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第十八話 タマキ 洞窟にいこう④ 異邦とは

 虚ろな意識の中でも、状況は理解できていた。


 背負われている間にも魔物は襲ってきていた。

 ミツルの所持していた強烈な匂いを放つ水薬を地面に投げつける事でなんとか最悪の窮地は脱した。

 魔物というのはほとんどが人間を超越する力を備えており、嗅覚も例外ではない。


 壁に手をついて皆して嘔吐するほどの臭さを、真正面から浴びたのだ、無事であるはずがない。

 ただ動転してミツルがあらぬ方向に投げたせいで、全員が臭いを被ったのだが。


 「おぇぇ、匂い髪についたぁ」とアミ。

 「ミツル、今度それやったらビンタな」とシンイチ。

 「救世主になんてことを、っぷ、うげ」

 助けたミツル本人が未だ吐き気を催していたら締まらないなぁ。

 だが余計な戦闘をせずに済んだと思えばスマートだ。

 ん、汚物と変わらない臭いを纏うのがスマート? だめだ、クサ過ぎて考え一つまとまらない。


 さて第六階層に突入したのだが、誰もが居心地の悪さを感じていた。

 その一端をまぎれもなく握っているタマキは仲間の顔を二人も見られなくなっていた。


 間に挟まれた仲間が気の毒で仕方がない。というか自分の叫び声に叩き起こされてしまったのだから、肩身が狭いなんてものじゃない。


 だいじょぶ? 無理しちゃダメですよ? 

 コウメとアミの心配すら今は申し訳がない。


 というか二人が近づいて来たことで、鼻にツンと刺激臭が突き刺さったのだ。

 今はもう誰とも話したくない。二重の意味で。

 距離を開けて階段を降りているのだが、誰一人として臭いを気にして口を一切開こうとせず、助かった。


 疲れで爆睡していた所を叩き起こしてしまった事で不機嫌極まりない状況。

 偶然見つけた井戸で全身を洗い流し、石鹸でとことん臭いを消してリフレッシュ出来なければ、ずっと針の筵だったかもしれない。


 第六階層はトラップが山のように仕掛けられていた。

 炎が噴き出したり氷の針が足元から飛び出したりと対応が遅れれば大怪我間違いなし、即死もありえるものばかりで肝を冷やした。

 だがどれも魔力の通うものばかりなのが幸いだった。

 タマキやコウメが率先して先に発見して対処、まぁ切れ味のある風を投げつけて破壊という雑な方法だったが、先には進めた。


 罠を越えた先にあった建物は階上で見たどの家屋よりも堅牢で風見砦よりも立派な造りをしていた。

 磨かれた鉄で出来た扉、同じ材質の太いパイプがそこら中に張り巡らされていて中はまるで血管の中。

 研究室ばかりがずらりと並び、見覚えのある調薬台や保管庫、三六〇度見回しても本で埋め尽くされた部屋は特に圧倒された。


 「惜しいなぁ。おれたちが学者ならきっと飛び跳ねて喜んでいた」

 マクノが唸っていた。


 壁に貼り付けられた紙には事細かな数値が記され、いまだに稼働しているのだが知識がないので「ほぉー」という感想しか出なかった。

 これは○○の時代に発掘されていた、とか将来言えたらなぁ。


 「魔物、おらんな」

 用心深くしていたが肩透かしを食らった気分だった。

 盗賊なら金目の物を盗むのだろうが、マクノ達は違った。彼らは事前に集めるべき書や研究成果をまとめたメモを片手に、真剣に砦内を探索し始める。

 

 タマキ達も別れて探索をしようとするが、すぐに合流してしまう。右手の疼きに導きが強くなって来たのだ。階層を下るほど何かに引っ張られるような感覚は、なにも自分だけではなかった。


 「タマキさんもこっちですか?」

 ミツルが珍しく話しかけてきた。先んじて行き先を当ててきたということは、彼も子印に導かれているらしい。


 「変な感覚だよね。手が心臓になったみたいっていうか」

 「胸騒ぎなんて、異邦に来て初めて感じましたよ」


 別の道でコウメと合流する。手の甲を見せ合って、やっぱりと笑いあう。

 「コウメも、ちょっとざわざわするの」

 二人の子印は法の神マ・チャルに起源する。ゆかりある地だから、なのかな?


 「ハルちゃんは全然分かってなさそうだったよ?」

 「他の二人もそんな感じでした。僕らは、いわば魔術に強い組ですし」


 導かれた場所は狭い薬品室で、複雑な匂いがこもってむせ返る。

 埃の被った調薬台には青緑の液体が底についたビーカーが傾いている。保存用の吊るされていた乾燥植物は無造作に散らばっており、籠に入った色のキツイ羽は不自然に偏って側面に張り付いている。特に気になったのが床に敷かれた大きなカーペットだ。

 暖色の生地に刺繍された複雑な色合いの模様が何か気になったが、そうではない。


 「妙だねぇ」

 タマキ達は魔術の第一人者ではない。蓄えられた知識はせいぜい一月分、これまでのほとんどは印による施しで得た結果で、もちろん今回もそういう類だが、プロセスはどうでもいい。


 魔力を発生させた後に残る痕がこの部屋には散らばっている。そりゃ調薬台にはびっしりと指紋の如く残っていて当たり前なのだが、ミツルがおもむろに調薬台の前に立って顎に手を当てた。

 「この位置で調薬すれば魔力は飛散します。が、それにしたって部屋全体に飛び散るのはおかしいですね。この品揃えから見るにかなり高位の薬師のはずです。魔力注入の過程でバケツでコップに水を注ぐような大雑把な真似をするとは思えませんし」

 

 彼はポーチから水薬の一つを取り出し、辺りに振りまいた。

 しばらくすると炙り出しのようにカーペットから、青緑に発光する魔力痕が浮かび上がってきた。

 ふむ、と彼は棚に置いてあった材料を物色し始め、迷うことなく空いていた籠に一まとめにする。

 背嚢から取り出した乳鉢と乳棒で葉や種子の類はすり潰し、硬そうな角は短剣で細かく砕いていく。全てを粉末状にしたものを台の窪みに流し込み、また棚に置いてあった空っぽの瓶を拝借した。


 「エント、レムターシュ、フェルゾナン、アイム、カーマ、ウェズ、ウェズ、ダクターリア、エクストーリオ。言の葉に沿い、刃の裏に金と水銀を。辿る水路に杭を打ち、あらましと理念に青銅の管を挿げ替えたまえ。其の寄る辺、ヴァタイゾーシルムギン、集え」


 長い詠唱は魔力の通り道をより正確にする路のようなものだ。

 魔力は発した瞬間に地に注がれ水に沈み、火に巻かれ風と踊る。正しく導いてやらねば勝手に世界に還元される力は、支配してこそ初めて扱えたという。

 故に、長ったらしい決まりを守るのは魔術の成功に必須なのだ。


 特に錬金術という分野は正確さが要求される。三人の中でも細やかな仕事が得意なミツルに調薬の素養があるのも頷ける話かもしれない。

 粉末は魔力を混ぜ合わせた温水に溶け奇怪な色の液体に生まれ変わった。彼はそのまま出来上がった水薬を、浮かび上がっている魔力痕の中心に丁寧に置く。すると液体は意思を持ったかのように浮かび上がり、青緑の光を上から覆うように降り注ぐ。


 「この部屋、色んな魔力がいっぱいだね」

 「うん。どれが本命の魔力か判別しづらいように隠してあるんだろうね。大事なものを下敷きにして、何層も何層も重ねて臭いをごまかしている」


 魔力を隠蔽する方法はざっと分けて二つ。

 別の魔力を混ぜ合わせ込み入ったものにする「混濁式」と、一つの痕を複雑に分けて隠す「分解式」だ。


 今回は前者というわけだが、

 「わたしが吹き飛ばせばよかったんじゃない?」

 「タマキさんがやれば本命まで消し飛ばしかねないので」

 ひどい。人を細かい調整の出来ない不器用くんみたいに言うとは。


 「まぁ、適材適所ですよ」

 あ、ごまかされた。


 しかし彼の魔術は正確に作用し、青緑の光は段々と失われ空気に霧散し、紫紺の洗練された輝きだけが残った。カーペットの縫い目に沿って編まれた魔力が陣となり、大きな円と細やかな式が、生きているように鼓動し魔力を循環させる。これによって生まれる風圧がこの部屋の物を倒し、傾けさせたのだ。


 「召喚の陣、コウメの番だね!」


 快活に胸を張った彼女は虚空を指で切り、魔力を言葉に乗せて二頭を呼び出した。リュウゾウとユキマルを一度撫でながら、彼女は泉のような静かさを醸し出す。

 無言で陣に触れ、二頭がコウメの背にお手をする。見た目だけは可愛いが、渦巻いた魔力が辺りの物を吹き飛ばし、瓶が棚から落下しそうになるのを、ミツルが静かにキャッチした。


 「見つけた。

 コレ、門だ。第七階層に同じモノがあって、ここからじゃないと通れないようになってる」


 彼女曰く、自分の魂のみを先行させて陣に潜らせ、行き先を「見た」そうだ。

 自分だと危ないので二頭に目になってもらったらしいのだが、うん、分かんないや。

 

 召喚術は錬金術に比べピーキーな物が多く、「無いモノ」を「在るモノ」として扱うので感覚頼りの術が多い。

 魔術面の才能に秀でた三人の中で、使い魔として常に獣を携帯できるコウメの才能は別格なのだ。


 さて、無事に最後の道をこじ開けた訳だがここでタマキの悪癖、いや特性が現れてしまう。

 ()()()()()()()()()()を持ったタマキは、一目散にこの先に行ってしまいたいと考えてしまった。

 ハルちゃんたちに報告だね! と意気込んだコウメをよそに、タマキは陣に足を踏み入れた。


 「ちょっと!?」

 ミツルの制止も聞かずに紫紺の光が増大しあっという間にタマキの全身を包み、光の奔流に飲み込まれた。


 水面に全身が浸かるような、七色の光が背後から脇を抜け追い越していくような、全てがひとまとめになって溶け合うような、浮遊感を伴う感覚が一瞬で全身を突き抜けた。


 少し気を失ったのかもしれない。ぼんやりした頭を起こしながら足を叩いて立ちあがった。

 さっきまで立っていた薄暗い空間とは明らかに違い、ムートの王城のような清潔さを感じられる場所にタマキは立っていた。広さは……テニスコートくらい? 

 磨かれた大理石の床は継ぎ目なく、連なって壁に設置された水晶が照明となり、その眩さは昼間の陽光かと錯覚させた。


 「これは、模型?」

 この空間で最も目立っていたのは、やはり目の前にある箱庭だろうか? 


 美術館や民俗資料館で観たことのある大きな展示にも見える。ミニチュアの街や山脈、湖や一際大きな河川。覚えのある形だ。寄宿学校で読んだ世界地図よりも細部が行き届いた異邦の全体図だ。

 ムートやレミフィアは少し形が違うが、風見の塔や各地に点在している同種の塔の造りは、窓の一つにかけて正確だった。


 溜息の出てしまう造りだ。このクオリティは、文化レベルが地球のものと遜色ないほどだ。

 天井にある一際大きい水晶は、太陽を模しているのかな? ムートの上にある辺り、本当にあの国は中心の都市なんだったのかと頷く。

 ぐるりと一周して見ていると、箱庭のすぐ側にスイッチがあった。

 これはもう押すしかないでしょう。

 衝動に従うと、空間を照らしていた水晶がどんどん暗くなり代わりに天井の水晶が光に満ちた。光は凝縮し、滴る水となってムートの上にぽちゃりと落ちた。


 そして箱庭が起動する。突如発せられた魔力がこの空間を包み、劇が始まった。


 箱庭がある。ずっと大きかった。

 端から、流砂のように崩れ、奈落に消える。水も山も闇に消え、世界から大地が失われていく。一回り世界は小さくなっていた。

 十二の石が浮かぶ。見覚えのあるアクエントと、ハルカのアーリの印が刻まれていた。

 石は各地の塔に散らばった。アクエントは、あの風見の塔に行った。


 選定印は塔に吸い込まれ、光を発した。全ての塔に火が灯り、大地は躍動し、草木は芽吹く。闇に消えたはずの大地が再生し、世界の広さが蘇る。

 しかし、再び光は失われた。

 塔から印が逃げ出した。大きな泉の底、険しい山脈の中心、底が見えない崖に消えたものもあれば、いくつかに分散した印もあった。最後に飛び立ったのはアクエントとアーリ。あらぬ方向へ浮かびあがり、箱庭の外へ突き抜けていった。


 「今のって」

 『これが異邦(ミラルシエル)の歴史。世界を保つ印が何者かによって奪われ、散らばった。

 八大神の遺産であるあたし達は、なんとかして各地に散らばることで悪の手から逃れた。けど、そのせいで命の環を乱してしまった。世界は衰退の道を辿ってしまう』


 劇、いや映像?

 タマキが見た壮大な何かの成り立ちを、ガイドさんのように選定印(アクエント)が頭の中で口を挟んできた。

 いやまさかと否定してみて、これ以上ない程の納得をしてしまう。


 『あたしは選定印だなんて括りじゃないわ。無限の体を保てない八大様の代わりに、世界を星として見守り時に介入して均衡を保つ星霊、誇り高き黄道十二刻印オウドウジュウニコクインよ。

 八天ノ一。風、歌、未知、旅の男神たる空の神、フロアーレスの愛用していた水瓶。それがあたし』


 寄宿学校のベッドの中で皆に気づかれないよう何度も彼女に質問して、その度にはぐらかされた答えがいま返って来るとは。


 タマキが、そしてハルカが何故この異邦に呼ばれたのか、ようやく分かった。


 「異邦の衰退を止め、世界に平和をもたらすため……」

 『あたしとアーリはその為に次元を越えた。

 人が減っていくこの世界(ミラルシエル)と比べてあんたの住んでいた地球はぽこぽこ人が生まれる。だから適性の高い人を見つけられた。あなたの心が最もあたしに近くて、アーリに最も近い男があんたの想ってる彼だったってワケよ』

 「想ってるって、そんな」

 『あたしもなのよ。アーリのこと』

 「え!?」

 『全部知ってるわよ。タマキ、どんだけあたしに力と意思を委ねたか。そして、あたしの本領はソレじゃないって、もう知っているでしょう?』


 頷いた。頷いてしまった。

 傍から見れば一人二役。滑稽な画だろう。でも、タマキは彼女の事を知っている。

 彼女は、ハルカを慕う理由を事細かに知っている。



 なんともベタで誰にも話すことが出来なかった話だ。

 言ったらからかわれるから、胸の内にずっとしまっていた思い出があった。


 スカイツリーで出会った印付きの七人は、厳密にいえばそれが初対面ではなかった。タマキだけ別で知っていた。


 白石環(タマキ)の芸能界デビューは、友人が勝手に彼女の履歴書を送ったことに始まる。

 とんとん拍子でデビューしてしまった自分に実感などある訳がなく、落選した者のことを考えてしまい卑屈になってしまった事は何度もあった。

 以前のタマキは内気な性格で、根明とは程遠い場所に位置する『面だけ良い一般人』だった。度重なるレッスンと他を蹴落としても構わない競争の輪に嫌気が差し、とある日に初めてソコから抜け出し、ほんのわずかな自由を得た。

 解き放たれた彼女は蜜を垂れ流す花だ。ナンパに遭うのは良くあることで、大概友達に守ってもらっていた日々。

 今日に限っては護衛がいるはずもなく、ガラの悪い年上達に手を掴まれ連れて行かれそうになったのだ。

 そこに現れたのがハルカだ。

 まだほんの少し華奢だった気がしたが、目つきの悪さと迫力は今以上だった。

 不良もどきを追い払った彼はそれじゃ、と名も告げず去っていった。

 男子と喋るのも勇気が必要だった当時のタマキに呼び止めることが出来ず、本当に後悔した。

 しかし、野球部が担ぐ校章の刺繡入りの鞄と、僅かな東北訛りを頼りに、彼の事を調べてしまった。


 その日は松中春賀が高校野球の全日本代表に選ばれ合宿の為に東京を訪れた日だった。

 それまで全く興味のなかった高校野球を調べ、彼が如何に凄い選手なのかを知る。

 名前と高校が短い時間で分かったのも、彼が地方新聞に取り上げられたからだ。

 いつかお礼を言いたい。日に日に募る憧れが、引っ込み思案だったタマキを突き動かした。


 「野球が好きだったから貴方の名前を知ってたんだ」と嘘を平然と言えるように、

 甲子園の動画を貪り、

 それまでのタマキの人生には一切関係のなかった知識と経験を積んで、

 彼と会った時に委縮しないような女になろうと、アイドル活動を必死に取り組んだ。

 思えば彼に助けてもらった時が転機だった。

 知ること、追及の喜びを知っていったのも彼との出会いがあったからだ。それが一年前だ。


 そして半年前。痣が浮かび上がった。

 集ったメンバーの中に彼がいて思わず失神しかけた。

 そんなことがあるのか。スカイツリーのトイレの中で何度もメイクを直して、出た先でハルカに声をかけようと、お礼を言おうとずっと思っていた。


 結局勇気が出ず、ユースケとアミが彼に話しかける空間を、少し離れて見ている自分が情けなかった。

 今度こそ変わろう。そう思って大船に乗り込んだ。

 普通は「ハルカさん」だろうに、必死に練習した「ハル君」という呼称で呼び掛けた時は、本当に顔から火が出そうだった。



 「わたしは、ハル君のことが好き」

 『えぇ、それでいいのよ。探求は所詮あたし達にとって借りもの。誰かを想い、捧げる事こそが根源。世界の危機と同じくらい彼が大事、それがあたし達。

 タマキ、貴女には世界を守ってもらうけど、それ以外は何をしたっていい。貴女の全部に、あたしを賭けるわ』


 ありがとう。改めて心に宿った炎を再確認し、そして問う。

 「何をすればいい?」

 『風見の塔に向かいなさい。あたし達が火をつけられる唯一の塔よ。使命を得た今の貴女なら火を灯せる。沈みゆく世界に、太陽をもたらすの』

 「オッケー!」


 よぉし、と意気込んで、まずは合流よとたしなめられる。

 箱庭の光は消え、元の状態に戻った第七階層から再び陣を使って戻ろうとして、ふと気付いた。階層を照らしていた水晶が、所々消えかけていることに。

 アクエントとの対話に夢中で、薄暗くなっていた空間に気づいた。


 『エントゥラ、エントゥラ、ベルルシファ』


 せせら笑う鉄仮面たちが、黒塗りの刃を片手にタマキを囲んでいることに、気づいた。

 反射で風を全身に纏うが、突然の事に息がしづらくなり焦っているのが分かった。


 「近づかないで!」

 ゆらゆらと寄る黒に短剣を構える。平静を装えただろうか?

 冷静に周りを見ようとして、ちょうど一番近かった影が、おもむろに自分の仮面に手をかけた。


 「僕だよ、タマキちゃん」


 憧れのあの人にとてもよく似ている、

 きっといつか似た顔になるのだろうと想像したあの男の顔がそこにはあった。


 「ハルヒコ、さん?」

 「そうさ、まずは僕の話を聞いてくれ」

 優しい声色だった。

 聞いたことのない声色は、もうここにはいない(ユースケ)の音色を連想させた。

 だから、ほんの少しだけ油断が生まれてしまったのだと思う。


 音もなく近づいた背後の鉄仮面に布を押し当てられた。

 香った優しい刺激に、意識を刈り取られる。薄れる意識の中で目の前の男が笑っていた。


 「『誰からも慕われ、愛される者』か」


 見覚えのある竜骨(リュウコツ)の子印に全ての合点がいった。

 なぜ潜在的に拒絶していたのか、どうして信じたくないのか、好きになりたくないのか、全てが理解できたというのに。

 

 タマキは崩れ落ちる。決して許さないと心に決めたのに、抗うことが出来なかった。

 怒りに染まり、暗転した。

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