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引っ越すまで

 ある日、王さまから村を一つもらいました。私と母が。


 私のお父さんは、この国の国王陛下です。

 10年前、私の母は魔が差した国王陛下のお手付き侍女となりました。しばらくのち、私を身籠って愛妾となり、後宮の片隅にささやかながら部屋を賜わりました。そこで母子二人、9年間ひっそりと穏やかに慎ましく暮らしていました。まあ、忘却ののち放置されたとも言い換えられますが。


 私にはお母さまのお腹の中にいたときの記憶があります。

 とても暖かくて心地よく、安心しきった微睡みの中で、私はゆったりと夢を見ていました。それは、とある人物の生涯のようでした。曖昧な部分も多々ありますが、充実した人生だったように思います。その記憶があるせいか、たぶん私は他の子供より少しだけ大人っぽい考えを持っているような気がしています。姉にあたる王女さま方と違って、すぐに機嫌を損ねたり、癇癪をほとんど起さないところとか。周りの大人の様子で状況を察し彼らが望む行動をとることができるとか、そんなところです。


 ある日、突如として大きな変化が訪れました。年明け間もない、寒さの厳しい日のことです。

 王国の御柱たる国王陛下がお倒れになりました。まあまあのおじいちゃんにも関わらず、多忙を理由に軽い風邪をあなどって病気を拗らせた挙句、ベッドから起きられなくなりました。あっという間だったそうです。そして、だんだん意識が薄くなり、ひと月たたずに昏睡状態となってしまったらしい。

 なお、私が生まれてから一度も会ったことがないので、噂でしか知りませんが。


 当初は、王太子殿下と宰相が中心になって政務を無難に取り仕切り、国政に大きな支障がでることは避けられたようでした。でも王さまが倒れた影響は、支配階級の中にあっという間に広がります。当然、貴族勢力の縮図である後宮にも激震が走りました。


 その後、私の知らない紆余曲折があって、ぶっちゃけると王位継承争いが起こってしまいました。


 うちの国は法律上、男系王族のみが王位継承権を持ちます。ついでに貴族は王族よりも緩くて、男性優位ではあるけれど女性にも継承権があります。

 今の王太子は長男の第一王子。私の一番上のお兄ちゃんにあたる人で、ご本人は文武両道、優秀で人望もある。第二側妃腹で派閥としては最大勢力だけど、母方の実家は伯爵家で権勢がちょっと弱い。後ろ盾っていうものです。

 次兄にあたる第二王子は明るく温厚。お母さまは第一側妃で、新興の下級貴族ご出身。なのでお立場をわきまえて王位争いから距離を置いておられます。

 そして、第三王子は博識、思慮深いと噂のお方で、王妃さまがご生母です。王妃さまご本人も権力をお持ちだけれど、ご実家も貴族最高峰の侯爵家。権力つよつよなのです。

 結果、第一王子と第三王子が王位をめぐってガチバトルです。うちの国、そこそこの軍事力があるから軍部も二分しちゃって、双方、振り上げた拳を降ろせない。


 ちなみに、王女さまは私を入れて5人。その中でも私は最下層の庶子で、しかも母の実家は爵位のない騎士家。身分としては平民です。なので国王陛下から忘れ去られた日陰の母子として、公務や交流会への出席にお呼びがかからない。キャットファイトは見て見ぬふり。何が理由で巻き込まれるか分かりませんから、避けられるリスクは極力回避の方針です。冗談ではなく、これは後宮での生死を左右するのです。すなわち私たちにとって、隠遁、潜没、幽棲スキルは必須の生存戦略。今や影の薄さは磨きに磨かれ、いじめる価値すらない立派な平民の底辺王女となりました。えっへん。


 そんな中で後宮の片隅のさらに奥、この状況の中でも平穏を維持しつつ、日々過ごしていた私たち。

 ついに王位継承争いの荒波がきてしまいました。ある日、宰相補佐官なる文官が我が家にやってきたのです。


 母と揃って彼の話を聞けば、王領の一部を譲る形で領地と屋敷が下賜されるとのこと。庶子といえども王家の血を引く私です。厄介払いだと分かっていても、大変ありがたい。少々、話がうますぎると思わなくもないけれど、そこは穀潰しの愛妾である母と平民王女。後宮から出たら路頭に迷うことは確実です。贅沢言わずに、いただけるものは、喜んでいただきます。

 名目上、私が領主で、身分は伯爵。ただし私が15歳になって成人するまでの6年間は、母が領主代理を務めるらしい。ついでに、その間は引き続き、現地駐在の管理官が母の補佐をしてくれる。非常に助かります。

 場所は辺境だけど、そのかわり領地は広く、国境いでもあり砦に騎士が常駐して安全であること。すでに全ての手続きは済んでおり、できる限り速やかにそちらへ移り住んでほしいらしい。

 指定された日は、なんと3日後。さっさと出て行ってほしいという本音が、バンバン伝わってきます。さすがにそれは不可能だと宰相補佐官を説得し、砦にいる騎士たちの交代にあわせて一緒に行くことで話がまとまりました。つまり二週間、出立を延長してもらいました。


 ここからは怒涛の日々でした。

 まずは最優先で金策と領地の情報収集。自分たちの将来がかかっているので、なりふり構ってはいられません。口に出してはいませんが、王位継承争いなんて私たちにはどうでもいい。キャットファイトも今や他人事。二週間後には、自力で生きなければならないのです。


 まずは母を介して、私たちの生活費を管理する王室予算管理室の担当官から、二人分の今年の予算残金と私が成人するまでの生活費、養育費、後見にかかる費用を確保し、念書にしたためてもらいました。もちろん、王室予算管理室長と宰相補佐官の連名でのサイン付きです。これは王位争いで事務が混乱していたのか、すんなりと通りました。

 次に宰相を呼び出し、母に頑張ってもらっての泣き落とし。引っ越し費用と現地の屋敷整備費、引継ぎ費と当面の生活費として一年分の金貨(げんきん)を一時金として支払ってもらうことになりました。あの癖の強い宰相を相手に、ここまで私たちに有利な内容をどうやって引き出したか分かりませんが、そこは影が薄くとも後宮で生きてきたオンナ、さすがです。まあ、そこまでしなければならないほど、当時の私たちは必死だったのです。それに加えて、領地経営を勉強するための参考資料と称してルテティア領の地図と統計資料、それから過去10年分の財務資料に各種報告書をいただくことができました。これは私たちの力ではほとんど情報収集できなかったので、本当によかった。辺境ゆえに、王宮図書館で調べても大雑把な地図や図鑑くらいしかなかったんです。

 そして目まぐるしいほどの勢いで荷造りを終え、精一杯の引っ越し準備を整えることができました。


 そうして私は、アイリーン・ユス・マキス・レジアス王女からアイリーン・フークンデス・ルテティア伯爵へ名前と身分を変え、慣れ親しんだ王城を出立したのです。






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