ローレンの表情と口調から伝わります。まあ、分からなくもありません。何しろ私がモデルケースとして思い描く、風車とチューリップの国は世紀を跨ぎ、百年以上かけても(いま)だに干拓事業が終わっていませんでした。


「それくらいの覚悟がなければ達成できないでしょう?」

「十分な事前準備と期間を設けなければいけませんな」

「まずは計画の草案作成と、長期の資金確保(きんさく)をどうすればよいのか考えているところです」

「やはり領内の測量調査は先立って行う必要がありますね。調査結果がなければ、草案を作りようがありません。先日届いた宰相さまからの紹介状を使われますか?」

「うーん」


 実は先日、私が待ちに待った宰相からの返信が届いたのです。残念ながら期待した内容ではなく、とてもガッカリなものでしたが。しかも手紙(これ)、差出人が宰相ではなく宰相補佐官。ほらね、お母さま。私たち、早くも居ない人間にされかけてますよ……?

 それはさておき、肝心の中身は各種ギルドの一覧表とその連絡先でした。この中から好きなところに連絡をとって勝手に選びなさいということです。とっても事務的!これぞ、ザ・お役所仕事ですね。

 そういうことで正直、私は紹介状(あれ)の活用に乗り気ではありません。


「……私の知り合いでよろしければ、ご紹介しましょうか?」

「!! ぜひお願いします」

「えぇ、まぁ。……でしたら早速連絡を取ってみましょう」


 ローレンがありがたい申し出をしてくれました。この提案に私は一も二もなく頷いたのですが、彼にしては心持ち歯切れの悪い態度です。その様子にお母さまも気づいたみたいですね。


「何か、気になることでもおありなのかしら?」

「いいえ。気になる、ということではありません。私が紹介できる人物は大工1名と建築家2名です。このうち大工が少し癖のある人物でして、良く言えば職人気質で、悪く言えば頑固親父と申しますか。もちろん、技術も知識も十分持っていることは確かなのですが、それで構わないのでしたら彼にも声をかけてみます」

「きちんとお仕事をしてくださるのなら構いませんよ。建築家のお二人も、計画作成にあたって要になる方々ですし、ローレンの知り合いなら意思疎通も円滑にできそうです」

「ふふふ。賑やかになりそうで、楽しみですわ」


 計画期間は数十年単位の長期計画ですからね。事前調査から始まって、基礎資料の積み上げ、草案の作成に体制づくりとしっかり作り込まなければいけません。


「つぎに、予算についてですが……」

「なかなか頭が痛いところです」


 当たり前だけれど、お金には限りがあるし無い袖は振れません。計画当初から借入れや融資に頼るのもよろしくないし、投資してもらえるような当てもない。それでもやりたい思っているのならば、資金源から考えなければいけません。

 本音を言えば、ここは前王領領管理官であるローレンの手腕に頼りたいところですが、それでは領主としてちょっと無責任でしょう。まあ、ダメ元です。私の考えを伝えてみしょうか。


「ローレン、モルテロの住民は焚付けにピートを使っているでしょう。私はそんな物があることをここへ来て初めて知ったの」

「ここを除けば、王都や他の地域では薪が主流ですから」

「ピート?それは何かしら?」

「お母さま、ルテティアでは暖炉の燃料として薪以外に、ピートという泥を乾燥させた物を使っているの。ほら、いつも暖炉の脇に置いてあるでしょう」

「……ああ、あれね。少し変わった薪だと思っていたのよ」

「それがピートです。……ローレン、売ってみませんか?試験的に薪の値段の二割引きくらいで」

「試験的に、というのであれば賛成します。でも、売れますか?」

「本当に売れるのか自信はありませんけれど、やってみませんか?ピートは、沼から採り出して乾燥させる手間はかかりますが、元手はタダです。私たちの懐もほとんど痛まず、売れれば利益はほぼ丸儲けです」

「しかし、人手がいるでしょう。皆、最近は日常の忙しさに家畜の世話が加わりましたし、先日からどなたかの発案でバーチシロップ作りが流行りだしました」

「大丈夫です。樹液採取は期間限定なので、5月に入ってだんだん採取量が減って、じきに終了します」

「あら、エレネ。売るためにバーチシロップを作ったのではないの?」

「違いますね。あれは住民の嗜好品として試作しただけです。たまたま白樺の原生林が近所にあったから作ってみただけで、売るほど採取できると思っていません」

「そうなの……産業にできないなら、収入も見込めないわね。残念だわ」

「そうなんです」


 私も残念に思いますが、気を取り直して、お話をピートに戻します。

 先日、たまたま会った顔役のヨハンさんに聞いてみると、例年、ピートの切り出し時期が5月から7月にかけてらしく、砦の兵士と住民が共同で作業を行うとのことでした。その際、販売用として多めに切り出しておけば、大きな負担にならないと思うのです。


「もうすぐ追加のヒツジが届いてミルクの生産に余裕ができますし、乳製品とピート、どちらの商品も収益が見込めるかもしれません」

「なるほど。ただし、初めての試みですから、住民の様子や売れ行きをを見ながら徐々にやっていきましょう。予算案はそのあとにするしかありませんね」

「そうですね。どれくらい収益が上がるのか予想できませんから、見とおしが立つまで待ちましょう」

「それから、山師と測地士の手配ができたと砦から連絡がありました。こちらに到着したら挨拶に来ると思いますので、お二方ともご承知おきください」

「分かりました。……今日はずっと椅子に座って、たくさんお話をしたので少しだけ疲れました」

「母さまもよ。正直にいうと、あなたたちのお話を聞いているだけで、もういっぱいいっぱいだったわ」


 そろそろ今日は終わりにしましょう、というお母さまの提案に私も賛成します。気づけば窓から差し込む光が赤みを帯びていました。三人で執務室を出るために揃って立ち上がります。仕事終わりのホッとした雰囲気が執務室に漂い、口からは自然と雑談が零れます。


「アイリーンさまは王宮で毎日勉学に励んでおられたでしょうし、この程度の時間、机に座るのは慣れておられるでしょう」

「まあ、それがお勤めのようなものでしたから。……あら?そういえば、もうすぐ教育係が到着する頃ですね」


 そうなれば午後の自由時間がなくなって、住民と顔を合わせる時間も減ってしまうでしょう。仕方がないことですが、寂しいですね。


「エレネ。教育係だけれど、到着は5月の終わりになるそうよ。これまでお教えしていた生徒さんとの調整が長引いてしまったみたいで、お詫びの手紙が届いたわ」

「私はまったく構いませんよ」

「本当に残念だわ……」


 本音を言えば半年以上遅れても、ぜんっぜん構いませんよ。大人には内緒ですが、領主業(いまのせいかつ)が楽しくて仕方ないのです。できればもうしばらく満喫していたい。


「前向きにとらえて、しばらくは領主のお仕事に専念することにします」


 大人がいる手前、いかにも仕方がなさそうな表情でそそくさと部屋から退散しますよ。あー、お腹がすいた。






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