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未体験の連続1

 このレジアス王国は、大陸南寄りの内陸部にあります。

 王国西側は比較的なだらかな土地が多く、穀倉地帯となっていて、中西部の王都スープラを中心に人口もそちらへ多く集中しています。一方、東へ行くにしたがって丘陵から山地へと標高を上げ、北からせり出した山脈とその上に横たわる氷河が人間の立ち入りを阻み、険しい国境地帯へと繋がっています。


 王都を旅立った私たちは、いくつかの領地を通過しながら国内を東へ向かって横切ります。すると湖水地方にたどり着き、この一部がルテティア領といって、私の領地になります。

 馬車に乗り王都を発って二週間、私たちの一団はようやく西隣のグッタエ領との境を超え、ルテティア領に入りました。山沿いに延びる一本道は、峠を越えて川を渡るたびにデコボコがひどく、どんどん細くなりました。頭上は白樺が樹冠を広げ、そこから木漏れ日が差しています。すれ違う馬車もなく、侘しい街道脇で野宿を3回した日の午後、ようやく私たちは領都モルテロに到着したのです。


 現地に来てみて納得しました。

 案の定、私の予感が的中したのです。どおりで話がうますぎると思いました。


「え~っと、つまり、ローレン補佐とウィラー隊長のお話をまとめると、私の領地は沼、ということでしょうか?」

「どうぞ私のことはローレンとお呼びください。それから、ルテティア領は沼ではございません。自然豊かな湿原でございます」

「私もウィラーとお呼びください。伯爵さまがお治めになるルテティア領と隣国の国境線は、北側が深い谷と水量の豊富な急流に吊り橋が一本架かるのみ。南の平地は泥濘(ぬかるみ)で足場が悪く、馬も馬車も通れません。湖沼も浅瀬ばかりで小舟しか渡せないことから、この地形は国境防衛上、都合がいい場所です」


 私の質問に、ルテティア領管理官改め領主補佐のローレン補佐と砦の守備隊のウィラー隊長が、答えてくれました。ローレン補佐はブラウンアッシュの髪を肩口で結わえた、中肉中背のダンディなおじさまです。もう一方のウィラー隊長は、レディシュの短髪にガッシリした体躯をお持ちの騎士さまでした。


 ともかく、両名とも初対面の上司に差し障りのない言い回しを試みて失敗していますね。どちらもせっかくの真面目な顔が、言葉選びで台無しです。要約すると、ここは隣国さえ欲しがらない辺境ど田舎の僻地ということなのでしょう。


 これで、王宮の意図は正真正銘の厄介払いで確定。僻地と呼ばれようが、()()が50人ちょいだろうが、領地は領地。なるほど、誰も欲しがらないから王家が管理するしかなかった土地を押し付けられたというわけですか。だからといって、すでに私たちルテティア領(ここ)へ到着しちゃってるし、断れる状況でもありません。ましてや親子そろって王宮を追い出された身で今さら王都に戻れないし。他に行く当てだってありませんよ。

 お母さまと二人、諦観を込めた大きな大きな溜息を一つ吐きだします。もう選択肢がないなら気を取り直して、ここを住みやすく、居心地よく工夫するしかないです。


「ルテティア領は何を産業としているのでしょうか。人がいるのですから、どこか働き口があるのでしょう」

「夏期は男衆が狩猟をします。獣肉は日持ちしないため自家消費して、隣のグッタエ領で角や皮、採取した薬草を売ることで収入を得ています。また冬期は、男衆と若者が近隣の領地へ出稼ぎに行きます。彼らの収入は、主に隣領での食材購入にあてているため、手元に現金がほとんど残らないようです。他には砦の需要を見込んだ小規模な鍛冶くらいです」

「すぐそばに水場があるのに、魚は獲らないんですか」


 二人が顔を見合わせてしばらく、ローレン補佐が大きなため息を一つ吐いて教えてくれました。


「ごくわずかですが、獲れなくもありません。しかし生業として成立しないのです。……ほとんど漁に出られませんので」

「それは、どうしてでしょう」

「ご存じないのも仕方がありません。ルテティアの湿原では、たまにですが場所によってガスが出ます。これが可燃性でして、噴き出す場所も一定せず、原因も分かりません。そしてもう一つ、虫が多い。特に晩春から秋口にかけてはウンカと蚊に悩まされて、漁どころではなくなります。虫よけに煙を焚こうにもガスに引火したら、舟ごと火だるまになりかねません。それを恐れる住民は船を出そうとしません」


 ウィラー隊長もウンウン頷いて、もう少し暖かくなればそこら中に大きな蚊柱が立ちます、と説明がありました。隣に座るお母さまから、ひぃぃと声が聞こえてきます。虫、大嫌いですもんね。


「私、虫はだめです。どうしましょう、お屋敷にも入ってきますか?」

「な、何分緑豊かな土地柄ですので、多少は入ってきます。しかし、この場所は山の中腹の拓けた台地にあって湿地から離れていますし、山から吹き下ろす北風と国境の渓谷を吹き抜ける川風で、ガスを心配する必要がありません。水辺に比べて虫もかなり少ないです」


 残念ながら、ローレン補佐の言葉はお母さまの心に全く届いていません。綺麗なお顔が珍しく引きつっていますから。部屋の隅に控えている侍女も硬直していますよ。淑女の虫嫌いを侮ってはいけません。しかも王都育ちの王宮暮らしですもの。ぜひとも最優先で虫天国の回避策を捻り出す必要がありそうです。私の場合、(かゆ)くなる蚊は嫌ですが、羽虫程度なら平気ですが、なにか?


「湿原ではガスも厄介ですが、泥も燃えます。水分を含んでいる間は大丈夫ですが、湿地が近く乾いた所で焚火をすると延焼する恐れがありますので、お気を付けください」

「でも、私たち隣領からモルテロまでの間で3度野宿して、そのとき焚火もしましたよ」

「街道は泥のない山中を選んで通していますので、火災が起きる心配はありません。それに泥は取り扱いを間違えなければ、薪の代わりに使えます」

「住民も煮炊きに使っていますし、砦でも普段の利用ならこれで十分です」

「利点はたいへん軽く、煙がほとんど発生しないことです。問題は薪と比べてわずかに火力が弱いことです」

「伯爵さまとご生母様は、今日到着したばかりですし、しばらくはこちらの暮らしに慣れていただければ嬉しく思います」


 やっぱり現地に来てみないと、私の知らないことや王都の資料では分からないことがたくさんあるようです。私が密かにわくわくしていると、夕食の支度が整ったと侍従から知らせがありました。旅の疲れもあり、短めの初顔合わせはこれでおしまいになりました。


 ローレン補佐とウィラー隊長からお話を聞く限り、こちらではお母さまと私が誇る()()()()()()スキルは役に立ちそうもありません。これを機に、影の薄さを脱ぎ捨てて生活向上を目指さなければ、住民もろとも死亡エンドが待っている可能性さえ出てきます。私の勘が警鐘を鳴らしていますよ。幸い王宮で(いぜん)の私を知っている人は、ほんの一握り。ちょっと一皮剝けたとしても、疑問に思う人はほとんどいません。お母さまだけは私の本性を知っていますが。

 丁度よい節目です。路頭に迷わないよう、淑女らしく上品に、そして適度に頑張ってみましょうか。


 さあ、明日は住民の皆さまと砦の守備隊の方々にご挨拶があります。新米領主はこれからが楽しみです。







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