第九話 ユースケ 行動開始
そして経つ一ヶ月。
王宮に再び招かれ(呼びつけられたとは決して言わない。そういうのを学んだ)七人は自由の身……とはならない。
自分たちの素養がどれ程か、身をもって知ったからだ。
印を持つ者で組織に所属していない者はいない。
何故なら、誰も放っておかないからだ。
それは無知な七人には特に顕著で、国の兵力に数えられそうになったほどだった。
王宮での大立ち回りの賠償金を払えと言われてしまった。
ふざけるなとハルカが激昂し、目で執政を黙らせた。
この国の歴史や王の発言が重役の取り決めがどれだけ重大なものか知った上で、ハルカはそうした。
ならば言う事はあるまい。
「オレ達は元の世界に、東京に戻ります」
一ヶ月先延ばしにした答えを告げる。
寄宿学校という守られた空間ですら不自由さ、馴れなさ、生徒らにあった誇りから来る行動、全てが合わない事に気がついたのだ。
話すようになっても七人の誰かとつるんでいたのが良い証拠だ。
なにより、命を奪われかけた仲間がいる。いつまでもそんな所にはいたくなかった。
「一年の派遣という件は覚えておいでですか?
あれは自分達に死ぬような害がないという前提での取り決めでした。
自分達は兵士ではありません、下手をすれば兵士と一緒に死んでいたんです」
「だけどこちらも少なくない金額を支払っているわ。
こちらの不手際で君たちには迷惑をかけたが、一切合切を自由にさせるつもりはありません」
この一ヶ月で、どういう訳か替わっていた新たな執政との初対面には驚きを隠せなかった。
なんであの初老から妙齢の女性に変わっているのか。
不正がどうのこうの……と。
この城の内情は白亜の壁ほど白くはないらしい。
交渉はユースケが行った。
まだ若い印象があるとはいえ彼女は国の政治だけでなく、各国との交渉や頭を抱える問題を幾度となく対処してきたプロだ。
物理的にどうにか出来るハルカが後ろに控えているおかげで、どうにか臆せずに交渉ができたが……これが、その、なんだ。
「お疲れ様です、ユーさん」
「ユーちゃん頑張ったねぇ」
労いの言葉をかけてくれるアミやコウメの優しさに救われる。
王宮から城下を繋ぐ橋の上で、保っていた緊張の糸が切れてしまったのだ。
突然来る足の震えで躓きそうになったのを、シンイチが支えてくれた。
「もうちょい頑張り。とりあえず城から見えんとこまで行こか」
太い鎖で繋がれた上下する橋(跳ね橋、とタマキから教わった)を渡り切り、少し歩けば見えてくる城下の目抜き。
立派な異形の石像がででんと中心に立ち縁石でぐるりと囲まれている。
人でごった返す賑いには見覚えがあるが、圧倒的に活気に満ちている。
声、声、声。
客を招くための声、
負けじと勢いを出す商売敵の声、
酒で耳が遠いから仕方なく張る声、とにかくうるさい。
記憶にある都会はこんなのではなかったな。
魚の群れみたいに方向が決まっていて、少し首を下げた状態で片手にはスマートフォン。
見慣れない光景のハズなのに、とても目の前の光景は穏やかな気持ちにしてくれる。
……これが人のあるべき姿とか、そんな高尚な事をいうつもりはない。
ただこれを見られなくなる日が来るのは、少し寂しい。
「見てハル君、食べたことのない屋台がいっぱいだぁ!」
「まてまて、文無しで何を楽しもうとしてる。ミツルも何か言え」
「お任せします」
おい! と勝手にどこかへほっつき歩きそうなタマキを止めるハルカ。
ミツルは愉快そうにそんなやり取りを見て(関わろうとはしないのがミソだ)いたが、気持ちは分かる。
「あれが八大神の一柱、ガラ・ルドゥインなんですね」
「日本の龍って感じちゃうな、ホンマにドラゴンや」
天に向かって吠える大きな石像を見上げ、ミツルとシンイチが盛り上がっていた。
現代人特有の偏った知識による考察だが、この世界はユースケ達の思い浮かべる西洋のイメージが割合を占めている。
寄宿学校の図書館で読み漁った歴史書には、ニッポン的な文化はほとんど存在しなかった。
よってこの石像は、翼の生えた四つ足の大蜥蜴という感じだ。
職人が丹精込めて作っただろうから迫力は凄かったが、西洋はドラゴンを災厄のように捉えるものじゃなかったか?
しかし神の一つらしいので、穿った見方は当てはまらないのだろうと勝手に結論付けた。
「待ち合わせはこの場所か。
おれ会ったことないけど信用してええんか、ハルカのオトンってホンマなん?」
話を振られたハルカがなんとも言えない顔をする。
悪く言うつもりはないが、異邦で親切にしてもらったのは寄宿学校の校長くらいのものだった。
「つか訳分からんな。なんでおれら以外に人が来てんねん。
船が世界跨いで来たって、どえらいニュースが他にあったか? おれらが初やなかったんかい」
シンイチの既に何回もした謎の提起。
うーんと唸るだけでユースケ達には何も言えない。
あの夜は詳しい話を聞く前に見回りの憲兵が来てしまい、次に彼が訪れたのはちょうど昨日だ。
ほんのわずか、金網の隙間から投げ入れられたメモをハルカが拾ったのが幸運だったといえる。
「聞いてみましょう。まるっとそれで解決しますよ」
一部始終を見ていたアミが、結局それに落ち着いた結論を早々に出した。
個人でハルカに聞いたのだが、何も父親と名乗った男の事は話さなかった。
「隠し事すんなや」というイライラを募らせるシンイチに「言いたくないならいーでしょ!」と返すコウメを見て、空気が重くなったのが懐かしい。
「いやでも遅くね?」
指定された日時と場所は合っている。
ガラ・ルドゥインの石像は日時計も兼ねているので時間を間違えることは無いのだが、何かあった?
「その、非常に言いづらいんだが、その、あの」
「どしたのー?」
ハルカの奥歯に物が挟まったようなまどろっこしい言い方。
タマキが先を促したが、本当に一、二分ほどかけて言いづらそうに言った。
「あの人は、その、遅れてくると思う」
何を言っているのか。
彼は何もその後は言わなかったが、約束を三十分過ぎてようやくその意味が分かった。
「うわ、けっこう多いね」
革で整えられた軽装備を纏った大きな図体の男がやって来た。
やはりハルカに似通う部分が多い。顔つきも目つきの悪い所がよく似ていたが、人懐っこそうな笑みは別だった。
皺や隈からは随分な苦労を背負ってそうで、一番違ったのは揉み上げから顎先にまで繋がった髭だろう。
……以前のぼさぼさ具合から。気をつけてもらえて助かった。……が、
「いや遅れたこと謝らんかーい!」
「あれぇ? そんなに遅れたかい? 大したことないと思ったんだけど」
いやぁシンイチがいて本当によかった。
歳上に指摘ってけっこう神経使うんだよ。
ノリツッコミ風だから本気感も少し薄れるし。
しかしハルカの父親は気にした様子は微塵もなく、剽軽な笑顔でそのまま続ける。
「まぁいいよね、こうして会えたし。ついて来てよ。僕の仲間を紹介するから」
中身は随分と違うようだ。
気難しいハルカに少しでもこの軽快さがあれば、もっと打ち解けやすかっただろうな。
しょうがない、と若干の理不尽さを感じながら仲間に指示するが、
「ハルちゃん?」
最近は特に仲の良いコウメが気づく。様子がおかしかったのだ。
彼はずかずかと前に出て、背を向けて進む父親の背中を思い切り突き飛ばした。
「っと。何するんだい?」
「それだけか!?」
広間の賑わいが一瞬にして止むほどの大音声だった。
ユースケ達はもちろんこの男も度肝を抜かれ、周りを歩いていた者が一斉に振り返るほどだった。
家屋の屋根で休んでいた鳥達が一斉に飛び立ち、小さな子どもが震えて涙を目に溜めるほどの迫力。
生きている者全ての息が凍りつくような錯覚を起こした。
「何か言う事はないのか?
遅れたことの謝罪もだが、何も思う事はないのか? 言うべきことがあるだろう!?」
「お、落ち着きなよハルカ。こんな場所で、もういい大人だろう?」
「十八歳だ、何も知らない子どもだよ! 息子の年齢も覚えていないのか!?」
なんとか宥めようとするが、その仕方ないといった雰囲気が余計にハルカという火に油を注ぐ。
見物客が一斉に出来上がるのを気にする親と、一切が目に映らない息子。
本当ならこんな所に口を挟みたくないのだが、仕方ない。
「ハル落ち着け。そんなデリバードな問題ここで広げんなって」
「デリケートや! なんでいま●ケモンが出んねん!」
しまった、ハルカの怒気にやられてこちらも少し動揺してしまった。
ミツルだけが笑ってくれたが異邦で伝わる面白さではなく、当の二人でさえ本当に意味が分からないといったポカーンとした顔でこちらを見降ろしてくる。
うお、それだけで威圧感あるなこの二人。
「ハルさん、ホントに今ウチが口を挟むべきことではないと思ってます! ですがその、ダメです。一旦、一旦でいいのでもう少しだけ我慢してください!」
一瞬だけ空気が流れた隙に、アミが滑り込むように頭を下げた。
彼女は何も悪くないのだが、そうされると特にハルカは弱い。
押し寄せる激情をなんとか押しとどめたハルカは、何も言わずに顔を背けた。
アミが泣きそうな顔で安堵していたが、いや本当に助かった。
「いやぁごめんね、うちの愚息が急に喚いて。本当に誰に似たのか」
父親はふぅと一息つくと、何もなかったように話し始めた。
今さっきのハルカの形相をもう忘れたのか、なんだこの図太い人!?
もう呆れるしかないと思ったところで、それまでずっと黙っていた彼女が、大きな歩幅で父親に近づいていく。
「馬鹿にしてるの!?
へらへら遅刻して詫び一つ入れないで、この瞬間をハル君がどれだけ待っていたか少しでも考えなかった?」
タマキの激昂なんて初めて見た。
男の面の皮は、それでも厚かった。
「何だい急に。随分ハルカの肩持つねぇ、あ、もしかして」
「今アンタを許して手打ちにした訳じゃないから、そこんとこ勘違いしないで!」
感動を見つけると大喜びする器官を備えていると思った彼女が、ここまで激昂するとは思わなかった。
美人のキレ顔恐っ、とシンイチがぼそっとこぼしたのは同意見だが、これはマズい。
向こうにどんな意図があるかは知らないが、異邦で出来た縁が消えるのは忍びない。
……それでもいいとすら思ったが、このまま松中家の仲が断絶するというのは、さすがに後味が悪すぎる。
「オレ達は遊びで貴方に会ってるワケじゃないんス。そして今、心象は最悪とさえ分かってくれれば、今は良いスよ」
このままでは殴り合いに発展してしまう。
突き刺さる仲間の視線を手で制しながら、この似つかない親の方まで近寄った。
「案内お願いします。ただ、互いに誠意を見せましょう?
オレ達が提示する最低条件はコレだけです。そこんとこ、どうスか?」
仕事、という建前ならばもう矛は抑えてくれるはず。
頭を掻いて、わるかったと嫌に棒読みの謝罪を受け入れつつ……ユースケが先頭になって彼の背を追いかける。
こちらの最後尾は、当然その息子だった。
「あ、そういえば名前伺ってませんでしたね。えっと」
「ハルヒコだ」
松中春彦。こんな遠い地で、知り合いもいる訳ないと思った地で、まさかの親子喧嘩が勃発するとは……
恐怖もそうだが、不安を抱える道のりは、心によくないなぁ。




