表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

蕎麦屋を出る頃に

蕎麦屋「のびる」この明らかに店名が客足を遠のかせているであろう錆びれた店が僕の行きつけだ。

深夜にここで食べるコロッケ蕎麦は格別で、近所の爺さんとゴミをあさりに来た野良猫、そして僕以外の客を見たことがない。

僕の家に脚本についての話し会いの名目で真田を呼んだのだが、気づけばそれは談笑に変わり、息抜きという名のゲーム大会へと発展し、酒が入った後、

もう23時かと彼は終電に乗って帰って行った。

僕はそんな彼を「ET」のラストで夜空を仰ぐエリオット少年のごとく見送ると我に帰り、自分の不甲斐なさに呆れ果てた。


「僕はなんて不毛な時間を...」


だが自己嫌悪に陥っていても何も解決はしない、とりあえず腹が減った。

こんな時こそ「のびる」の出番だ。


この店は戦前からあるのではないかと疑うレベルのオンボロ木造建築であり、静まり返った住宅街にぼんやりと明かりを灯している。何故夜にしか営業してないのかは謎だ。


駅からは割と近いのですぐにたどり着いた。

すると、どう見ても「のびる」にはそぐわないようなシャレた風体の女性が店の前に立っていた。

顔は暗くてよく分からないがおそらく美人だろうというのが後ろ姿から伝わってくる。

逆に怖い、幽霊か何かだろうか。

僕が警戒していると、扉を開けようとした女性は手を止め、こちらを振り向き、少し驚いたようにこう言った。


「おや、奇遇だね。」


驚くべきことにその女性は桐ヶ谷先輩であった。


「な...なぜ先輩がここに...?」


「...?なぜって、君も噂を聞いて来たんだろ?」


「ウワサ...?」


「ああ、サークルで噂になってるんだ、ここの蕎麦がうまいって、確か真田くんが発信元じゃなかったかな?」


「あ...」


以前に一度、真田をこの店に連れて来たのを思い出し、心の中で奴に悪態をついた。


「僕は以前から、この店の常連でして...」


「そっか、そういえば君は真田くんと仲良しだったね」


いや、今僕の脳内では数少ない「友人」という存在を一人失うリスクを取って奴と絶交するかの審議が始まったところだ。


「立ち話も何だし、中入ろうよ、私お腹減ってるんだ」


「えっ...はい」


正直クソ気まずい。

店に入ると顔馴染みの店主のおっさんが僕と先輩を交互に見つめた後、意味深に僕にウィンクした。

もうどうにでもなれ。


「君はいつも何頼むんだい?」


「えっと...コロッケ蕎麦を...」


「コロッケ!?蕎麦にコロッケ入れるの!?それ合わなくない?」


僕はこの発言に対し、脊髄反射的に反論してしまった。


「ハッ!愚問ですね、合うに決まってるじゃないですか!そもそもコロッケ蕎麦は遥か昔から存在する由緒正しき蕎麦なんです!これは蕎麦界隈の中でも常識、先輩も、まだまだ無知ですねぇ!」



しまった。

先輩が目を丸くしながら僕を見ている。まさか人生において、コロッケ蕎麦愛が裏目に出ることがあるとは思わなかった。もう僕は一生何も愛さない。物への執着は捨て去ろう。人類よ、今こそミニマリストになる時だ。


少しの沈黙、心なしか先輩の目の色が例のあの日の色に近くなった気がした。


「ふぅん、私が睨むだけであんなにビビってた一年坊やが一端の口叩くようになったんだね」


先輩はほとんど表情を変えずそう言った。

というかやっぱりビビってたのバレてたんですね!

皆んな!先輩のご慧眼に拍手!


「まぁ許すよ、君が私より良い映画を作ったのは事実だからね、それにしても、それだけデカい口叩いてるってことは新作にもよほど自信があるんだろうね、あー楽しみ」


「あっ...いやそれは」


「ん?どうかした?」


何も言えなくなった僕を見て、先輩は色々と察したらしい。いや、見透かしたって表現の方が正しいかもしれない。


「もしかして..スランプ中?」




気がつくと僕は、自分が陥っている現状を先輩に全て話していた。僕の愚痴と悩みの入り混じった相談を、先輩は、黙って聞いてくれた。店主のおっさんはただならぬ雰囲気を感じ取ってか、普段よりしゅんとしていた。ごめん、おっさん。


蕎麦を食べ終え、空が薄く白みだしてきた頃、

僕はついに去年の映画の事を、先輩に話した。


「あの映画はその...なんていうか事故みたいな物だったんです。そんなつもりないのに、メッセージ性とか、そういうの勝手につけられちゃって..

先輩の映画の方が何倍もすごいです。僕がサークルに入って、自分の作品作りたいと思ったのも、実はオープンキャンパスの時に先輩の映画を見たからで...

僕の映画、過大評価なんです。

迷惑かけてすみません」


全て言い切った、本当は先輩の映画みたいに誰もが感動するような作品を作りたかった、でもそんな才能も技量も、僕は持ち合わせていなかったのだ。

だから「お笑い映画を撮りたかった」みたいな嘘を周りにも、そして自分にもついていた。 

逃げてたんだ。


「私はそうは思わないけどな」


「...えっ」


「例えばメッセージ性の部分、あの映画って実際、君の経験談とか普段考えてることもだいぶ入ってるでしょ?」


「ま...まぁ入ってますけど」


「だったらそれはあの講評に書いてあった通り若者の苦悩だし、コロナウイルスも、貧困も、君が実際体験した社会問題な訳じゃん?」


貧困を否定しきれない自分が悔しい


「君が意識してないだけであの映画にはちゃんとメッセージ性が込められてたんだよ。って言うより滲み出てたって感じかな」


「...ありがとうございます。でもそれなら新作はやっぱり無理そうですね。僕にはそれ以上の映画に生かせるような人生経験が全くないんで...」


「えっ!そんな事ないでしょ!?例えば今日朝まで蕎麦屋で私と話たことだって立派なエピソードの一つだし、君がさっきまで長々と話てた悩みもネタになるでしょ!」


言われてみればそうかもしれない。プレッシャーで視野が狭くなっていた。


「日常の些細な出来事でも、物語にしてみれば案外面白くなるもんだよ。それに、自分が経験したことしか物語にできないなんて事もありえないから、人間の想像力舐めんなよ、視野を広く持つこと!」


午前5時頃、僕らは話を切り上げた。


「じゃっ新作期待してるから、頑張りたまえよ、監督くん」


「ありがとうございます。先輩の新作も楽しみにしてます」


「おー!次は負けないからな!」


数時間の会話の末、僕ら二人はすっかり打ち解けていた。


そして驚くべきことに、蕎麦屋を出る頃になると僕は脚本を書きたくて仕方がなくなっていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ