毛刈りと羊毛1
「ねぇ……。カルヴィン、キーラン。たくさんの家畜が集まると、壮観なのね」
「ハッ。領主さま自らお買い入れなされたと伺いましたっ」
「確かにたくさんいますね~」
「違うわ。私は買い付けを侍従に命じただけで、買いに行っていないわ。ここまで連れて来た時も私たちが乗る馬車とは距離を取っていたし、家畜を見たのはモルテロに到着したあとよ」
昨日に引き続き、同じ顔ぶれの主従が三人で集落の端に立ち、そこからなだらかに下っていく岩の多い草地を柵の外から眺めています。柔らかで心地よい春風が私たちの背中を追い越し、色の濃くなりだした草を揺らしています。
「ちょっと買い過ぎたかしら。多すぎない?」
「いやー、大丈夫でしょう。採毛や繁殖を考えたら、これよりも多い方がい~くらいですよ」
「そうかしら」
呟く私たちの眼下にはお土産の第一弾に加わったお土産第二弾、全部合わせるとニワトリ50羽とヒツジ50匹とウシ20頭がいます。それらを総出で出迎えた住民と、納品にやって来た農民らしき人たちが集まっています。彼らの声と動物の鳴き声がガヤガヤ、コケコケ、メエメエ、ブモブモと入り乱れ、私のところまで賑やかに届きます。
「……すごいわね」
「牧場はどこもこんなもんでしょう」
「僭越ながら、私の実家でもニワトリを何匹か飼っておりましたっ」
柵の外から雑然とした光景を眺めていると、人の輪の中にいた顔役のヨハンがこちらに気づき、抜け出してきました。彼のしぐさで、みんなの視線が一斉に私たちへと向けられ、なぜか一緒にこちらへやってきます。そして住民の動きに促されて、農民もやってきました。さらに飼い主の後ろを家畜が追いかけて、どうしてか大所帯が私たちの元へ集まってきました。
……ちょっ、ちょっとストップ、待って。皆はにこにこしていますけど、私は怖いですからね。なんで動物まで来るの。
これ、ちょっとした人と動物による朗らかな圧迫面接ですよ。こっそりと怖がっている引け腰の私がカルヴィンの騎士服の裾を握りつつ、それとなく後ろへ身体の半分を隠します。距離を置いて見ている分には平気だけど、触れるほど近づかれるとこわいんだもん。
「領主さま、こんなにたくさんの家畜をありがとうございます」
「えぇ、皆さんに喜んでいただけて嬉しいわ。農民の方々に教えてもらえる時間は限られていますから、こちらのことは気にせず、どうぞお世話を始めてください」
「承知しました。お言葉に甘えて、さっそく作業に取り掛からせていただきます」
ヨハンさんと家畜を連れてきた農民たちは私への挨拶を軽く済ませ、いくつかのグループに分かれました。
彼らの様子をじっと見守ります。
どうやらニワトリ班は子ども中心なようで、鶏舎へニワトリを追い込みに動き出しました。ヒツジ班は大人中心で、農民のおじさんを輪になって囲みます。そして農民が右手に持った大きな鋏を掲げながら、連れて来た一匹のヒツジを股の間に挟んだ状態で説明を始めました。ウシ班は別の農民と何やら話し込んだ後、揃って牛舎へ移動して行きました。ウシたちは外でのんびりと草を食んでいます。
「……」
草を食みながら徐々に散っていくウシの群れを、しばらく私たちはぼーっと三人で眺めます。
すると、その中で私とバッチリ目が合った一頭のウシが、じいぃっとこちらを見つめながら、のっそりと近づいてきました。カルヴィンの騎士服を掴む私の手の平が一層力を増して、じりじりと自分の身体の四分の三を彼の後ろに回しました。
「こいつら、すこく大人しいんです。かわいいでしょ」
「……かわっ、かわいらしいわね?」
「怖がらなくても大丈夫ですよ。ほら、手を出しても嚙んだりしませんから」
「そっ、そうなの?」
キーランが柵の上から顔を出したウシに、手をべれべれ舐められてます。悪いけど、そのヨダレだらけの手、洗うまで私に触らないでちょうだい。
しばらくの間、まじまじと大きなウシを観察します。
大きな頭には長くて力強いカービング・ホーンが伸び、わさっと垂れた前髪から覗く目は温厚そうです。柔らかそうな赤茶色の長い体毛が大きな体を覆って、足の短い姿はどこかテディベアを思わせる愛嬌があります。
「こいつら、人懐こくて愛情深いんですよ。地元ではキロー牛って呼ばれてました」
「慣れたらっっ、かわいい。慣れたらかわいい、かも……しれない」
でも、まだ触る勇気が出ません。この国随一を自負していた引きこもりには、なかなかに高いハードルです。キーラン、察してくださいよ。
視線で懸命に訴える私の気も知らず、キーランはこちらを促すように半身を引いてウシの頭を撫でています。しばらくして躊躇っている私を促すように、それまでじっと立っていたカルヴィンがウシに向かって一歩近づきました。その彼の騎士服を握っている私もつられて近づきます。そうして一歩ずつウシの前まで近寄らされたところで、観念した私がそうっと伸ばした指先で頭に触れました。
「うぅっ……ょろしくね」
小さく囁きながら、恐る恐る触れた指先の感触は硬めのふわふわで、むふんと掛けられた鼻息は生臭い匂いがしました。
空は今日も晴れていい天気ですし、牧場らしく畑の香水の香しい匂いも漂ってきます。広々とした牧場の中で、まばらに散らばって草を食むウシ。集落からほど近い場所に建てられた畜舎にはニワトリ。毛刈りのために、急遽ロープと木杭で作った簡易な囲いの中では、農民に追われたヒツジたちが体を寄せ合い、密集しています。これこそ本当の毛玉の群れ。そこから一匹ずつ羊が連れてこられ、いよいよ毛刈りが始まるようです。
さすが毛刈りのプロ、農民のおじさんは軽快な手つきで驚くほど速く、簡単そうにチョキチョキとヒツジの毛刈りを手早く終えてしまいました。刈り終えたヒツジの毛は、まるまる一匹分ベロンと一枚の布のように繋がっています。上達したらヒツジを傷つけずに、できるようになるんですって。
どうやら大人は全員毛刈りにチャレンジするみたいで、何人かのおじさんが毛刈り専用の大きなハサミを持って、地面に敷かれたシートの上で、それぞれヒツジの体をチョキチョキし始めました。農民は住民の毛刈りを見て、いろいろと指導して回っています。
調子をそろえてクリック♪クリック♪クリック♪
ハサミの音も軽やかに~~~
私にとっては馴染みのない歌ですが、市井でよく知られているらしい歌を子どもたちと農民のおじさんが陽気に歌いだし、とっても楽しそうです。もう少し近くで見学してみたくなった私は、しっかりカルヴィンの騎士服の裾を握りしめ、ピッタリとくっつきながら皆のそばへ近づきます。
実は私、ルテティアに来るまで馬以外の動物と触れ合ったことがありません。
当たり前ですが、王宮内で王族用に飼育されている馬は、しっかりと調教されています。そして女性王族が馬に騎乗することは、この国ではものすごく異例のこと。しかも子供が乗るためにとっても温厚で穏やかな気質の馬を選りすぐっています。人に優しく無茶をせず、お行儀がいいのです。
それに比べて牛や羊は、何というか、本能的というか、自由?興味の向くまま生きている感じがするのです。……こそっと本音を言うと、可愛いけどちょっとだけ怖いのです。まあ慣れたら平気になると思うので、そのうち時間が解決するでしょう。たぶん。




