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樹液領主2

 結局、その日は白樺樹液がシロップになるまで煮詰めることはできませんでした。

 夕方、大鍋5つから残り1つになったところでタイムアップ。私は樹液が並々と入ったお鍋を持って帰宅しました。


 さて、私の日常スケジュールとして、通常、午前中は執務となるはずなのですが、今朝は特別に免除されました。理由は、子どもたちが領主邸にやって来たからです。たぶん、住民の子どもが全員来たのではないかというくらいの大所帯です。最初に樹液採取へ行った人数の3倍くらい。30人ほどいますね。大集合です。

 彼らとしては、待ちきれなかった。これに尽きるようです。その素直すぎるお願いに、領主邸の大人たちは苦笑しながら了承し、私を彼らに引き渡してくれました。


 そういうわけで、現在、私は再び広場にある竃の前にいます。


「見てみて。だいぶ煮詰まったから、色が茶色くなってきたでしょう?」

「うん。なんか、甘いにおいもちょっとしてきたね」

「私も見せて。あっ、ほんとだ!においがあまい~」


 会話を聞きつけて、竃を囲む子どもの輪がぎゅっと狭くなりました。火の周りで騒ぐと危ないですよ。やむなくコップを2つ用意して、その中に煮詰めた樹液を入れ、騎士に渡します。今日の護衛は中肉中背で寡黙そうな印象のケネスと、がっしりとした大きな体格が頼もしそうなコナンの二人です。私を中心に30人がわちゃわちゃしているため、臨時でこういう体制になりました。

 騎士は男子と女子をそれぞれ年少順に並ばせて、一番年長の子にコップを渡します。


「この順番のまま、手をしっかり洗ってきて。戻ってきたら、もう一回並んでくれ」

「並んだ順に、コップの中に人差し指を入れるんだ」


 騒ぎの収拾がつかなくなる前に、彼らを試食で鎮めます。

 そしてコップに突っ込んだ人差し指を舐めた子から順番に、表情がワクワクからビックリ、そして嬉しそうなものへと変わっていきます。


「あまっ」

「おいし~い」

「もっと食べたい」

「おかわりっ」

「もっと煮詰めたら、もっと甘くて美味しくなるから待っててね」


 試食の2周目は、子どものはしゃぎように興味を示した大人も混ざって、人だかりが更に増えてしまいました。集まってきた人には女性が多く、いつの間にか子どもたちは後方へ押しやられ、大鍋を囲むのはお母さんやお姉さんばかりになってしまいました。女性の甘いもの好きに年齢は関係ありませんからね。


「もっと煮詰めるのかい?」

「はい。茶色くなって、とろみがつくまでやります」

「そろそろかき混ぜた方がいいんじゃないかい?」

「ええ。そろそろ焦げに気を付けないといけません」

「うちに木ベラがあるから、あたしがやってあげるよ」

「ありがとうございます。お願いします」

「あたしにも何か手伝わせておくれよ」

「それならパンを焼いてもらえませんか。シロップをかけて食べたいので」

「よっしゃ。手が空いてる人、パン焼くよ~」

「それなら昼ご飯にしたらいいよ。みんなの分を焼いちまおう。今日のパン焼き当番こっちきて~」

「こども~。シロップができるまで、みんな手伝いをしてきな~」


 私が口を挟む隙も無く、とうとう子どもたちは追い払われてしまい、お母さんたちがあっという間に段取りを決めてしまいました。好物を前にした人間はパワーが違うようですね。

 そうして集めてきた量をかなり濃縮して、白樺樹液はようやく白樺シロップになりました。とろみの強い琥珀色の液体から甘いにおいが漂います。お行儀は悪いですが、お口の中に唾液がたくさん出てきますね。


「これで白樺シロップの完成です。これはバーチシロップとも言って、お料理にも使えるんです」

「ちょうどパンも焼けたし、早めの昼ご飯にしようかね」


 お母さんたちが手分けをして住民のみなさんを呼びに行きます。その間に、私は領主邸と砦の兵士たちの分を陶器のボトルに取り分けておきました。このあとは皆さんお待ちかねの実食タイムです。


 ……結果は、上々でした。

 みんなの嬉しそうな顔を見られて、私も嬉しいです。シロップの量は多くありませんが、それでも美味しいものを分け合って食べる光景は、見ているだけでも幸せな気持ちになります。

 私と騎士二人はほんの一口だけ試食をいただいて、後片付けをお母さんたちに任せます。そして、子どもたちと午後から次の樹液を回収する約束をして、一旦領主邸に戻ることにしました。


「お母さま、ローレン、ただいま戻りました。これはお二人へのお土産です」

「おかえりなさい。まあ、これが噂のシロップね。ありがとう」

「アイリーンさま、お帰りなさいませ。わざわざお土産をありがとうございます」


 お二人にも喜んでもらえたようで、ホッとしました。砦へのシロップは、お昼休憩も兼ねて護衛の騎士たちに託します。私たちの分は昼食のデザートとして領主邸の使用人にも振舞うため、料理長に渡しました。今回はシロップ自体を味わうために、スプーン一匙に直接入れたものとプディングにかけたものをリクエストしました。


「本当に、とても美味しいわ。エレネには改めてお礼を言うわね」

「っこれは……。予想以上の甘さです。それなのにさらっとした口あたりで、しつこい感じがありません」

「そうね。ハチミツの甘さとも違うし、ほんのり樹木の香りがして、私はこれが好きよ」

「お二人に気に入っていただけて良かったです。もう少し煮詰めて、炒ったナッツに絡めても美味しいですよ」

「それはいいことを聞きました。次回はそれをお願いしましょう」


 上機嫌な様子のローレンを、私は初めてみました。何だかとっても得をした気分で嬉しいです。あとで使用人の方々に感想をうかがっておくことも忘れないようにしなければなりませんね。

 そんなことをつらつらと考えながら食後、三人でお茶を飲んでいました。すると、侍女が困惑した様子で食堂に入ってきます。なんと、子どもたちが誘いに来ているそうですよ。またかー。急遽昼休みを繰り上げた騎士二人と私は、苦笑するお母さまとローレンに再び見送られつつ、今朝と同様に子どもたちと出かけることになりました。

 ところが、村の入り口まで行くと20人近くの大人たちが私たちを待ち構えていました。顔役のヨハンさんまでいるし。え、これって集落のほぼ全人口じゃね?と心の中で呟きます。


「どうやって採ってるか気になってさ。邪魔しないからついてってかまわないかい?」

「あたしらにも教えてくれないかな」

「うまいもん、もっと食いたくなってな。俺らもどうやったか気になったんだ」


 皆さんの勢いにちょっと戸惑ってしまいましたが、一緒に連れ立って出発します。私たちはついに、最初の人数からほぼ5倍の団体さんになりました。ご近所の白樺林まで、ぞろぞろと御一行さまをご案内いたしますよ。

 到着後は、速やかに現地説明会の開催です。採取方法は女の子たちが先生。シーズンは雪解けからブルーベルの花が咲き始めるまで。採取は一日一回。樹木の負担にならないよう、採取口は一本につき一か所。白樺が弱ったら材木として活用するため、穴の高さは1メートル程度のところに開ける。樹液の出量が少なくなったら採取を止めて、木灰とタールを練ったもので穴をふさぐなどなど、注意事項もちゃんと説明していきます。そうそう、資源維持のために伐採後は植林することも加えなければいけません。とりあえず必要な説明は終えたので、明日以降はどうするかみんなで決めてもらって、顔役さんにあとで報告してもらいましょう。


 今日も白樺の樹液はそこそこ採取できたので、みんなで美味しいシロップを作りましょうね。






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