第六話 ユースケ 王立寄宿学校② 素養
先日の訓練で目に物を見せてやったハルカ。
女子たちは分かり易くあいつの金魚の糞になって、脅威から守ってもらっていた。
まぁ、それはミツルやユースケもなのだが。
シンイチだけはそうはいまいと、小さなプライドを見せていた。
その結果、彼は普通に生徒と話せるようになった……そこは純粋に凄いと思った。
とはいうものの、七人の中でハルカばかりが目立っているわけではない。
いや、鮮烈なデビューを果たしたハルカがナンバーワンなのは違いないのが。
日数が経つと、自然と痣は子印に変化する。
それに呼応して、みんなの秘められた力が表に出るようになってきた。
今回はそれを紹介していこう。
まずはミツル。
子印は「乳棒と乳鉢」。
その印がもたらすのは『調薬、草木の本質を見抜く目、錬金の申し子』だという。
「ミツル。オレンジ・ファルターズの皮とホタルの腹、だったか?」
「はい。あとはこの這い食み茸の胞子を混ぜて……はい、それでオッケーです。
最後に横に置いてある、ろ過してた水をゆっくり注ぎながら魔力を混ぜれば……」
「すまん。その工程は俺には無理だ」
「はいはーい、コウメがやったげる」
目盛り付きのビーカーや縦に長いガラス筒がずらっと棚に立ち並び、
日除けの為に張った大布のせいで何が入っているのか分からない材料棚、
それらを慎重に開ける生徒がごった返す。
魔術の中でも人々の生活に根差す傾向にある調薬用の教室は、時代や世界が違っても使う器具は変わらないようだ。
額に汗するハルカをフォローするのは、あの無口なミツル。
魔術、中でも錬金術の授業は彼の独壇場だった。
授業を通じて分かったことだが、ユースケ達七人はかなり才能あふれる生徒らしい。
ある分野ではパッとしなくても特定の授業では教官を唸らせる。この場ではミツルだ。
彼の手際は驚くほど良く、薬や毒の作業過程が細かく乗った書を開く回数が他の生徒より明らかに少なく、ハルカやコウメに教えながら並行して作業していたのだった。
次はコウメだ。
子印は「蛇」で、『死と再生。召喚の祖』という意味を持つ。
「我は系譜三代の世を繋ぐもの。
牙立てることなかれ、我は其の血肉には非ず。
しかして其の木組みを嵌めしもの、其の声聞きし窓なりしもの。
常闇の双腕よ鏡面に這え。円環廃する調べ、鉄枷暴きし声に屈しよ」
召喚術の授業である。
召喚には広いスペースを使う必要がある為に、それ用の大きな地下施設があった。
訓練場の横に位置する魔術の棟の真下、
階段を降りていった先に広がっていた空間は石で敷き詰められていて、
決して明かりが射し込まないような薄暗い空間だった。
先の調薬室で出来上がった瓶詰の水薬が棚に並ぶのに加え、家畜の死骸やなめした動物の皮が乱雑に机の上に置かれていたのは不気味だった。
その中心にはお子様コウメだ。
左手に開いた分厚い書を見もせず、朗々と口上(詠唱というらしい)を言ってのける。
足元に描かれていた白墨の文字と数字の羅列が声に反応して光を発し、胎動する。
子印の蛇がせせら笑うように妖しく紫紺の光を帯びた。
それによって、足元の術式が光を増幅し閃光へと変わる。
「あぁ、忘れてたぁ!」
「油断しとったぁ、ぬぉおお!?」
光に目をやられるアミとシンイチ。オマエらそれ前もやっただろ?
ぐおぉぉと目を押さえる二人は置いておこう。
光が止み現れたのは二頭の犬。
青灰色の毛並みの俊敏そうな方は、今にも近場の生徒に噛みつきそうに歯を見せて唸っている。
奥の赤みがかった茶系の方は図体が大きく、手前のより慎重に周りを見渡していた。
油断のならなさは、どちらも変わらない。
教官に続きを促されたコウメに緊張した様子はない。
素早く書の頁をめくり確認の為に一瞬だけ視線をやると、再びはきはきと魔力を声に乗せる。
「其はサファイアウルフ。雪花を散らし冬に生き、雪花に潜み冬に死ぬ。
其は紅蓮闘犬。灰を被りし主を守り、灰を被せて刃を食らう。
我は命ずる。恩を切り任を忘れ業を脱ぎ捨てよ。
我は命ずる。赦を払い、務めを刻み、火によって契りとする。
我が名はコウメ。己が源泉が其を縛り、其を敷く一宮に座する者なり」
教官曰く、言葉はさほど意味はないのだとか。
重要なのは意思と魔力、これがなによりの素養だそうだ。
音に乗せる力を肌で感じ取り、呼び出された者達は従うか否かを判断する。
目をぎらつかせ吠え回り、誰彼構わず飛びつくのではと危惧したが、彼女の堂々たる姿に二頭は力を抜き、そろりと彼女に近づいた。
二頭と目を合わせる。
それから、本当に数分目を逸らすことなく、無言で見つめ合うのだ。
事前に説明をされていなければ誰かが茶々を入れていたかもしれない。
沈黙の中、手に汗が滲むようなじれったさが過ぎる中で状況は動いた。
二頭はその場に座り込み、尾を揺らした。その動きには見覚えがある。
教官が口許に手を当てて驚いているのを見て、生徒達も理解した。
契約完了だ。あの二頭はコウメの使い魔となったのだ。
がばっと二頭に抱きつくコウメ。動きはしないが尾が揺れている灰犬と、お腹を見せてそれを受け入れる大きな赤犬を見れば、どういう結末かは言うまでもない。
「よろしくね雪丸、龍造!」
「いや名前渋いな、もっとカタカナ使えや!」
思わず叫ぶシンイチ。カタカナの意味が分からない生徒は疑問符を浮かべていたが、仲間内で笑っていたので問題はなかった。
「よぉし、今日こそ一本取りましょう!」
今度は、またあの訓練場に戻る。
はち切れんばかりの筋肉をまとった教官相手に向かっていけるのは、アミが挑戦を忘れないスポーツ少女だからなのか。
先端を袋で縛り穂先に見立てた木槍を構える彼女に対し、木剣と盾を構えるユースケは気乗りがしない。
戦いに向いてないと最近自分で思うようになった。
二人で果敢に攻めたが教官の盾がことごとく木の刃を防ぎ、反対にいくつも叩きこまれた。
しかし形勢は時々変わるのだ。
一瞬だけアミがこちらに視線をやる。
『ウチが手数でどうにかします。なんとか隙を見つけてくださいっ』
当然、訓練の最中にそんな事を言う暇はない。
言えば策は向こうに割れるし、そうはさせない動きをされる。
それを可能にしているのが彼女の青色に輝く子印だった。
彼女の子印は「手紙」
意味するのは『心の架け橋、秘密の共有、真実の伝達』だ。
視線の交錯だけで何かが伝わり、言葉以上の意思疎通を可能にするのは、そういう類の素養だ。
素早い打突で盾を使わせ、指示通りユースケが後ろに回り込んで一刀を叩き込むことに成功した。
わっと客席の方で沸いたのは、相対する教官が元は腕利きの傭兵であったからだ。
少なくとも学生では一矢報いることの出来ない歴戦。
生徒に決められるなんて何年振りだと感心されたほどだった。
まぁ、その後二人そろって叩きのめされた訳だが。
少し遠くの方でもまた静かな盛り上がりを見せた。
射撃台の方だ。
歴史物の映画でよく見る弓矢を扱っているのだが……
弦を引くだけでも神経を使うし、矢を番えるという感覚が既に慣れていない動きだ。
そんな短弓を上手く扱うのは平次……ちゃう、シンイチだ。
放つ矢はど真ん中という命中率ではなかったが、以前より訓練している生徒達に並ぶというのは充分な才能だと思う。
彼の子印が矢を引き絞る毎に淡く光る。
弩弓と呼ばれる射の動作を簡単にした便利な武器でなく、扱いの難しい弓をしっかり扱う辺り、周囲がざわつくだけはあった。
彼の子印は『イチイ』の木。
意味は『高尚。手広い才能。柔軟な足腰。狩人の友』。
弓に扱われる木を宿したシンイチは、弓術に高い適性を持っていた。
ユースケも筋は良いとは言われている。……ちょっと信用できなかった。
ともあれ三人は他の腕っぷし自慢の生徒と既に並んでおり、魔術方面で才能を発揮するミツル達とは別に、着実に才と力を身に着けていた。
天狗になる気持ちはあったがその鼻っ柱をへし折ってくる存在がいた。
まぁ、身内の傑物のことだ。
ユースケとアミから少し離れた位置で訓練するハルカに、沸き立つような盛り上がりを見せる客席の関係者を見てわずかに凹む。
……そりゃ、五人の腕っぷし自慢に囲まれていながらも一歩も動かず、木剣の一振りで全てを達人のように受け流す存在に、どうしたって話題は移るからだ。
奴が攻撃すれば一瞬で片はつくので、教官は「ハルカに一本入れてみろ」と言ったのだ。
訓練させる側に回ってしまったのは一周回って笑えてくる。
誰も一本も叩き込めないなんてあるのか。
時折服をかすり、布地を傷つけることに目的が変わってきているのが、絶対の存在と化していた。
「あれが選定印の実力か」
「是非とも我が領の騎士に」
「いいや彼は我が国にいてこそ輝く」
「これがエイダンの寵愛を受けしものか」
などなどこちらにも聞こえてきそうな声に、少し複雑だったのは言うまでもない。
しかし訓練終了時に生徒に囲まれるハルカは、どういう訳かいつも以上にぼうっとしていた。
「どうしたんだろ、ハル君?」
タマキが心配そうにハルカを見つめていた。
……彼女の素養の紹介は、またでいいだろう。
「嬉しそうなぁ、あのままスカウト受けて、どっか行きそうな勢いやわ」
瞳の奥が笑っていないシンイチに、アミが苦笑いしていた。
いや、それにしても……あいつどうしたんだ?
キャラ紹介②
ミツル 「乳棒と乳鉢」の子印 薬学、植生の魔術士
アミ 「手紙」の子印 阿吽の呼吸 長物使いの戦士
コウメ 「蛇」の子印 召喚の魔術士(赤犬と青犬)
シンイチ 「イチイの木」の子印 期待の弓使い