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第八話 ユースケ 王立寄宿学校④ 不穏

 矢のように流れる寄宿学校の生活だったが早くも終わりが見えてきた。


 期限である一ヶ月も、残すところあと二日。

 卒業試験として生徒は台座に並べられた印石の前に立ち、呼応する子印を授かる儀式があるらしい。

 印を得るだけの力を積み上げた証として正式に卒業が決定し、そうでない生徒はもう一年の修練に励む。


 二~三年は普通いることが通例らしいが、一年で卒業できないことにプライドが許さない者や、金銭の余裕がないものは去る。

 それで毎年50人前後がキープされ、わずかにベッドを余らせておく、というのが寄宿学校の通常だそうだ。


 例外の七人は試験という名の選定式は執り行われない。

 初めは忌避され厄介者扱いをされていたが、コミュニケーション能力の高いシンイチやアミ、ユースケは多くの生徒に囲まれている。


 巨大なドーナツ状の形をしたチーズやベーコン、大量のジャガイモ料理や魚の燻製が大食堂に並び、珍しくパイなどの焼き菓子やパンの様な砂糖菓子が振舞われた。

 普段こんなもんは出ねぇよと、この生活で仲良くなった生徒がそう言っていた。


 お前達は嵐のような人だったな。

 シンイチの言葉は分かりづらいが、楽しい奴だった。

 そもそも言葉が通じる事自体が謎だが異邦でもこうして交流はできる。離れた所では、持ち込んだ違法な葡萄酒(ワイン)をこっそり飲み交わすシンイチの姿が。

 タマキもそれに混じろうとして、ダメダメと女子陣に引き剥がされる。


 「気をつけなさい。貴女はこんな木偶の坊たちに囲われないように」

 「誰が木偶の坊だって、この馬面女が」


 言ったわねと、すぐに始まる喧嘩騒ぎ。

 「負けた方は食堂掃除だ!」

 「腕を降ろすな、腰を入れろ!」

 「エイダンの誉れあれ!」


 そんな野次と喧騒を盛り上げるのは大体がシンイチとタマキ。

 離れるのはミツルだが、あちらは彼を囲いたい女子とそれを阻もうとするアミの姿が。


 澄まし顔で応対するようになったのは、この一月の成果かもしれない。


 ちなみにコウメはいない。

 初日にたこ殴りにされた一件から異邦の生徒達に悪い印象を持ち、それから彼女はどんな時もユースケ達から離れようとはしなかった。

 十二歳だ、なにもおかしくはない。

 また独り柱に向かって打ち込み稽古をしているハルカと一緒にいるのかもしれない。


 差し入れでも持っていくかと、テーブルに並んでいた食事を空いていた大皿に盛りつけていると、ユースケの行動を見透かしていたアミがカンテラ片手に近づいてきた。


 「お、サンキュー」と言いつつ火を灯す。

 意外とこれが難しいのだが、どういう訳か今回はスムーズに火を灯すことができた。どうしてだ?


 「前にユーさんが使ってたのを持ってきたんですよ」

 種類が一緒でも、こういうのは慣れた物の方が圧倒的に扱いやすさが変わる。

 しかし、アミはどうして同じ物だと確信を持てたのか。


 「子印が教えてくれたんです。意識を集中させれば『物に宿る記憶を読み取れるんです』」

 そりゃ凄い。

 未だに自分の特殊な力が分からないユースケには羨ましい。


 アミもついて来ようとしたが生徒に呼び止められてしまった。

 一人で行くかとアミを見送るとと彼女と入れ替わるように、女子に囲まれていたミツルが逃げるようについてきた。

 二人並んで歩く。話す内容は、目的地にいる奴のことだ。


 「もっと笑顔を振りまけば、あいつもミツルにも負けない人気だと思うけどな」

 「僕は顔だけですから、その内ハルカさんの方が人気出ますよ」


 自慢の混じった謙遜というよく分からないミツルの返しだが、船に乗っていた時を思えばよく喋るようになった。

 話を振られても一言二言しか返さなかったのに……およよ。


「顔は自覚あんの?」

「文化祭で、二年連続ミスコンで優勝しましたから」


 三年でないのは、きっと文化祭前にこちらに来たからか。

 告白された回数を尋ねたが、覚えてないと返ってきたので笑った。


 「彼女はいたの?」

 「同じ美術部の友だちに彼女代わりとして振舞ってもらいました。

 …あぁ、一回もデートとかしてませんけど」

 「マジで振りなんだな。シンイチ君が聞いたら締められるぞ?」

 「まぁほら、そこは適材適所ですし」


 クールにぶった切ったが、悪気がある訳ではないと信じたい。


 「僕は、その、今は本当に興味がないんです。

 好きな絵を黙々と描いて、たまにお喋りするだけの日を作って、っていう方が今は。

 むしろ好きな人が欲しいっていうか」


 まぁ、よほど順風満帆でない限り、欲しいものっていうのは無いものねだりだよな。

 ユースケは運の良いことに男女共に交友が広いので思ったことは無いが。


 「じゃ、女子ん中で誰が好みよ?」

 ではこうしよう。誰もいない空間だから出来る問いだ。


 この場にタマキがいたら、有り得ないくらい食いつきそうな話題だな。


 「顔だけで言ったらタマキさんですけど、あのグイグイ来るのは無理ですね。

 あとは、歳下ってそんなに好きじゃないですし……アミちゃんかな」


 考えながらだったが、ミツルの性格で即答するとは思っていなかった。

 消去法というのはかわいそうだったが、これはアミにもチャンスがあるのでは、と口にしないが笑ってしまう。


 「でもウチの女子はレベル高いですよね。

 現役アイドルさんは言わずもがなですし、多分コウメはお金持ちの子です。

 立ち振る舞いというか、暇で誰もいないなって思った時にステップ踏んでるんですよ。バレリーナって言うのかな? 

 アミちゃんは高嶺の花ではないですけど、男子の中ではポイントの高い隠れ人気の女子ですね。

 運動部でノリはいいけど押しは決して強くありませんし」


 これ以上なく饒舌に語るミツル。

 出会った当初は鼻持ちならない温室育ちの美少年だったが、シンイチに聞かせれば間違いなく肩を組んで更に深い質問をするだろう。


 「なんにせよ良かったよな、可愛い子ばっかと一緒で」

 「えぇ、本当に」


 明け透けだなぁ。女子に絶対に聞かれたくない会話ベスト10には入る話題だ。

 ちなみに、こういう話題が意外に出来ないのがハルカなのだ。


 「知ってる? あいつスマホ持ってなかったんだぜ?」

 「へぇ、部活内でどうやって話してたんでしょうね?」


 シンイチに言い放ったプロ入りがどうの、という言葉を思い出した。


 「楽に生きられないんですかね?」

 「その辺オブラートに包んで話してみようぜ。シンイチ君も入れて」

 奴は紳士というか、潔癖すぎる。


 一度ハルカの話になれば、その流れで先日の出来事がどうしても呼び起こされる。

 金網に食いつくように寄ってきた男の姿は、この忙しかった日々でも忘れることは無かった。


 「その、お父さんってどういう事ですか?」

 「生き別れの親子らしい」

 「え、本当に?」

 「おぅ。それだけ言ってだんまり決め込まれたから、何も聞けなかったけど」


 薄情だ、とはさすがに思えないが。

 訳の分からなさはその場にいたユースケやタマキ達も経験したが、当の本人は困惑なんてものじゃないだろう。


 「僕達みたいに東京から異邦に来た、という事なんでしょうか?」

 「あのデカい舟みたいなのが来たなんてニュース、オレ達以外にあったのかねぇ」


 いくら想像しても分からないものはある。

 これは完全に本人に聞かなくては解決できない類いだ。

 しかし……簡単に聞いていいものかと迷う。


 「それも含めて、皆で話さないとな」

 道の角を曲がろうとして、そこで異音に気がついた。


 何かを打ちつけるような鈍い音ではない。

 闘志がぶつかり合うような不快な金属音と、動物の唸るような声。

 まさかと思い、大皿を落とさないよう駆け出し、訓練場の金網と門をくぐる。


 そこには目を剥くような光景があった。

 土の広間一帯に血の赤が散乱し、先日に呼び寄せた呼び出した青灰のユキマルと赤茶のリュウゾウが、牙や爪を突き立てていた。


 忘れもしない、ユースケ達に恐怖と子印の恐ろしさを思い知らせたあの鉄仮面を被った黒服達に。


 半ばから折れた木剣に奴らから奪った得物を構え、なんとかコウメを背に隠すハルカ。

 シャツがまた返り血で滴っており、二人は涙を浮かべながら中心に立っていた。


 崩れ落ち、影の中に溶けるように消えていく黒服を見送りながら、

 獣のような鋭い視線をこちらにやった。

 その、殺してやる、という視線に全身を支配され、身動き一つ取れなくなってしまった。


 「なん、だ、ユースケ、ミツル、か。よか、ったぁ」

 息を絶え絶えにして座り込むコウメ。

 得物を投げ捨てたハルカが彼女の背をさすり、仰向けになって肩を上下させる。


 「何が、いや、どういう、ん、はぁ?」

 

 数分前の大食堂での暖かな騒ぎから、谷に落とされたような錯覚を覚えた。

 興奮して体温が上がっていたのに冬が訪れたような信じられない光景に、質問すら要領を得なくなってしまう。


 「休憩挟んでトイレから戻ってきたら、奴らがいた。

 なんとかコウメがあの二頭を呼び出して戦わせていたが、っと」


 すがりつくようにハルカに抱きつくコウメ。

 見れば腕や足から血が流れており、頬にも走る切り傷が痛ましかった。

 ハルカも同様で、汗なのか血なのか分からないほどにぐっしょりと濡れていた。


 「教官に報告して薬を貰って来る。すぐに戻るからな」

 「待ってください、一人は、駄目です」


 どこにでも現れる暗殺者達は今もユースケ達を見ているのかもしれない。

 離れた所を見計って襲われたら? 

 ユースケの背に短剣が刺さって見つかったなんていう洒落にならない状況が、起こりえるかもしれないのだ。

 行くなら二人も連れてだろう。


 幸い命に関わりそうな傷ではないので、彼らが息を整えたら、少し無理をしてもらってでも歩いてもらうしかない。

 ミツルの判断にハルカが頷いたことで、ようやく意味が分かった。

 ……危ないところだった。オレも軽率だなぁ。


 「コウメ、何があった?」

 「知らないよぉ!」

 ハルカの服をくしゃくしゃにしながら叫ぶ。



 「なんで、なんで!? コウメ達なにもしてないよ!? 何か悪いことした!?」



 誰かをからかって笑顔を咲かせる彼女からは想像もつかない、悲痛な叫びがこだまする。

 そして、今までずっとせき止めていた彼女の重暗い感情が、呪詛のように解き放たれる。


 「いっつも笑顔作って、皆に迷惑かけないようにって、言われた通り、……ずっと、ずっとずっとお父さんの言いつけどおり、ずっと我慢してたのに、ねぇ!?

 生まれてきたことなの? お母さんが二人いるから? 知らない、そんなの知らない。コウメ関係ないもん、反抗したことだってないじゃん! 何が悪いっていうの!?」


 小さな体から吐き出される彼女の事情。

 ユースケには想像つかない壮絶な物が、動転したコウメから堰を切ったようにあふれ出る。

 簡単に意見も出来ないデリケートな影が胸を突き、何も言えないで立ち尽くしてしまう。


 「コウメ!」


 そんな彼女を恫喝するようなハルカの大音声に、全員が硬直した。

 痛みをこらえながら起き上がったハルカは、彼女を正面から見つめていた。


 「俺が知ってるのはお前だけだ。お前の家族は誰も知らん、たとえこの場に現れても俺は無視する。でも、俺が奴らの命を奪ったのは全部お前の為だ。分かるか、全部だ。

 コウメには価値がある。少なくともお前に酷い事を言った奴よりずっと、生きててほしい。だから絶対に、生まれてきたことを否定するな。分かったな?」


 肩を抱き、子どもだからと色眼鏡をかけることなく、どこまでも真剣に、対等に言って聞かせるハルカ。

 あいつが、ここまで何かを叫んだことって、あったっけ?


 「返事!」

 「は、はい!」


 運動部みたいな、いやがっつり運動部か。

 敬礼しそうな程に強張ったコウメだが、さっきのパニック状態はいつの間にか収まっていた。


 「痛い、ハルちゃん」

 「あ、すまん」


 肩をがしっと大きな手で掴んでいたものだから、そりゃ痛いだろう。

 ぱっと離したハルカがバツの悪そうな顔をしていたが、気にせずきょとんと掴まれていた箇所を見つめるコウメ。


 なんともいえない空気が流れたが、突然コウメの肩が震えだしたのだ。


 「なっ、なん、え、ど、どうしたコウメ?」

 痛かったのか? ごめん、ほんとにごめん。と謝るハルカに、コウメは涙をこぼしながらも首を振る。


 もしやと思いユースケはコウメの背中を強引に押してみて、物理的にハルカに押しつけてみた。

 するとだ。

 そうなることを望んでいたようにコウメが、今度はハルカを抱いたのだ。

 いや、抱きついた、か。

 どちらにせよ困ったようにこちらに助けを求めるハルカに、ミツルと頷く。


 「そういやさ、ハルって妹いたよな?」知っていたがあえて確認を取る。

 「え、お、おぅ」肯定するハルカ。


 「コウメは一人っ子?」というミツルの質問に、

 「ぐす、う、うん。ず、ずっと、お兄ちゃん、欲しかった」と、こっちの欲しかった答えが返ってきた。


 「いいじゃないですか。これはこれで」

 「結束しなきゃ生き残れないんだ。意地でもこの関係を守りたいって思おうぜ」


 コウメは死んでいたかもしれない。

 ハルカが一歩でも遅ければ、もしくはこれが代わりにユースケやミツルなら、死体が転がったかもしれない。


 「コウメちゃん、絶対にハルを見捨てんなよ」


 オレ達に、絆はない。

 どこぞの誰かに勝手に選ばれて、知らぬままに才能だなんだと持て囃され、陰口を叩かれる。

 肩を組んで協力しようにも互いを知らず、鍛錬に励むしかなかった。


 それでも、コレから始めれば。

 肩を組んで、輪になって抗うことが出来れば、きっと。

 血みどろでも慕い合う二人はとても美しかった。


 寄宿学校を騒然とさせる大事件となったのは、言うまでもないだろう。

ハルカに妹分ができた。

コウメはそうは思ってはいません。

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