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未体験の連続2

 翌朝、私とお母さまは領主邸前で、()()()と対面し、ご挨拶しました。

 彼らには、おおむね快く迎え入れてもらえたように思います。ちゃんとお土産に、旅の途中で購入したニワトリさんを20羽とヒツジさんを10匹渡しましたからね。これで卵、乳、毛、そしてお肉の確保ができました。しかもこれは第一弾、しばらくしたら追加のニワトリ30羽とヒツジ40匹とウシ20頭が届く予定です。みんなで相談した結果、お土産(かちく)は住民全員の共有財産として、彼らの顔役をしているヨハンさんを筆頭に管理してもらうことが決まりました。よろしくね。


 さて、続いて砦へご挨拶に向かいます。

 なんといってもお隣ですからね。お母さまと私でも十分、歩いていける距離なのです。というか、客観的にみると、砦の外壁に集落がへばりついている感じです。国防を担うために、砦は壁も建物も全てに頑丈な石材が使われ、どっしりとした重厚な存在感を持っています。一方で住民の家屋は木造。私のお家である領主邸も木造です。

 砦を守る約三百人の騎士さまと兵士の方々、彼らを支える職員の合わせて千人近い皆さまを前にして、新領主就任のご挨拶です。挨拶文は馬車の中で考えました。形式上は彼らもルテティア領民に含まれるため、良い印象を持ってもらえるように、興味津々で向けられる視線へも笑顔で対応します。

 というのも本来なら王領から伯爵領への移行に伴って、砦の守備も王国軍から伯爵の持つ騎士団へ移管されるものなのです。でも今回の拝領決定が急だったために軍事面での調整が間に合わなかったらしいのです。この話を知らされたのが昨日の領都モルテロ到着後、ウィラーとの初顔合わせの席です。誰ですか、手続きが全部終わってるって言った人は。嘘・大げさ・紛らわしいは、どこでも迷惑になることを知らないのでしょうか。

 とりあえず、こちらでの初顔合わせが終わったので、ウィラーに建物の中を案内してもらいます。司令官執務室からはじまって戦略会議室、訓練場に倉庫群、騎士宿舎と、ちょっとした探検気分です。まだ旅の疲れが残っているお母さまとローレンには、先に帰ってもらいました。


「もとは国境を渡る吊り橋と街道ができて、その警備と検問を兼ねた砦が作られました。そこに自然と人が集まって集落ができたのが始まりだそうです」

「何かあったときに、騎士さまがいれば安心ですものね」

「辺境の山中で安全に眠れる場所は限られますから、ちゃっかりと実利をとった結果でしょう」

「集落の中も安全そうでした」

「実際に住民よりも騎士と兵士が多いですから。皆が顔見知りで、外から来た者はすぐにわかります。村が小さいからこそ警備の目も行き届いているのだと思います」

「ふふふ、騎士さまが頼もしいことに変わりありません。私も頼もしく思っています」

「領主さまからそのようなお言葉をいただけて、大変光栄です。お土産にワインを大樽で50樽もいただきましたし、隊員一同、敬意をもって精一杯お仕えさせていただきます。……よろしければ、監視塔にも登られますか?」


 塔の上からは、ルテティア領が遠くまで見渡せるそうで、私は喜んで隊長に着いていきす。

 王城にも尖塔はいくつかありましたが、私は一度も登ったことがありませんでした。ですから、これがはじめての体験です。

 屋外に出て広い敷地を歩いて横切り、塔の中に入ります。ウィラーの後に続いて、急な階段をグルグルとてっぺんまで頑張って登りきります。運動不足で、ちょっと息が切れました。見張り当番の兵士が、敬礼で私たちを迎えてくれたのでニコリと微笑み、手すりから外を見渡します。ちょっと私の背丈が低いので、踏み台替わりの木箱の上に乗っています。


「わああ……」

「今日は空が晴れて風通しも良いので、遠くまでご覧いただけて良かった。ここまで見通せる日は、一年の中でもなかなかありません」


 そうなんですね、と相槌を打つ私の髪を、まだひんやりと冷気を孕んだ春先の風が撫でていきます。塔の真下をのぞくと、視界の左端に対岸の絶壁が入り、深すぎて見えない谷底からドドドッと水が勢いよく流れる音が聞こえてきます。


「この砦はルテティア領の北東端に位置します。そして今、私たちはそこから南側を向いています。すぐそばに流れるのが、我が国と隣国を隔てるアルテロ川。この川の川下に向いて左岸が隣国、右岸がルテティア領になります。遠すぎて霞んでいますが、こちらから見渡せる稜線の東側の(ふもと)から西側の麓まで湿原の全てが伯爵の治める土地になります。また、ここからは背後になって見えませんが、北側にある山を一つ越えた谷筋が王領との境界になっています」


 ザワワと少し強めの風が、広大な水面を眺める私の頬を撫でていきます。


「……私、ルテティアがこんなに広い土地だと思っていませんでした」

「ここは面積だけはありますから。仮定ですが、もしも湿原が小麦畑だったなら、国内有数の穀倉地帯となれたでしょうね」

「そうなっていれば、私がもらい受けることは絶対になかったでしょう」

「あくまで私が夢想しただけで、深い意味はありません。ただ、ここの住民は、事情はそれぞれあるでしょうが、辺境でも他に行き場がないからここにいるのです。それが言いたかっただけで、お気を悪くされたのなら、申し訳ありません」

「大丈夫、気にしていません。……でも子どもの私に、ルテティアを治められるでしょうか」


 何だか、だんだん弱気な気持ちが沸き上がってきてしまいました。一応、王族としての教育だけは受けていますが、実際に何かをしたことはありません。しかもお母さまと二人、ひっそりと王宮で息を潜めて暮らしてきた私には、誰かと一緒に行動したり、頼られるという経験もないのです。あるとすれば、生まれる前に見た夢の記憶だけでした。

 そんな私の気持ちが伝わったのか、隊長が力強く笑って答えてくれました。


「幸い、ここの住民は、基本的に悪い奴はいません。それに治めるといっても、50人程度の集まりです。粗暴な荒くれ者ばかりが揃った砦の兵士(やつら)をまとめるよりも多分ずっと簡単ですよ」


 あいつらに比べれば素直なものです、と冗談めかして話してくれる隊長を良い人だなと感じます。おかげで、弱気もすっかり引っ込んでしまいました。


「お気遣いありがとうございます。まだ私に何ができるか分かりませんけれど、みんなが笑える領地になるよう努力したいです」


 砦から戻った午後、さっそく私は王都にいる宰相宛に手紙をしたためました。

 領地開発を行うにあたっての事前調査の必要性と、専門家の紹介をお願いするために。お母さまが頑張って宰相(かも)から頂戴した一時金を、領地開発の資金にあてようと思います。ひとまず、土木と建築の専門家、それに腕の良い大工が必要になりそうです。






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