毛刈りと羊毛2
カルヴィンの服の裾をグッと握りなおして、私もそうっと賑わいの中に混ぜてもらいます。すると、みんなが場所を開けてくれて、最前列で毛刈りの様子を見られるようにしてくれました。ちょうどマナとミナのお父さんに順番が回ってきたところで、ヒツジの首を抱えるようにして連れてきました。私は心の中でエールを送ります。
お父さんは農民の指導に従って、ヒツジの首を左腕と脇で抑え込むように固定します。そして右手でヒツジの腰を上からグイッと押すようにして後ろ足を屈ませ、足元にコロンと転がしました。すかさず農家のおじさんがフォローに入り、ひっくり返ってお腹を見せたヒツジの頭を股の間に挟み、両前足を持ってバンザイの姿勢を固定しました。その間にハサミを持ったお父さんが、お腹の毛を刈るために屈んで右後ろ脚を持ち……尻もちをつきました。どうやら蹴られたみたいですね。
「父さん、頑張って~」
「ムスメに良いとこ見せろよー!」
ミナの声援と住民からヤジが飛び、ワハハと笑いが起きます。蹴られた本人も、すぐに立ち上がって毛刈りを再開しています。このヒツジは元気いっぱいな牡羊だったようで、お父さんは何度も蹴られつつ、四苦八苦しながらも初めての毛刈りを無事に終えていました。
「ごくろうさま」
「おうよ。……っと、領主さま。けんがく……っっ見守ってくださってありがとうございます」
「あの、マナたちと同じ接し方でかまいませんよ」
「とんでもな……すんません。慣れませんで、これくらいでお許しください」
「でも、あまり気負わずにいてね」
「へい。わかりました」
一仕事を終えたお父さんを労ったつもりが、逆効果だったみたいです。女衆と違って、まだまだ男衆とのコミュニケーションはぎこちなく、慣れるまでもうしばらく時間が必要なようですね。話す言葉がちょっとちぐはぐしています。
「毛刈り、大変そうね。やっぱり難しい?」
「へい。皮膚を傷つけずに刈るのが、予想以上に難しいんですわ。毛に血ぃも付きますし、ヒツジが痛がって動くんで、余計に毛が刈りにくくなって困りました」
「来年から住民だけでできそう?」
「どうですかねぇ。まあ、刈るだけなら、できなくはないと思いますわ」
「よかった。来年からみなさんにお任せできそうで」
少し考えつつ答えてくれましたが、来年の毛刈りは私たちだけで何とかなりそうです。よかった。
お父さんと別れ、ふいっと周りに頭を巡らせてみると、一人の男の子と目が合いました。みんなから少し離れた場所で、ヒツジを囲うロープの支柱に凭れかかっています。私より3歳年上で名前は確か、ヤスティン。ダークブラウンの髪に日焼けした顔の彼は、いつも積極的にウシやヒツジのお世話をしていて、みんなからはヤンと呼ばれています。
「毛刈りがしてみたいなら、おじさんたちに頼んでこようか?」
「いや、いらない」
「なんで?」
「ハサミが大きくって、おれの手が合わない」
「あー、確かに」
成人男性の足のサイズほど大きい毛刈り用のハサミは、子どもが持つだけでも難しい。私の指がかろうじて届くほどの幅で、厚めの刃は鋭く研がれて重いため、握るだけで精いっぱいなのです。そして握力も弱いから、チョキチョキなんてとてもできません。
「毛刈りで怪我をしたヒツジにお薬を塗ったり、爪を切る手伝いならさせてもらえるんじゃない?」
「やらせてもらえるかな……」
「おじさんに聞いてみよっか」
毛刈りに慣れない大人たちは、気を付けていてもハサミで皮膚を傷つけてしまうため、周りには怪我だらけのヒツジがたくさんいます。このお薬はヒツジ自身からとれるものなので安心安全です。
ヤンが他の男の子たちにも声を懸けに行っている間に、私は顔役さんから許可をもらって彼らが来るのを農家のおじさんと待ちます。
「坊主ども、こっちだ」
「はい!」
ヤンが張り切った声で返事をしながら、こちらに手を挙げてお礼を伝えてくれました。そのお返しに私は頑張ってねと小さく手を振ります。早速、おじさんとヤンが声をかけた数人の男の子が柵の中へ入り、一匹のヒツジを囲んで講義が始まりましたよ。私たちはしばらくその様子を見守ってから、羊毛を洗濯している集落の中へと移動しました。
洗濯は、かつて実家でヒツジを飼っていたという住民が中心になって、羊毛洗いから糸紡ぎまで行うことになっています。
刈られたヒツジの原毛は、まとめて大きな籠に集められ、共同の洗濯場へ運ばれます。そこでは熱湯にしっかりと羊毛を浸し、まずは殺菌、殺虫、そして汚れと油分を洗い流します。刈りたての羊毛は草や埃だけでなく、毛ジラミなどが寄生していたり、泥や糞がこびりついて混じっています。この汚れに、羊から分泌される油分が加わって絡まり、素手で触れるとネッチョリべとべとしていて臭いんです。だから原毛の洗浄は、熱いお湯で洗う作業から始まります。
お湯を沸かしている竃の周りでは、台所を取り仕切る女衆の元気な声が飛び交っていました。
「もうすぐ熱湯が通るよー」
「そこのアンタ、危ないから退いとくれ~」
「そろそろいくよー」
汚れた原毛を洗うためのお湯は、住民共用の台所で寸胴鍋に沸かされます。それを洗濯場に設置した大きな洗濯用の桶に移し替え、熱湯で最初の予洗い。T字型の棒で優しく押し洗いすると、あっという間にお湯が真っ黒な泥水に早変わりしました。湯気と一緒に臭いも立ち昇り、周辺は水に濡れた犬の臭いでいっぱいです。でも、それだけなのに原毛の汚れは驚くほど落ちていました。
洗い担当さんも湯気の立つお湯のそばで作業をしているせいか、汗だくになっています。これもなかなかの重労働ですよ。
「そろそろ毛を取り出しておくれ」
「カゴの準備はできてる。いつでも良いよー」
「熱いから気を付けるんだよ」
ほこほこと湯気の上がる原毛を、カゴに入れたまま放置して軽く水切りします。
そして、新たにお湯を我慢できるくらいの温度に調整して入れ替え、2度目の予洗い。
3回目の本洗いは、樽に入れてつけ置き洗い。人肌くらいのお湯に木灰を濾した水を加え、原毛が浮かんでこないように中蓋を置いて、埃除けに上蓋を被せて丸一日放置します。翌日、軽くすすぎ洗いをして絞ったら草を編んだむしろに広げ、時間をかけてしっかりと乾かします。
洗い終わった原毛は、あれほどの汚れと臭いが嘘のように軽くて白くてふわふわになっていました。まだ草や枝などの細かいゴミは付いていますが、臭いもほとんど気になりません。
こうしてヒツジ50匹分の毛刈りと原毛の洗浄が完了するまで約一週間を要しました。
その間に、家畜の日常のお世話の仕方から注意事項、病気や出産などの処置について指導を受けていましたよ。
あとのことは住民の皆さんにお任せです。来年からヒツジの毛刈りが、モルテロの春の大仕事として定着してくれたら嬉しいなと思いました。




