エピローグ 離別、そして幕開け
仲間の称賛だけでなく、レミフィアの町全体が祝福してくれていた。
鬨の声を上げたのは、思いつきだ。
そうするべきだと思ったから。
力なくその場に転がる仲間達を置いて……待て待て、そんな事をしている場合ではないぞ!
脱力して座り込むアミは、まだいい。
魔力切れを起こした魔術使い三人をどうするか頭を働かせようとして、
過った死の匂いを、さっと躱した。
やぐらの柱にあの曲刀が突き刺さっていた。
飛んできた方向を見れば、逃げ出した父親が執念で息子の命を奪おうと戻ってきていたのだった。
いい加減、決着をつけなくては。
意識のないミツルの短剣を拝借して……歩くのもやっとだった。
それでも彼の元へ。
背中はアミの攻撃で大きな穴が開いていて……きっと、もうすぐの命なのだと理解した。
息も絶え絶えな父を見降ろす。
「……お前が悪いんだ」
先刻のノクターネにも劣らない、恨みの乗った声が浴びせられる。
「全部お前のせいだ、僕の友達をその手で殺して、これからだっていう女の子にまで手にかけて、お前は眉一つ動かさない。
本当に、本当に優しかった子どもの頃のお前はどこにいった?
いつも必死に生きてきた僕の子なのか?
何もかもを普通に享受しておいて、それでどうして当たり前のように命を奪えるんだ?
お前だって、血が通う人間じゃないのか!?」
飛散する唾を避けながら、短剣を構える。
ここで振り下ろせば、確実に殺せる。……幾ばくも無い命だが、この瞬間なら選べる。
この世界での唯一の肉親。
世界を隔てなくては会えない家族、という意味ではない。今ここにいるのは、ずっと欲しかった父親。
その縁が完全に途絶えてしまうのだ。
その事実を思うと、やはり気は進まない。
油断していたと、思う。
大きな戦いを終えて高揚していたから、小さな違和にも気づけなかった。
懐に隠していた黒塗りの刃が、ハルヒコの、文字通り最期の一撃が迫ろうとして、
突如飛来した矢が、彼の凶刃を、腕ごと引きちぎった。
痛みで叫ぶ父親。
それを他所に、肩で息をしながら弓を構えたシンイチが、すぐそこまで登ってきていたのが見えた。
「この、この……人殺し! お前を生んだ母さんが惨めで仕方ないよ!」
怒りに任せて、刃を振り下ろしかけた。
でも、胸を過ぎ去る空虚な風が思い知らせてくれる。
それでもこの人は、俺の父親なのだと。
真摯に、死に触れなくては。
「父さんは、もういらない」
激情に任せた剣の虚しさは、大船で渡ってきたあの日に知った。
「俺は、仲間とこの世界を進むよ」
もう俺は、駄々をこねる子どもに戻りたくはない。
刃を構え直し、突き立てた。
死に体の相手に、外すわけがない。
鼓動を伝える大切な場所から、目にかかる程の鮮血が飛び散った。
異邦を生きる剣士として、ハルカは父親の命を刈り取った。
涙がとめどなく溢れるのに、嗚咽にまみれるようなことはしない。
ただ、変わらない殺しを果たしただけ。
しばらくして肩に手を置かれた。
背中に暖かな感触がした。
しがみつく手の感触があった。
力いっぱい抱きつくコウメが、
泣きながらアミが、
何かを押し殺したミツルが、
黙って頷くシンイチが肩に手を触れた。
「ありがとう、わたし達を選んでくれて」
ぎゅっと抱きしめるタマキが、ハルカにはいた。
一緒に歩いてくれる仲間がいたのだ。
七日が経った。
何年も前から異邦を恐怖に陥れていた暗殺者集団が滅び、一週間が経ったのだ。
町を救った英雄として、ハルカ達はまた宗国ムートに呼ばれ……今度は王様から祝福を受けた。
命を奪われかけた先日の落差もあって素直に喜べはしなかったが、それでも報奨金として見たことのない金貨を何十枚も送られた時は、さすがに手が震えたものだ。
「よぉし、ゴーユーするぞぉ!」
「そ、そうだよね! すこしくらい使ってもバチなんか」
いまいち意味の分かっていなさそうなコウメが金貨を持って叫ぶ。
震えるアミ、金貨の何枚かを手に取ってわなわなとするミツル。
「アホか。そんなんで使ってられるかい」
シンイチがそれら全てを回収し、袋に詰めてこちらに投げ渡した。
以前より締めるべき所をしっかりしてくれるようになった彼に、仲間達はブーイングの嵐を浴びせる。
もちろんシンイチはどこ吹く風。
「団を興すって言ってましたもんね? 世界を救うためのギルド、ですね」
失った武具と消耗品の購入に、いくらかは必要経費で金貨は減ったが、それでもこれからの事を思えばいくらでもお金は要る。
すっかりチームの年長者らしくなった彼ならば、色んな事を任せてもいいだろう。
前よりも質の良くなった甲冑を身にまとう。
仲間の纏うローブや装備も質の良い、鮮やかな色合いの物が増えた。
そしてハルカ達は揃いの「輪」が刺繍された外套を身に着け、とある場所を訪れていた。
たった今磨いたばかりと言われても信じてしまう、何故かずっと輝きを保っている、白磁の超高層建造物。
宗国ムートの北東。
かつて仲間を失った砦のすぐそばにある神代の建物「風見の塔」にやって来ていた。
大砲をぶち込んでも開きそうになかった分厚い扉も、呼応するようにタマキの祈りで音を立てて開帳される。
戦士喰いの奥、マ・チャルの地下室で見た荘厳な大理石の床とよく似ている。
今でも手入れが行き届いていそうな調度品がずらりと並ぶ部屋を抜け、天を目指す階段を進む。
途中に現れた凶悪な魔物も、新調した鋼の長剣で切り伏せた。
前よりも練られた魔術の援護もあってハルカ達は滞りなく最上階へと到達する。
広い見晴らしの良い空間は、中心にぽっかり大きな穴が開いていた。
この穴から、言いようのない胸の高鳴りを感じた。
隣に立つタマキはその比ではないだろう。
彼女は全員を見て頷き、自問するように呪文を唱え始めた。
彼女の手に宿った翡翠色の輝き、黄道十二刻印から発せられる暖かな光と、同種の煌めく魔力の塊を手に宿した彼女は迷うことなく、その穴に放り込む。
長い間忘れられてきた灯台に、命が吹き込まれる。
目の前を焦がすほどの輝きが灯り、世界に風の力が舞い戻る。
頬を撫でる風は、今までに感じたことのない晴れやかさと、爽やかさだった。
世界は今、芽吹き始めたのだ。
「さよなら、アクエント」
タマキは泣いていた。
役割を終えた星霊は炎となり、今こうして世界に根付いたのだ。
彼女の力の源泉は完全に体から解き放たれた。
……ずっと自分を守ってくれたものと別れたのだ。気持ちはよく分かる。
涙をこぼす彼女を抱き寄せようとして、
「はいだめ! イチャイチャ禁止!」
小さな突進が横合いから突き刺さった。コウメのおでこが鎧に直撃していたが、それどころではない様子。
「アカンよなぁ、どさくさに紛れて乳繰り合うなんて許されんよなぁ」
憎たらしく、口許だけ笑うシンイチは妙に迫力があった。
憤慨するコウメが二人を遠ざける。
召喚した二頭と遜色ない獣染みた顔をタマキに向けて……おい、仲間だろうが。
「いいじゃないですか。僻まなくても」
「あぁん!? てめぇミツル!」
「コウメちゃんも許してあげなよ。お兄ちゃん取られそうだからって」
「ちょっとアミちゃん!」
やいのやいの騒がしくなってしまう天上の世界で、タマキは苦笑しながら背嚢を漁る。
目当ての物を掴みとり、大事にくるんでいた布を取っ払った。
十字の鍔、もう決して使わないだろう大量生産品の安っぽい刀剣。無残にも折れた柄を手に取って、こちらに手渡してくれた。
「貴方も、もうお別れしないと」
「大丈夫」
もう縋る必要はない。
彼女が、仲間がいるのだから。
ハルカは虚ろになった剣を一振りし、先のタマキと同じように穴に投げ入れる。
見てろよ、ユースケ。
お前と交わした約束、絶対に皆で叶えてみせる。
柄は目の前で燃える翡翠色の炎に取り込まれた。
欠けている刀身があっという間に形もなくなり、炎に溶けていった。
異邦を救う十二の灯、その初めの一つを燃え上がらせる薪として、親友の遺志はくべられた。
「行こう、暁組合」
人々の不安を晴らす再生の象徴として。
有明を町にもたらした彼らは背の外套に登りゆく日輪を背負う。
遠い家族と再び出会う為、先に逝った仲間に報いるため。
まだまだ知らない所ばかりの異邦に向けて、ハルカ達は歩き出す。
今は遠き彼方に見えるよう、暁を灯すのだ。
二作目「遠き彼方に暁を~異世界行っても絶対帰ってやる~」
これにて完結です。楽しんでいただけましたか?
三作目はガラッと変えられたらなぁと思って、エセSF作品です。
小説、漫画、ゲーム、映画、いろんな媒体で多くのジャンルを見てきましたが、やっぱり自分はファンタジーが好きなんですが……
新たに挑戦ということで、文明の発達した世界?
中世ではない世界を書いてみたいと思います。
既に書き始めてはいるので、その日のうちにいくつか投稿したいと思いますので、そちらもどうぞよろしくお願いします。
今後もこういった話を書いていくので、気に入った方はどうぞ覗いていってください。




