未体験の連続3
今、私は怒られています。誰って、お母さまとローレンにです。別名で、お説教とも言います。
朝食を食べて、一息ついて、さあお仕事をしましょうと私とお母さまがローレンの待つ執務室に入りました。そして執務机に座った領主代理のお母さまに向かって、ローレンが領政の説明を始めようとしたところで、ソファに座った領主からお二人にお手紙のことが報告されました。事後報告ですが、なにか?
そりゃ普通、驚きますよね。お二人の言い分も良く分かります。領主といえども9歳の子どもが大人に何の相談もなく、国のえら~い人に重要な事をお願いしちゃったんですもの。しかも、突然に。
「だってお母さま、お願いごとをするなら早くしないと、宰相に忘れられてしまいます」
「うっ、それは、そうですけれど」
そこはお母さまも同意らしく、涙目で訴える私に苦笑いです。影の薄い私たちが、毎日忙しい宰相にお願い事を聞いてもらえる時間は、とても短くて限られています。鉄は熱いうちに打てという言葉どおり、私たちは覚えめでたい間にガンガン手を打たなければなりません。
「それに資金だって限られていますし、のんびりしていたら冬が来てしまいます」
「まあ~、冬なんて、ようやく終わったばかりじゃないの。今はまだ春先なのよ」
「いえいえ。この慌ただしさですよ。バタバタしている間に、次の冬がやってきます」
「こちらに到着して3日しか経っていません。荷解きやお部屋の整理だって、まだ全部終わっていないのですよ」
「お部屋は侍女たちがきれいに整えてくれるので、心配はありません。私にはルテティア領のために、いろいろすることがたくさんあるんです」
「あなたを応援したいし、気持ちは分かるけれど、もう少し余裕をもって行動してほしいとお願いしているのです。たくさんのことを急に変えてしまうと、みんなが戸惑ってしまいますよ」
「でも期限があるものだから、急いだほうがいいのではありませんか?」
「あなたには領主としてだけでなく、貴族としても淑女としても学ぶべきことがたくさんあります。どれも大切ですが、基礎学習が一番大切なのですよ」
「それは理解できます。どちらも頑張りますから、全部やらせてほしいんです」
「やっぱり、いけません。エレネ、あなたは少し落ち着きなさい。これほど浮わついていては、淑女とは呼べません。そして領主として何かしたいなら、冷静に思慮深い行動を心掛けるべきです」
「……あの、お二人ともよろしいでしょうか?」
王宮と違って必要以上に折り目正しくする必要がないと判断したのか、お母さまが私のことを愛称で窘めます。私たち親子には珍しく、ついつい熱くなってしまいました。はしたなくも人前であるにもかかわらず、ローレンまで親子喧嘩に巻き込んでしまいました。ごめんなさい。
最終的にはローレンの仲裁で、私の一日の予定が大枠で決められました。
午前中はお母さまと領主のお仕事、午後は基礎学習と淑女教育の時間。ただし私の家庭教師が3週間後に来る予定なので、それまでは自分が領主としてやりたいことをまとめてローレンに報告すること。そして何かやりたいことがあれば、必ず、か、な、ら、ず、大人に相談してから行動することを約束させられました。一人で突っ走ってはいけないということですね。
ともあれ宰相に送った手紙の件は、すでにやってしまったことなので、二人には内容と目的、今後どうするのかをきっちり説明させられました。そして、私は控えとしてとっておいた手紙の写しを二人に見せます。
「ふむ、宰相さまにお願いした内容自体は、良いことだと思います。ただ現時点では、どのような返事があるか分かりません。私としては領主さまのやりたい事を応援したい気持ちではあります」
「ローレンがそのように仰るのであれば、私もその方向で支援させていただきましょう」
「お母さま、ローレン、ありがとうございます」
「はぁ……お礼を伝えることは大切だけれど、あなたには、その前に反省してほしいわ」
「うっ、わかりました」
「それでは気を取り直して、手紙で専門家の招へいを要請されていらっしゃいますが、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?それから領主さまは返事次第で、どのように対応されるおつもりだったのですか?」
「えと……ルテティア領の開発計画書を作りたかったんですが、私はここに来たばかりですし、まだ子どもでもありますし、ましてや専門家でもありませんので、領内に何があってどんな風になっているのか分かりません。だから最初に、領内の詳細な地形を知るための地図と気候、それから事業をするための資源を把握したいと思いました。他には親交をはかることも兼ねて、村の人から聞き取りをしたいと考えています」
「そのための専門家ですか、聞き取りも分からなくはありません。それで資源の方はどうするおつもりだったのですか?」
「砦は国の防衛拠点なので国境近辺の地形は把握しているでしょう。だからきっと守備隊に山師の伝手があるだろうし、できれば紹介してもらいたいと思いまして」
「ああ、分かりました。宰相さまのお返事が良くなかったときは守備隊を頼るおつもりだったのでしょう?」
「……そうです」
「いろいろ補足する部分はありますが、現在行っている政策の実施に支障はないでしょう。それに領主さまのお歳で驚くほど考えておられます。そこで質問なのですが、なぜ初めから守備隊に紹介してもらわないのですか?」
「はじめに心配したのは専門家の質です。国の、しかも王宮お抱えの専門家を宰相の名前で紹介するのであれば、知識と経験が豊富な人物である確率が高まるかと考えました。次に、宰相を介することで、彼らに私たちが何をしたいのか知らせることができます。最初から知っていれば、国との繋がりが確保できます。それに薄っすらと少しだけ巻き込んでおけば、困ったときの後援になりますし、資金援助してもらえたら助かるでしょう?」
「そこまで考えたんですか。もちろん、お母上と一緒にお考えになったのですよね?」
これには、お母さまが首を横に振ります。実際に、こんな話題で会話すらしたことがありません。すべて私の思いつきです。
落ち着いた渋オジであるローレンの目つきが、心持ちジトッとし始めている気がしないではありませんが、気のせいということにしておきましょうかね。
「……自分が路頭に迷わないよう、子どもなりに一生懸命、必死で考えた結果です」
「まあ、アイデアの出所はともかく、私としては将来有望な方が、領地の発展の陣頭指揮を執ってくださるのですから、うれしくて頼もしく思います」
「長年に渡って、この地を管理しておられたローレン補佐から、お褒めの言葉をいただけて恐縮ですわ」
「こちらこそ詮索するような行いをしてしまい、失礼いたしました。ですが、領主さまの政策を円滑に行うためには、簡単でもよいのでお考えいただいている計画とやらを最優先でお教えいただきたいのです。今後の話はそれまで保留とし、先に必要なものをお二人へ引き継ぎいたしましょう」
よろしいでしょうか、と確認する体で決定してきたローレンからくたびれた雰囲気が漂っています。これは恐らく彼の心の負担の現れでしょうかね。引っ越し早々に課題をどっさり出した私に責任がありそうです。申し訳ない。けれど、私にはローレンにもう一つお願いごとがあるのです。
「あの……それから、私のことなのですが、アイリーンとお呼びください。伯爵や領主さまと呼ばれるのは、まだ面映いのです」
私の小さなお願いごとに、ローレンがふっと優しい笑みを浮かべます。
「承知いたしました。ただし、公の場所では伯爵閣下または領主さまとお呼びさせていただきます」
「そうそうエレネ。あなたが侍女たちに任せきりにしている自分のお部屋だけれど、そろそろ真面目にきちんと整えてちょうだい。少しは指図してあげないといろいろ困っていいるようだったわ。今から行ってあげてくれないかしら」
「はい、お母さま。それではローレンも失礼します」
いい加減、ほったらかしにしすぎて、お母さまの目に余ったようです。やんわりと注意されている間に取り掛からなければ、本格的に怒られてしまいます。
私は辞去のご挨拶を二人にすると執務室を出て、お片付けのために自分の部屋へと向かいました。