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新米領主のおつとめ3

 お天気の良い昼下がり、私と領主邸の使用人、砦の騎士たちが揃って玄関に並び、お母さまとその他御一行さまを見送っています。


「お母さま、気を付けて行ってらっしゃいませ」

「あらあら。気を付けてなんて、エレネは大げさね。行先は目と鼻の先にあるのだから、先方にご挨拶をして、少しだけお話をして戻ってくるだけなのよ。きっとお茶の時間までには帰って来られると思うわ」

「例えゆっくり歩いて20分の距離でも、一応隣国へ向かうのですから心配はしますよ」

「そんなに心配しないで。母さまは頑張ってきますからね」

「はい、待ってますから。ローレンも、ウィラーも行ってらっしゃい」


 今日はお母さまが、お隣さんへご挨拶に行く日です。

 領主代理のとしての、初公務ですよ。今回のミッションは、東隣にある隣国の領主に、ルテティア領領主代理として就任のご挨拶をすることです。こちら側からご挨拶するのですから、本来は隣国領主が住む領都へ行くべきなのですが、国境を視察するという名目で先方の領主さまが向かい側の砦まで出向いてくださることになりました。せっかくの機会なので、ついでに国境線の確認と直近の警備隊の訓練スケジュールを簡単に告知、それから湿原の開発計画をサラッと説明する予定です。国境侵犯とか、軍事侵攻とか物騒な誤解をされたら大ごとになりますからね、きちんと了解を取っておきます。そして、お土産も忘れていませんよ。


 装飾多めの立派な輿にゆっくりと座ったお母さまが、麗しい微笑みを浮かべてこちらに手を振ります。砦には、なぜか昔から高貴な人のための輿が用意されていたそうで、今日はそれを倉庫から引っ張り出して有効利用しています。ローレンとウィラーを含めた随行者は徒歩で付き添いますよ。

 国境にかかるのは木造の吊り橋ですから、たゆんたゆんと大きく上下に揺れます。人や馬は大丈夫ですが馬車は通れません。渡れる人数にも限りがあるため、すでに向こう岸にはルテティア側の小規模な先発隊が本隊の到着を待っています。お留守番の私は、表敬訪問団の皆さまの無事を祈るばかりです。


 お母さま御一行をお見送りしたあと、私は砦の中をのぞいて見ることにしました。

 せっかくなので、顔役のヨハンさんが持ってきてくれた、バーチシロップを差し入れとして持っていきましょうね。


「二人とも、これを一つずつ持ってね」

「ハッ。了解いたしましたっ」

「えーっと、運ぶのはこれだけですか?」

「ええ、おねがいね」


 私は厨房に保管してあった、人の頭くらいの大きさがある(ふた)付きの(かめ)を騎士たちに抱えてもらいます。それにはたっぷりと中身(シロップ)が入っているので、私が持つにはちょっと重すぎるのです。

 彼らは、今日の私付きの護衛です。ちょっと堅苦しい口調でびしっと姿勢よく返事をしてくれた人がカルヴィンで、どこか掴みどころがなく飄々とした印象の人がキーランです。


 私たちは一先ず、砦の副隊長であるセレトの元へ向かいます。

 彼の執務室は3階にあり、文官たちが働く事務室の廊下を挟んで向かい側にあります。

 突然現れた私たちを出迎えてくれたセレトは、ちょっと驚いた様子です。


「わざわざ領主さま自ら差し入れをお持ちくださって、申し訳ございません。そして貴重な甘味をありがとうございます」

「こちらこそ量が少なくて申し訳ないけれど、よろしければお料理にでも使ってください」

「ありがたく頂戴いたします。皆、喜ぶと思います」

「いえいえ。こちらこそ、滞りなくお勤めを果たしてくださって、ありがとうございます。拙い私たち(りょうしゅ)だけれど、これからもよろしくね」


 にこにこ笑って、感謝の気持ちを伝えます。ちゃんと言葉で伝えることは、とっても大切なのですよ。まあ、甕二つ程度の甘味なんて、1000人近い人が働く砦では微々たるものでしょうが、ほんのささやかな差し入れです。


 その後、折角お越しいただいたのだからと彼に言われ、私たちはセレトの案内で兵士の訓練を見学することになりました。訓練場へと近づくにつれて、大きな掛け声や何かを打ち合う音が聞こえてきました。私たちは壁際のベンチに案内されます。町の雑踏とは違う喧噪の中でセレトは私と一緒に座り、護衛の二人は私たちの背後に立ちます。


「騎士や兵士は毎日、訓練に励んでいるのですか?」

「はい。すべての襲撃や戦闘に対処できるよう、常に心身を鍛えておくのが騎士の務めですから」

「ということは、模擬戦も行うのですか?」

「もちろんです。騎士が一人で戦うことはめったにありませんので、班や部隊で集団戦の訓練もしています」

「平和な今は、毎日訓練ばっかりなんですね」

「そのとおりです。騎士が訓練ばかりしていることは、世の中が平和な証拠です」


 なるほど。セレトの言うとおりですね。私たちからは見えにくい、彼らの献身と努力に感謝の気持ちがさらに増しました。


「模擬戦をしているのなら、軍事演習もするのですか?」

「軍事演習?……ああ、集団戦闘訓練のことでしょうか」

「? 多分、それでしょうか。隊形を組んでみたり、それを変型したり。それでお互いに戦ってみたりする訓練です」

「それは集団戦闘訓練ですね。一年に何度かやっておりますよ」

「それ、見学してもいいですか?ぜひ見てみたいです」


 いくつかのやり取りの後、セレトが私のお願いを許可してくれたところで、とある事を思いつきました。これは絶対にステキな提案です。


「その集団戦闘訓練はいつ頃するのでしょうか?」

「直近ではもうすぐですね。来月の予定です」

「内容も決まっていますか?」

「いいえ。恐らくまだ決まっていませんが、例年と同じ内容になると思います」

「あのっ。私が提案しても構いませんか?」


 そういうことで、再び副隊長執務室へ戻って説明を始めます。善は急げと大急ぎで戻ってきた私たちに、文官の皆さまもちょっと驚いていますね。


「ルテティアに砦を構えている以上、沼地での戦闘にも備える必要があると思うんです。セレトもカルヴィンもキーランも戦闘経験がありますか?」

「雨が降った時の泥濘(ぬかるみ)でなら、何度か経験はありますが沼地ではありませんね。カルヴィン、キーラン、あなたたちはありますか?」

「ございません」

「ありませんねぇ」

「それなら、手始めとして泥濘になれるために工兵訓練をしてはいかがでしょうか」

「こうへい訓練、ですか?……申し訳ありませんが、どういったものかご教授いただけないでしょうか」

「私も本を読んだ程度であまり詳しいわけではありません。でも戦闘は戦うだけでなくて、さまざまな工作をするようですし、その練度を高めるというか、技術的訓練が必要なのではないかと思ったんです」

「あの、すみませんが、もう少し具体的に教えていただけますか?」


 あー、私の思い付きと浅知恵のせいで、セレトを困らせているみたいです。でも私、これは本当に名案だと思うのですよ。無茶ぶりですが、ぜひとも実施してほしいです。


「例えば実戦では即席で防御壁や砦を造営して陣地を造ったり、場合によっては橋を架けたり、道を拓いて行軍しやすくしますね。それをいろいろな場所で迅速に構築できるよう建設的、土木的な訓練をするんです」

「そんな訓練があるんですね」

「そのようです。それで、先ほど皆さんは泥濘に慣れていないと仰ったので、まずは泥んこでも問題なく行動できるような訓練をしてはどうかと思いました。それで手始めに土塁の構築とか塹壕掘り訓練なんてピッタリだと思うのです」

「……なかなか斬新な提案なので、隊長も含めた他の者とも相談させていただけますか。私では、すぐにはお答え出来かねますので」

「ぜひとも! 前向きにご検討くださいね!!」


 おっといけない。少々熱が入りすぎてしまいました。クールダウン、クールダウン。


「……こほん。そいえば砦の守備隊の、王国軍から伯爵騎士団への移管についての返答はいかがですか」

「まだありません。我々はともかく、軍上層部にしても寝耳に水のことだったようで、まだしばらくは時間がかかるかと思われます」

「こちらから送った書簡の内容にも驚かれていることでしょうし、砦の業務に支障がないのなら、現状維持で行くほかありませんね」


 実はしばらく前、この件については領主(わたし)領主代理(おかあさま)領主補佐(ローレン)砦守備隊隊長(ウィラー)副隊長(セレト)で協議のうえ、一番の当事者である砦守備隊隊長(ウィラー)を介して、領主代理から将軍宛てに手紙を書いたのですよ。国境防衛上、守備隊の地位が宙ぶらりんなのは好ましくありませんから、早めに整理したいと訴えて。それに何より、働いている人が不安定なのは可哀そうですからね。

 まあ内容は、正直に事情をぶっちゃけたあとで、ウチ沼ばっかりで収入ないし、職員1000人も雇えないし、50人以下に職員を減らすから早期に残りを引き取ってくれないかなー、というものです。だからお相手が戸惑っているのかもしれませんけれど、苦情は宰相閣下へお願いしたい。


「向こうは向こうで、王族のゴタゴタデでそれどころじゃないんでしょうが」

「こちらだって早く解決したいですから、そういうことを推量するのはやめましょう」

「そうですね」


 こちらは返事が届くのを待つことしかできませんから、それ以上会話が続くこともなく、この話は終わりました。私と護衛騎士たちは話題が途切れたタイミングで砦を後にし、領主邸へと戻ったのです。


 こうして、思いがけず濃かった砦でのやり取りを終えた夕方近く、表敬訪問御一行様が領主邸に戻ってきました。

 お話を聞く限り和やかな雰囲気だったようで、一安心です。もともと友好国という背景もあるけれど、恐らく先方はこの辺りの国境を重要視していないのでしょうね。お陰さまで、私たちは気兼ねなく領地開発をできそうです。






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