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第十四話 タマキ 外へ

 暗闇。

 一寸先は足元もおぼつかず、石があったら転び、ツタがあったら絡まるだろう。

 何の判別もつかずにされるがままにされる夜の闇は、都会育ちのタマキにとって恐怖ばかりを感じさせた。


 頼りになるのはぱちぱちと音を鳴らす薪木。

 闇には決して染まらない赤々とした火。

 出っ張った岩を背もたれにして隣り合って座る大きな剣士、ハルカ。


 でも今は、そういう気分になれないなぁ。


 互いに無言で火を眺める。

 手に込めた風の魔力を操作して、火がゆっくりと燃焼するような通り道を作った。

 幾らか火の明るさは減ったが、大事なのは在ることだ。


 「俺に、魔術が使えていたら」

 「そんなこと言ったら、全部たらればになっちゃうよ」


 全ては結果だと冷え切った温度のない論破をするつもりはない。

 そんなの嫌いだ。

 でも、必要以上に過去を嬲り、今の自分を否定するのはもっと嫌いだった。


 滅多に見せることのない沈んだ顔だったけど、今はちっともときめかない。


 「前に、進まないと」


 その通り。と、夜から声が返ってきた。


 見回りから戻ってきた男が、そのままタマキの隣に腰かけた。


 ハルヒコ。

 すぐ隣にいる頼りになる人の、お父さん。


 似てるなぁやっぱり。

 雰囲気は全然なのに、溜め息をつく時のあのなんともいえない脱力感が似ているのだ。


 「おい、そっち座るな」

 「いいだろう別に。こうして行動を共にしているんだし、親睦を深めないと」

 「だったら平等にシンイチ君やミツルにも構え。露骨過ぎなんだよ」


 息子の刺々しい言葉を平然と流すハルヒコ。

 

 籠手やら脚絆を外す手に淀みはない。

 武具を長いこと扱ってきたのだと分かる手つきは、異邦に染まってしまったという事だ。

 今の彼なら、ネクタイとかを結ぶことの方にに新鮮さを感じるのだろうな。


 そんな男が顔をしかめた。

 手に巻かれた包帯は、真新しいものに見えた。


 「怪我、最近のですか?」

 「あぁちょっとね。異邦じゃこんな怪我、珍しくもないよ」


 笑って言うが、なんとも入念に巻かれた包帯だった。

 分厚くなるほど巻いていて、何かを隠しているようにも見えた。


 まぁ、そんなことはないだろうけど。

 彼のお父さんだし。



 「仲間が死んだ時は、辛いよなぁ」

 どんよりした空気を更に重くしたハルヒコの発言だったが、ハルカは仏頂面を変えない。


 「父さんは、そこまで濃密に死が襲って来ることはなかったな。

 けど似たようなことは多かった。十年近く異邦(ここ)に放り出されたからな」


 視線を薪木に落としながら淡々とこぼす父親のの言葉の裏には、ハルカと同様の重たい陰がまとわりついていた……ような気がした。

 彼もまた、同じだったのだろう。

 長いこと戦っていれば、そういうこともありそうだ。


 「でも明日は続くんだよな。起きたら町はちっとも暗くない。喧騒はいつも通りあって、笑顔も見える。変わったのは自分たちだけ。

 取り残されないようにしないとな、世界に」


 ずっと火にかけていた携帯ポットから注いだ茶をすするハルヒコ。

 年齢にそぐった重みに、まだまだ若いハルカが嗚咽した。

 この場にタマキがいてもお構いなしに。


 「俺よりもずっと弱いのに、あいつは戻る為の希望をくれた。なのに、いない。簡単に誰かの為になれる奴だったのに、なんで死ぬんだ? なんで? 心が優しい奴から死んでいくのかこの世界は? 剣だけ扱えれば生きる権利があるのか、そんなしみったれた世界なのか?」


 ユースケと一番仲が良かったのは、間違いなく彼だったと思う。


 ユースケは本当に分け隔てなく誰とでも仲良くしていたが、それでも二人の間には友情があった。

 タマキも、もっと時間があれば仲の良い友人になっていたと思う。


 拳を握り、大粒の涙を流すハルカ。

「あいつの右手から子印が消えていた。奪われたそうだあの鉄仮面共に。

 おかしな術で俺達が入れないようにして奪っていきやがった。あんなちっぽけな(モン)だけの為に、平気で命を奪いやがった」


 涙に混じった怒りがこっちにまで伝わって来る。

 後悔もあるのだろう。タマキも同じことを思ったから分かる。

 だから伝染して、こっちの涙腺を緩んでしまう。


 「こんな場所来たくなかった。国が勝手に俺達を物同然に売り飛ばしやがった。けどまだマシだよ。だってあっちじゃ死なない。事故とかどうしようもない不幸に気をつけていれば、滅多なことじゃ死はやってこなかった。帰りたい。母さんに、(ヒナ)に会いたいなぁ」


 暗闇の中の慟哭は、決して誰にも届かない。だってもう日本はずっと遠くにあるから。





 あの日、何が起きたのか。

 ユースケが冷たい石床に転がっていたのを見つけて……しばらく、足がその場に縫い付けられ動けなくなった。


 凍りついた時間を動かしたのはシンイチ。

 「運ぼう」とだけ言った。

 誰がするのかと過った直後、ハルカが重たそうに、全身を血まみれにしながら彼を担いだ。


 「ネルの愛の下、彼の者に安らぎを」

 八大が一柱、愛の神の管轄やしきたりで執り行われたユースケの葬儀。


 タマキ達は一度も手を合わせることはなかった。

 こんな所まで、異邦式かい。

 毒づくシンイチの乾いた指摘には誰も反応できなかった。


 二日が経った。

 賞金首を取ってきたことで、タマキ達の実力は認められた。

 価値を示したことで宗国ムートからの束縛に解放されたのだが、それもどこまで本当の話かは分からなかった。


 時折風が運ぶ異質な香りに視線を向ければ、確実にタマキ達を監視する男たちがいた。

 国は七人……ちがうな、六人を真の意味で放っておくことは無いのだろう。

 自由は、ない。


 寄宿学校への編入代、国への賠償で報奨金のほとんどが消え、残った銀貨で出来たのは装備の新調と補修くらいだ。


 格安の宿屋に止まり、男女関係なしに六人で寝泊まりしているのも節約の為。

 葬儀に掛かった金額を見てなんともいえない寂しさを覚えたのだった。


 寝ぼけていたコウメを揺さぶりながらアミが尋ねる。

 みんなボロの麻布服なので、身を寄せ合って生きていく貧民街の子みたいだ。

 そんな的外れでもない、かな? 


 皆の視線を集めたのはハルカだ。

 首筋に手をやって、いかにも慣れていないといった感じに話し始める。


 「その、晴れて自由になった俺達だがこれからどうするべきか考えないと思ってな。分からないことも沢山あるが、残りの報奨金はもうすぐ底をつくだろうし、宿を借り続けるのも大変だし、やるべきことは多いが」

 「ちょいちょい。何が言いたいんや?」


 問題点を挙げてくれたのだろうが、分かっていることなので耳タコである。

 ハルカの要領の悪い進め方に口を挟んだのはシンイチだ。

 不機嫌になることはないが、とてもやりづらそうだった。


 「つまり、俺達がどうするかって事だ。腕っぷしだけなら傭兵紛いの事で日銭は稼げる、危険は付き物だろうからあまり勧められないが」

 「ハルちゃんごめーん、ヒゼニって?」

 「路銀っていうか、いや違うな。お給料だ。戦ってならお金を稼げるだろうが」

 「戦いたくないなぁ。もう、その、ユーちゃんみたいな人が出てほしくないっていうか」


 うぐっ、と詰まった。

 コウメに悪気はない、特にハルカには意地悪をする気はないだろう。

 それでも、非協力的に聞こえる言い方に聞こえた。


 「でもコウメ。俺達に何ができる?

 そりゃミツルみたいに薬を調合出来るんなら俺もしたいが、バイト先が転がってる訳でもないし」

 「あのぉハルさん、脱線してます。コウメちゃんもあんまり口を挟まないであげてね」

 「僕も戦いはなるべくしたくない、です。どうしたって弱いので」

 「まぁ魔術使える組はそこまで切迫してへんよな。使えるってだけで一定のステータスや。引く手数多とちゃうんか? それより問題はおれら三人やで」

 

 アミが軌道修正しようとしてくれたが、ミツルが更に口を挟んできたので卓上で話題が行ったり来たりする。

 剣を持てば鬼神の如き形相のハルカが、今だけは小さな犬のように見えた。


 「ねえ、ハル君は何か考えがあるんだよね?」


 こんな時に助け舟を出せるわたし、良い女だよね? 

 半分くらい打算はあったが、彼の言いたいことは知っていた。……昨日盗み聞きしたので。


 暗闇に一筋の光を見出したような、ぱぁっと明るくなった彼の顔が……

 ん、んー。いくらなんでも分かり易過ぎないハル君?


 「あ、あぁ。実はあの人と話したんだ。ムートから出て、やりやすい所で生活の基盤を整えないかって。

 俺達は向こうからしても異世界人だ。

 そういう細かい事情も気にしない町でならこれからの方針を決められるんじゃないかと思ってな」

 「決めるのくらいココでだって決められるやんけ」


 うぅ、シンイチさんってほんとに食いつくよね。

 困ったように首を掻くハル君が弱く見える。しょうがないのでもう一度助け舟っと。


 「国からちょっかいをかけられずに行動したいから、だよね?」

 「そうだ。もういい加減訳の分からん事情に揉まれて頭を使いたくない。ムートは由緒や家系で生き方が決まるお堅い国だ。後ろ盾も何もなく、知りようもない高い税を払うのは勘弁だ。だから傭兵や冒険者の集う街に移動しないかって、提案しようと思ってたんだ」


 「冒険者ですか、いい響きですね」

 ミツルが食いついた。まぁ分からなくもない。

 シンイチも少しそわっとしていた。手応えを感じたハルカが強張った顔を少しだけ元に戻した。


 「どこ行く気なのー?」

 「レミフィアって町だ。ここから南に行った先にあるけっこう大きな町で、栄光都市だなんて言われてるらしい」

 「お、なんか凄そうなトコやな」


 レミフィアを語るうえで、すぐ近くにある「戦士喰い」の洞窟の存在は欠かせない。

 今や学問として扱われる魔術がかつて魔法と呼ばれていた時代のこと。

 魔法の祖とも呼ばれ八大にも数えられる法の神マ・チャルが居住していた地下には多くの英知が眠り、今でもその技術の復活の為に多くの研究者が集う。


 しかし、地下は影の世界。

 闇に生きる者の玄関なのだ。

 影と魔、快楽と剥き出しの心を何よりも好む八大が一柱、宵闇の神ノクターネの住処でもある地下は多くの危険が散らばっている。


 血の気の多い戦士からしたら魔を打ち滅ぼす絶好の狩場として、研究者は自分の知的好奇心をいくらでも満たせる場所として、洞窟は多くの冒険者が目指す場所に生まれ変わった。

 その人の流れに目につけた商人たちが興した町がレミフィア。

 冒険者たちが準備と休息の為に集まる集落が、次第に誉れを求めるモノが集う町として扱われるようになった。

 栄光を求める為の都市、という気がしなくもない。


 「ならず者も多いが訳ありが集まる場所でなら、俺達も変な目で見られずに活動が出来るんじゃないか? だから、これから活動の拠点をムートからレミフィアに変えようと思うんだが、それはどうだ?」

 「はーい!」

 「異議なし」

 「えんちゃうん?」

 ようやく揃った意見に、ハルカが胸を撫で下ろした。


 「で、だ。道案内というか、素人同然の俺達が野営なんて出来る訳ないし、手伝ってもらえることになった。彼らの戦士喰い探索を手伝うっていうのを条件に」

 「それって、ハルちゃんのお父さん?」

 「あぁ。前に言ってたやつだな」


 バタバタしていて忘れかけていたが、協力をあおがれていたっけ。

 ハルカが代表で話をしれくれたのは、うん、嬉しいんだけど……


 「乗ることにしたんですね。ウチらに相談なく」

 珍しくアミが仏頂面でハルカを睨んだ。


 その気持ち、すっごく分かる。

 なんていうか、善意を素直に受け取れない時ってあるよね。


 「ええやんけ、別に。細かいこと言わんでやっても」

 と、初っ端に食って掛かった者の発言とは思えない言いぶりに、アミがこれまた珍しく頬を引きつらせた。


 決して和やかでないムード。

 一人いないだけで、なんでこんなにちがうのかな。

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