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第二話 ハルカ 事のあらまし、事の動きだし

 選ばれた七人の少年少女についての境遇を説明せねばならない。

 なにも枯れ葉と木からにじみ出る汁で出来た服を着た空飛ぶ少年に、魔法の粉をかけられたわけではない。

 荒唐無稽さで言えばたいして違いはないが、ちゃんとした経緯はある。


 時間をさかのぼれば半年前。

 いつもと変わらない東京の夜空にひずみのような物が浮かび上がった。


 異変を確認した防衛省が迅速に連絡を取り合う中、ひずみはみるみるうちに大きくなり、空間をこじあけた。

 ありていに言えばワームホールだ。

 見たことのない場所に通じている巨大な穴を、観測する間もなく突っ切ってきたのは件の大船だったのだ。

 

 空を駆る船はそのまま停泊するように、あのスカイツリーの天望デッキに横づけしたのだ。


 パニックに陥ったのはなにも日本だけではない。

 無数のカメラがあらゆる角度から大船を捉え、世界中に拡散されたのは言うまでもない。


 政府が然るべき対応を見せ(もちろん問題を起こす人はいつだっている)、問題に対処したらしい。

 その辺の対処が一般市民に伝えられることはないだろうが、そんな未曽有の事態に警察や自衛隊は大活躍したのは想像に難くない。


 話はここからだ。

 船から人が降り対話を求めてきた。


 格好こそ風変わりだが、日本語を話したことに驚いたのは言語学者で……いやどうでもいいか。

 ようは、彼らは良心的に話を進めようとした。

 最大限の警戒をしながら首相が彼らの代表者と手を繋いだ写真は、きっと歴史に残る一枚となっただろう。


 時を同じくして、大船の襲来に合わせ日本のある子どもたちが高熱にうなされる。


 それだけだと全く話題にもならない出来事だが、彼らは「手の甲が燃えるように熱い」と言い、意識を失いかける者もいた。

 その手は高熱によって見覚えのない痣が現れていたのだ。


 大船の代表者は告げた。

 「痣の浮かび上がった者を迎えに来た。彼らの身柄を預からせてほしい」と。


 何のことか分からない関係者をよそに、彼らは高熱を出し苦しむ少年少女を予言したのだ。

 しばらくして、同時期に痣の浮かび上がった者が国の総力を以て探し出される。


 ここで騒ぎ立てたい者が手に刺青を彫ったりと政府を困らせる事件もあったらしいが、大船の来訪者にはその真偽を確かめる術があったそうだ。

 300人はいた該当者は7人にまで絞られた。


 そして、ハルカがその内の一人ということだ。

 政府に集められ、送られた新幹線のチケットで東京に母と向かい営業中止になったスカイツリーに痣持ちとその保護者が会した。


 来訪者の要求は「我々の世界を救うために、痣を持った少年少女を派遣してほしい」だ。


 当然断るものもいた。ハルカもその一人だった。


 しかし、来訪者は誠意と言って見たことのない大きさの宝石類や妖しい光を放つ水晶の詰まった宝箱を送っていた。

 生唾を飲んだ首脳陣を信用しなくなったのは、なにも子どもだけではなかったはずだ。


 結果としてハルカ達七名の痣持ちは「一年間、彼らの世界を救うために派遣」されることになった。

 各家に莫大な支援金という名の口止め料が払われ、半年の準備期間を経てハルカ達は大船に乗り込んだのだった。


 家を出ていく前、幼い妹が泣きついてきたのは本当に辛かった。

 将来、どうにか税金を払わない方法を模索するかもしれないが……


 それは未来の話なので置いておこう。


 それよりもハルカには、前日に母に告げられた言葉の方がよほど大事なことだった。

 『あの人はわたしたちを捨てたんじゃない、呼ばれたから、用事があるから出ていった』

 ずっと耳に残っている言葉を、ハルカは忘れられずにいた。




 思い出してばかりもいられない。

 意識を前に……つまり、今に戻す。


 船が動きだして、小一時間。

 日本の上空を何分か飛行した。

 「そろそろ次元の壁を越えるから船内に入っておけ」と漫画さながらの台詞に笑った者もいた。

 次に来た下腹を殴られたような衝撃と浮遊感の後に笑える者は、さすがにいなかったが。


 船内は客船のような豪華な意匠や綺麗な絨毯が敷かれていることはなく、木を伐り出して造った質素なテーブルや椅子があるだけ。

 邪魔にならないように壁際に積まれた樽、

 スペースを取らないようなハンモックの寝具、

 イメージしたのはどちらかといえば海賊船の中だった。


 あまりに格調高いのは慣れないので、このような内装で少し安心する。


 和気藹々(わきあいあい)とまではいかないが、それぞれで話している時間はおだやかだった。

 こちらの頭を獲物のように見つめるコウメから、僅かに距離に開けたり、

 指スマ、いっせーのーせ、ルンルン……指を折って数で遊ぶ、ローカルな呼び方が満載のアレが目の前で繰り広げられるのをぼうっと眺めたり、


 慌ただしい船内で厚顔にくつろいでいると、


「痛っ、なんだ?」

 唸るレベルの痛みが走る。

 何事かと全員が首を捻るが、すぐに視線はハルカの手の甲にあつまった。


 火傷痕のようだった共通の痣が、炙り出した文字のように浮かび上がる。

 元々変な形だと思っていた痣が熱を帯び、薄く光を帯びる。


 色は赤。

 火種が薪木に移るような感覚で、縁を彩っていく。

 痣が真っ赤に変わり色をつけ、その直後に頭の中で声がした。


 『君か! 待っていたよ!』

 「誰だ?」

 思わず口に出してしまった問いに、はぁ?とシンイチが反応する。


 それどころでないハルカだが、声の主はそれ以降何も話すことはなかった。

 赤い光は収まり、黒くなって静まり返った。

 うんともすんとも言わなくなった現象に気味が悪くなるが、食いついたのはタマキだ。


 「なに今の! 赤く光ったよね? これってハル君だけに起こること?それともわたし達みんなに起こりえること? 痣の形はそれぞれ違うけど、ハッキリ分かるようになったね。これは、角? 

 あ! あれだね、十二星座のイメージでよくある形にそっくり! そういえばわたしのもそれによく似ててね、これって……」

 「待て待て怖ぇわ。急になんやねんタマキちゃん」


 息もつかせない怒涛の食いつき。

 彼女はハルカの手を取ってまじまじと、虫眼鏡でも持たせたら手相を見る占い師に見えたかもしれない。

 柔らかい手の感触と喜色に充ちた可憐な顔の接近に、ただでさえ動揺していた心がざわつく。


 「あっ、ハルちゃん赤くなってる!」

 コウメが呑気にからかってくる。

 というか強面のハルカに対し、ちゃん付けって。

 敬称はいらないと言ったのは自分だが、なんだか力が抜けてきた。


 「訳分かんないけど、これって異常事態? ハルさん大丈夫ですか?」

 「痛いってどういう事だよ? もう日本じゃないっていうのが関係してる、とか?」


 アミとユースケの心配はありがたいが、光る現象はもう収まっていた。

 違いがあるとすれば痣が刺青のように分かり易いものになったくらいで、ちくりとした痛みはどこかにいってしまっていた。


 心配ないと手を振るが、怪訝そうな視線はしばらく止みそうになかった。

 いち早く興味を失ったシンイチが話題を戻そうとした時、

 再び異変が生じた。


 「くさい?」

 自己紹介以外でようやく自分から口を開いたミツルが、反応に困る事を言った。


 「なにがやねん」

 「生ツッコミ!」

 コウメは感動していたが、それはどうでもいい。


 急にタマキが立ちあがり視線をあちこちにやりだした。

 その奇妙な動きに笑う面々だったが、ハルカの痣が再び痛みを訴え始める。


 虫の知らせ、いや違う。そんな曖昧なものではない。

 

 痣が注意喚起してくる。

 何一つ分からない状況で、何故だか確信をもったハルカも急いで椅子から立ちあがった。


 「ねぇ、ひょっとして!」

 「どこか燃えてる」


 タマキの言いたいことを引き継いだハルカの突然の言葉に、ミツルを除いた面々が唖然としている。

 その直後、怒号のような声が船内に響いた。


 『お前達、体を丸めろ!』

 これは、その瞬間に意味を理解した言葉ではない。

 思い返して、あぁそんなことを言っていたなと思う言葉だった。


 一言でいえば、爆発が起こった。

 面々は輪になって投げ出される。文字にすれば、そんな出来事。


 大空に、星が見降ろす異邦に放り込まれるのだった。

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