第五話 ユースケ 王立寄宿学校編① 挨拶
王や執政との『穏やかな話し合い』の末、七人は時間を頂いた。
判断するための時間、
理解するための時間、
積み重ねたり、技術を磨いたりと色々だ。
既に一年の派遣契約が破られた以上、七人を守るモノは存在しない。
なので決して侵されることのない足場を作るため、時間という名の猶予をもらった。
一カ月という期間、ムートでも指折りの名門である王立寄宿学校に在籍する手筈になったのだ。
その学校は、子印を得るための特別な英才教育と鍛錬を積ませるという、異邦ならではの教育の場だという。
世界の地理から市場での買い物、思いつく限りのユースケ達にないものを得るために、必死に学ぶことにしたのだ。
その、子印を得る……という仕組みは詳しく分からないが、それは校長とのあいさつで解決した。
何度も頑丈な錠前を開けていき、極め付きは怪しげな色の金属で造られた分厚い扉を開けた先の地下室に答えはあった。
埃にまみれているかと思ったその部屋は意外にも清潔で、安心する。
壁一面に置かれたガラス張りの高価そうな棚に神秘的な石が台座ごとに陳列されており、絶えず淡く光を発するので薄暗い夜をほんのり照らすホタルを彷彿とした。
それが、安心感を得た理由かもしれない。
ラグビーボール大の石の塊。ハルカやタマキの手に刻まれている印と似たような物が刻まれて、青や黄色といった淡い光を帯びていた。
二十はある不思議な魔法の石に感嘆の声を上げるユースケ達に、校長は満更でもなさそうに笑っていた。
「通称はいくつかある。
選定の石、定め石、振り分け魔岩……
我々はコレを印石と呼び、この学校に通う生徒はみな、刻まれた証を欲して勉学や修練に励む」
背の高い帽子をかぶった校長はその印石にふれることはなく、
じっと眺めながら順番に説明してくれた。
「魔術や技術の習熟度は、数字や言葉では言い表すことは出来ない。剣の腕もそうだね……
状態によってはいくらでも左右する調子に、本当の実力という物はないのかもしれない。
しかし印石は、ある程度の素養を持った者を秤にかける。
満たされぬ者は一生、才ある者は数日で印石に見初められ、その魔力を授かる。
刻まれた印が石から消え、子印として人の手に移るのだよ。
ゆらゆら浮かぶ印が手の甲に宿る光景は、何十年見ても飽きないね」
年の功がなせる技なのか、
情景を思い浮かばせる校長の語りにユースケ達の興味は惹かれていた。
タマキやコウメが次々に質問していくのをやんわりと丁寧に答えていく姿は、孫に好かれる良きお爺さんにしか見えなかったっけ。
「気をつけたまえ。君たちは初めから印を持つ身だ。
すなわち、この学校に本来いてはいけない者という事だ」
味方にはなってあげられない。
そう言った校長の突き放し方は、背中を押されるような感覚に近かった。
急に襲われるのに比べたらかなりマシだ。
そこにいちいちつける文句はなく、異邦に来て初めて七人は自分から頭を下げたのだった。
こうして始まった寄宿学校での一ヶ月間の生活。
決して波風立てないようにとみなで約束した。
とにかく知らないことを潰そうと全員が納得したのに、事件は起こった。
武術の訓練。
校舎から少し離れた所に建てられている、年季の入った石造りの館だ。
土の広間を囲うように階段と客席がずらっと並んでいる。
ユースケが思い浮かべたのは距離感の近い小規模なコロッセオだった。
既に何度も訓練を重ねてきた歳の変わらない男女に混ざるのはそれなりの緊張、
暴力に対する恐怖があったが、そんなのはすぐにかき消された。
木剣を渡されまず基本を叩き込まれた。
しかし実際に叩き込まれたのは打撃ばかり、
何を学んだのか初日はまるで分からず痛みだけが鮮明だった。
小さなコウメすらも叩かれるのは目に毒だった。
事件とはそこだ。
生徒もストレスを抱えていたのだろう。
あまりにも弱いユースケ達に嗜虐心が芽生え、訓練と称してリンチを敢行したのだ。
既に印を持つ資格があると紹介されたユースケや明らかに容姿の整ったタマキを妬む女生徒は多く、殴られる回数は多かったと思う。
教官の見ていない所で始まった地獄は、その実、二分後には収束した。
もちろん、ハルカによるものだった。
まずコウメを叩く生徒を横合いから殴りつけ木剣を奪う。
続いてタマキを囲う女生徒を通りざまに木剣で切り伏せた。
当然切れるはずもないが瞬く間に十人を倒したハルカに触発され、腕っぷし自慢の大柄な生徒が彼に掛かる。
ハルカを中心に血気盛んな生徒が輪を成す。
嫌な予感のしたユースケはすぐさま倒れていた仲間を引きずって輪の外に追いやると、すぐに戦いは始まった。
それはさながら不良漫画の見開きシーンだった。
泰然と構えるハルカに掛かる生徒達はやられ役で、あっという間に千切っては投げの展開が繰り広げられる。
先に音を上げたのは彼の得物で、ハルカの剣捌きに耐え切れず真っ二つに折れてしまったのだ。
そんな危機的状況を、生徒の手から落ちた木剣を見もせず足で拾いあげ回転しながらキャッチし、その動作のまま殴りつけてカバーって、お前はどこのアクションスターだ!
「ハルちゃんやっちゃえ! ボコボコだー!」
散々殴られ泣かされたコウメが、恨みを晴らしてくれる大きなお兄さんに大興奮し拳を突き上げていたのが印象的だった。
「なんなんあいつ?」と腫れた頬を触れながら苦笑いのシンイチ。
「鬼神?」と呟いたミツル。分からなくもない反応だった。
「次この子に乱暴したら、分かってるだろうな?」
薙ぎ払い、倒れた者達の前で目を血走らせていたハルカの形相に、周辺諸国から集められたであろう生徒は肌で理解しただろう。
手を出してはいけない人種もいる、と。
「あ、これが番長!」
タマキの感想が、言い得て妙だった。
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