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第十六話 タマキ 洞窟にいこう② もうわたしは戦士

 始まった戦士喰いの洞窟への挑戦。


 舗装された第一階層を越え、完璧に地図通りの第二階層を越える。

 第三、ここからは曖昧な記述が増えたので、ハルカは警戒心を強めて先頭を行ってくれた。


 「この道は、っと」

 すぐ先の角に潜む生命の呼吸にまさかと思い、ハルカに小さく呼び掛ける。

 合図で抜刀し飛びかかった存在を切り払い、彼は次いで特攻してくる犬人(コボルト)をまとめて切り払った。


 「タマキ、まだいるか?」

 「ううん。今ので全部だよ。あ、確認いる?」

 首が振られた。洞窟は左右だけでなく見上げた所にも穴があり気は抜けない。


 さっきもそれで後ろから襲われかけた。

 「ごめんねハルちゃん。洞窟の中って鼻が利きづらいらしくて」

 「ご主人だけ守っていればいい。まずは自分の身を守らせろ」


 龍造(リュウゾウ)雪丸(ユキマル)はコウメの側を離れずにじっと控えている。

 召喚獣の鼻を期待していただけに残念だったが、仕方がない。

 タマキがより集中して周囲の気配を探ればいいのだ。


 「ハルカ。この狼って本当に大丈夫なの? ずっと僕を睨んでるんだけど!?」

 ハルヒコに対して唸り続ける二頭はずっと気になっていた。

 コウメが手をかざしたり頭を撫でたりしているのだが一向に効き目がない。


 なんでだろ?

 含み笑いを見せるラフレが答えた。

 「本心や心の奥底を映すのが召喚獣らしいわ、本能的にハルヒコを敵視している訳ね」

 「う、嘘だろう? そんなことないよなぁコウメちゃん」


 近寄ろうとした親を避けて、コウメはその子に寄った。

 反射の動きで現れた二人への高感度が、そのままリュウゾウとユキマルに現れてしまった訳か。

 マクノ一行は笑っていたが、なんとも言えない空気がタマキ達に流れた。


 深い穴に何度か飛び込み、三叉路や上下にうねる道は地図を頼りにして、第三階層を越え第四階層に踏み込んだ。

 確かに魔物が剣を持ったり板金鎧を身に纏ったりと手こずることは増えたが、基本は変わらない。


 タマキが風でかく乱しながら先の先を制しハルカが切り込む。

 コウメの操る二頭が走り、阿吽の呼吸を必ず成功させるアミの斧槍が効果的に間を埋めた。

 これなら風見砦の方が苦戦したな。

 シンイチがつまらなそうに矢を番え、そして降ろした。

 彼はまだ二射しかしていない。


 「僕の出番、は」

 ミツルはもっと暇だった。

 短剣を抜いたり戻したりする動作だけ上手くなりそうだとぼやいた。

 彼特製の薬品は希少なのであまり使わない方がいいのだが、出番が少ないのは不満らしい。

 

 「はは、贅沢な悩みだねぇ」

 「うんうん、想像以上だ。これが子印持ちっていうやつ?」

 口髭ドガスと妙齢ラフレが笑っていた。

 

 まーね! とドヤ顔で胸を張るコウメと、当然っすよと髪をかき上げるシンイチ。

 仲間の二人はいい。手伝ってくれたし。

 そっちの大人は手伝ってよと口から出掛かった指摘をなんとか飲み込み、地図を広げるハルカに尋ねる。


 「この先から?」

 「あぁ、地図はここまでだ。第五階層からは自力で探索だ」

 彼は地図を丁寧に畳み背嚢(バッグ)に収納した。


 天井すれすれの道に差し掛かったのでわずかに中腰になりつつ、入り組んだ先を迷わず右に曲がる。

 今度は行き止まりの道に出た。


 彼は注意深く辺りを観察するが、残念でした。わたしの方が早く見つけたもんね。


 「ここじゃない? 空気が不自然に通ってる」

 タマキの示した辺りの岩場を見つけると、重なりあう岩場の影に妙なものを見つけた。

 カンテラで照らしてみると、文様が刻まれた真四角の出っ張りが隠されていた。 たぶんスイッチだ。

 迷わず押し、連動して起こる震動に一行が騒ぎ立つ。


 「タマキ! せめて何か言ってくれびっくりするからさぁ!」

 珍しいハルカの驚いた声に少しだけキュンとしたのは内緒。

 大地震でも起きたかのような振動はすぐに止み、重なっていた岩が瓦解する。

 

 崩れ落ちていく岩から現れたのは、正確に測ったような石段だった。

 色もくすんだ岩の茶ではなく青っぽい緑が混じっており、錆びた青銅を思い起こさせた。

 音を立てないよう慎重に階段を降りると、広がっていたのは正確に測量された真四角が広がる居住空間。年月の経ち具合は諸々で感じさせるが、野宿の五倍は快適そうな世界が広がっている。


 「世紀の大発見だ!」

 「うぉぉお! ダンジョンやんけ!」


 興奮して声を上げたのはマクノ達だけでない。

 その手のゲームも何作かやったタマキも、事情がなければ同じようにテンションを上げていただろう。

 道が開いた瞬間、頭の中で霞がかったものが生まれ、心をせっつかせる衝動が湧いて出たのだ。


 「タマキちゃんお手柄だねぇ」


 肩を組もうとしてくるハルヒコに反応できず、されるがままになってしまった。

 汗と酒の残り香が合わさった独特な匂いに顔をしかめてしまう。


 「止めろ」

 頭痛を堪えるような苦しい声色で二人を引き剥がすハルカに助けられるが、彼はそれどころではないと顔をしかめていた。

 そんなお互いの状態を見てすぐに納得した。

 この先に、何かがあると。


 「なんだハルカ。この程度のスキンシップで」

 「そういう事を言ってるんじゃねぇ。ていうかあんたにだけはそんなことを言われる筋合いはない。未成年相手に欲情してんじゃねぇよ恥ずかしい」


 いつになく厳しい反応に、聞いていた面々も度肝を抜かれた。

 いや止めてくれたのは嬉しいけど、そんな怒る? こう、ずっと抑えていた苛つきに耐えかねて、って感じだ。

 アミやマクノが仲裁に入ってくれなければハルカは怒鳴っていたかもしれない。


 「んー、それにしても洞窟って時間分からんなぁ。 安全って分かったら休まん?」

 そのすぐ後だった。

 ひたひたと水を伴った、這うような音をタマキの耳が拾った。


 素早く短剣を抜き放つと、一行が意識を切り替えて武器を構えた。

 徐々に近づいて来る足音に緊張感が膨れ上がり突如、暗闇から迫る。


 「ハル君、前! 三体、死守!」


 呪文みたいになった指示でも即座に反応したハルカが、荷物を投げだして突っ込んだ。

 直後に聞こえた金属音で彼に任せようと判断し、風魔術を起こす。

 暗闇で繰り広げられている戦いに目を凝らそうとする面々に、タマキはいま理解したことをそのまま告げる。


 「ここは迷路。三方向から魔物が来てる、数は多すぎて分かんないけど、明らかにさっきまで戦ってきた奴らとは違う! ミツル、光を!」


 投げられた種が正面、左右の道にそれぞれ転がった。

 伸花(ファライズ)

 植物を急速に成長させるミツルの十八番魔術で種は石の床に根を張り、輝く花弁を咲かせた。

 青白の光が暗闇を押し退け迫っていた魔物が姿を現した。


 人よりずっと大きい二足歩行の爬虫類がわんさか見え、相手にしたことのある小鬼や犬人は弓やパチンコを構えて、じりじりと迫っていた。


 蜥蜴人(リザードマン)という奴だ。

 風見砦で相手にした怪鬼(オーガ)ほどではないが、一体でもかなり人数を割かなくては倒せないと寄宿学校で学んだ。

 身の毛がよだつ思いを必死に抑え込んで呪文を叫ぶ。

 刃に纏わせる風の鋭さは、丹念に磨かれた矢じりすら越える。

 一本が前後に並ぶ蜥蜴人を貫き、投擲ナイフがいくつもの切り傷と死体を積み上げるのを見て確信する。


 「正面はハル君、右はわたしが。あとはなんとかして!」


 それだけ告げて目の前に意識を注いだ。

 頬を掠めた矢に足がすくみそうになるが、声を上げてごまかす。

 両手足に取り付けたナイフを抜きながら投擲。

 風に後押しされる瞬速の刃が後ろで矢を番える小鬼の何体かを貫いた。


 薄暗い空間は空気の流れを読んで反応するしかなかった。

 遅れる反応の隙を蜥蜴人のしなる尾や剣が迫り、防げず何度も床を転がった。手近な石ころ、何かの遺体、かつての冒険者たちの使った武器、転がっていたものを当たり構わず風を纏わせタマキの手先にする。

 吐いてしまった血すらも風に乗せて目くらましとして投げつけ、結局最後は指先にぐっと力を入れて、猫がするような引っ搔きにも魔力を込めた。

 矢の命中は避けたが投石で頭をやられ、視界が揺れる。

 気を失いそうになるのをなんとか堪えたその先で、しなる尾が顔を直撃した。

 しかし、選定印がその度にガンガンと頭を揺らすのだ。

 寝ている場合か、さぁ行こうと能天気にほざく。

 その騒音に、何度も起こされてしまう。


 何回も何回も、段々と摩耗する神経にすがりつき、ようやく攻撃が来なくなって糸が切れ、突っ伏してしまった。

 立つことすら怪しい中で、いまや呼吸と同じくらい楽になった空気読みで状況を確認し、タマキは跳ね起きた。


 タマキの道は制圧した。

 正面(ハルカ)の道は拮抗している。数が多かったのだろう。

 そして左、皆の道が押され掛かっていた。


 動けない足には無理を言えない。

 圧縮した風を足裏で爆発させて魚雷のように文字通り跳んで行き、着地も考えずにありったけの空気の砲弾を形成する。

 「避けろぉ!」

 ハルヒコ指示、いや。もはや絶叫だった。

 壁際に移動する仲間を確認した、すぐあとに射出した。


 ぱぁん、風船が割れる時の耳を塞ぎたくなる音が、通路のど真ん中で弾けたのだ。

 ほとんど数の減っていなかった魔物たちが衝撃で体勢を崩し、たたらを踏んで魔物同士で足を引っ張り合ったのだ。

 やれ、ここだ! とそれぞれが刃を持って振りかぶるのを見て、タマキの緊張の糸が切れてしまった。

 魔力が尽きたことで、全身が泥のように重かった。

 くたばれやぁ! 仕留めろぉ! 目を血走らせながら刃を振るう仲間達の止めの声が頭をずきずきと刺す。

 明らかに回ってない頭でなんとか立ち上がろうとして、また突っ伏した。


 あ、頬切っちゃったな、今ので。

 途切れかける意識で拾ったのは魔物の最期の声。

 侵略してきた人間を呪う、末期の叫びだった。


 ダンジョン攻略は、一筋縄ではいかないらしい。

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