「右」
南門を抜けた帰り道に、ふと過った考えがスマホを確認させる。
「高野、お前今日スマホのロック外した回数覚えてるか?」
「は?」
俺は覚えていた。
尾見の話に怯える自分の感情を理解しようと、落ち着き無く何回スマホを開いていたのかを確認したからだが、五十二回。
受け取り電池を確認したから五十三回の筈だ。
「よし!」
「何がよしなんだよ?」
スマホがあのボスト受けに入り続けていたとは限らない、あれだけの隠蔽工作をした尾見の仲間がスマホに何かを仕込んでいた可能性を、ロックを外した回数で一応に判断したが、恐らくロックを外さずにスマホを弄る方法は幾らでも有る。
知らないアプリも探すが見当たらない。喜ぶべきか疑いを募らせるべきか……
いや、募らせた所でキリがない。
高野はアプリの確認をさせて理由を説いたが、スッカリ尾見の話を信じているからか反応は薄い。
話を信じた高野がウチに泊まって聞きたかったのは、話して良い相手は何処までかだけだ。
和希は? 親兄弟や彼女や大学以外の友達や……
普通に考えれば全部アウトだろうが、尾見の考えでは全部OKなのだろう。むしろ噂を流させようとしていたのだから。
けどそれを俺は高野に伝えられずにいた。
別に高野の口の軽さを気にしている訳ではないが、一歩間違えば命を落とす可能性がある俺が気付いた真実を、高野に伝え気付かせる事の危険性を考えての事だ。
だから俺は敢えて軽口をたたき、和希と家族までにしておけと告げて、話をボカして真実を伝えなかった。
「そういや、下で何か見付けたのか?」
サーバールームで俺が静止したアレの事だろう、それも真実に近付く事だからと見付からなった事にした。
「何だよ、てっきり更に広がる部屋の扉でも見付けたのかと思ってたのに……」
感がいいのか悪いのか、迂闊に話していたらスグに危険ばかりを寄せ付けていただろうと思わされると、真実を話してはイケナイと強く強く口を噤んだ。
これこそが、詐欺師やスパイが敢えて慎重な人間をターゲットとして近付き、その信頼を勝ち取る理由なのだろう。
翌朝、高野はスッキリしたのか皆の知らない事実を知ったと理解しエラく上機嫌に出て行ったが、俺は重苦しく頭に残る未解決の謎を纏める事で自分を納得させようとしていて、講義が頭に入る事は無かった。
先ずは換気ダクトの先だ。
西側に向いているなら間違いなくあの交番裏のコンクリートの建屋が出口なのだろうが、排出される空気の音や風は感じない。
勿論、構造を巧くすれば音や風を目立たなくする事は出来るが、その分排気機能も低下する。
けれど政治結社の家の主が、交番の巡査への挨拶をさせるように促した記憶から、交番の巡査もグルの可能性すら浮かんで来る。
もしそうなら簡単に解決だが、考えれば考える程にグルの可能性ばかりが浮かび出す。
何せ交番の巡査にしろ北門前の家の住人にしろ、家の前で外ばかり見ているのだから……
昔から団体犯罪の多くのケースで警察組織の中に土竜が入り込んで情報を流して捕まらなかった事が、後から後から出て来る昔の新聞に見る報道も今はそれすら報道規制か、なあなあになっただけなのか……
帰宅後スグにまちの資料館へと足を運び資料を探した。
俺が見付けたサーバールームとされた部屋から北西側へと向かうあの扉の先に何が広がるのか、記憶を辿り建設中の写真の中に答えを探した。
大学建設中の何気無い数枚の写真を観ていた小学生の俺に〈何であんなに掘ってた場所に何も無いのか〉と不思議に感じさせたあの写真を……
その日は見付からずに閉館時間を迎えたが、小学生当時の記憶がどんどんと甦る。
あの北門前の家の庭に妙な穴が在った事。
それを防空壕の跡だと言ったのは誰だったのか……
家が建てられたのは大学と同じなのだから、戦後だ。
大学の東西を別ける講堂が建つ場所の北に北門が在る訳ではなく、北門は西寄りに南門は東寄りに在り、車が通れるのは地下への建物と共同棟の間にある通路までだ。
三年前、北西端に建った円筒形の研究棟には徒歩か、外へと繋がる西の道路に面した駐車場。
大学の建設当時から他校との交流にも使われるグラウンドにも隣接する場所に位置し、研究棟が建つ前はあまりに広い駐車場としてアスファルトが敷かれていたが、そこに在った建屋の屋上に物凄く大きなファンが回っていたのを、確か……
〈ネットのマップだ!〉
数年前の航空写真で観た事があると気付き急ぎ確認したが、何故か今は制限がかかりボカシが入っていた。
深堀りされたグラウンドと、昔からある駐車場に建てられた研究棟。
調べた事を考えると、大学西側に位置する物は地下へと通ずる可能性があると判る。
北門前の家と西南の交番にも役目があるとすれば、監視。
俺の頭の中で配管が迷路のように配置され、迷走する思考の瞑想からか大学の構内マップに地下空間を重ね見ていた……
「来年の今頃は世界も変わってるでしょうな!」
突然思い出した河野の言葉が頭を過り、頭の中の配管が形を変えると細菌兵器の研究所を思い出し、換気ダクトの存在理由に思い当たる。
来年の今頃に何かが……
■あとがき
この作品に登場する人物は、夏ホラー2023参加の短編『沸き立つ波に』に登場する人物と同じですが、別の事件です。
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