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ダクト  作者: 静夏夜
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「左」


 予想に反して脅しをかけられ怖気づくような状況にもかかわらず、何故か確信めいた物が肝を据える。


 講師が学生の名前や家やを調べるのは簡単な事に思えるかもしれないが、受け持ちでも無い学生を顔だけで調べるのは困難極まりない。

 けど、それを可能にする俺を殺さない理由にも繋がる答えも、この部屋の外と入ってスグの壁に見付けている。


 一つは血の付着した学生証、血の痕跡が部屋にも階段にも見当たらないのは、誰かによって拭き取られたという事を意味する。


 もう一つは今、俺の左足の少し後ろ辺りに何かを運び終えて畳まれ壁に立掛けられている段ボールだ。小学生の俺を回り道させ先生にチクっていた北門前に住むあの家の政党ポスターと同じ紋様が描かれている。



 そして和希とも高野とも見たあの積荷だ、サーバーの機械だと言われて納得するかと問われたなら、答えはNOだ!

 いや、高野と見た今回だけなら納得出来たかもしれないが、和希と見たあの日にトラックが冷蔵車である事を確認している。

 サーバーを冷やす必要があるとはいえ、それは稼働するHDDの熱を冷ます為であって、運ぶのに冷蔵車を使えば逆に結露で壊れ兼ねない。


 詰まる話が、この部屋に置かれた機械は全て別の場所から運び入れられた。それも極々最近。

 いや、今朝俺に尾見が話しかけて来たあの後から十二時間程の内にこれを仕込んだ可能性すらある。


 それが何を意図するのか。


 この部屋が他の何処かにも繋がっているという事だ!


 換気ダクトが無ければ、下に溜まる二酸化炭素濃度を下げる術が他にない限りは酸欠を起こし兼ねない。


 それを裏付けるように奥の壁に換気ダクトが見えているが、西側に向いて排出する換気ダクト、地上に置き換えればグラウンドと雑木林が広がっている方向だ。

 在るのは北西の端に三年前建てられた大きな円筒型の研究棟と、南西の端には例の交番裏に在るコンクリートの建物のみ。


 部屋に見付けた手洗いがある水道管は北側の上に伸びているが、下は剥き出しのコンクリートなのか絨毯が敷かれ排水口は見当たらない。

 けれど北側にも広がっているならテニスコートを越えればあの家だ。この地下施設が政治結社に関係するなら当然……



「冗談だ、教えてやるよ」


 尾見が安易に人体実験の成り立ちを語り出した理由は、既に今朝までに一人殺しているからに他ならない。

 それも、この件に全く関係ない学生を……


 一人消すなら隠蔽工作も出来るが、三人、それも関係ない生徒と時間を違えてとなれば流石に疑いを持つ生徒が出て来る。

 消えた生徒の噂が尾を引けば例の噂に紐付けされ兼ねず、探索する生徒が増えればそれこそ彼等の政治結社にとって最も厄介な話になる。


 だからこそ、この部屋だけを切り捨てて別の噂を流せば……



 そう今、尾見が語っている戦時下で成し得なかった人体実験の続きを政府の依頼で行っていた、等という恰もな話は、自分達が勝手に行って来た不当な行為を政府が関わる正当性の有る事だったかのようにして、俺と高野の口を使って厄介な噂を都合の良い噂で打ち消そうとするものだ。


 目には目を歯には歯を、噂には噂と……


 そこに気付いたからこそ強気に問えたが、恐らくこの先に広がる施設を知る事は叶わない。

 だからこそ、せめてその欠片となる証拠を掴んでおきたいと考え、在るだろう向こう側への扉の痕跡を求めていた。


「けど、何で医学部も無いこの大学で?」


 高野が尾見の話に食い付き聞いているが、俺には答えが見えて来た。

 細菌と遺伝子工学の分野に繋がる人体実験なら、この大学で行う理由も肯ける。


 元は元はと元の話に紐付けられて行く話の中には出て来ない、このまちの歴史を地元の俺は小学校で教わっている。

 自分の住むまちの歴史を近所の爺さん婆さんやの話でも聞いたが、誰が観るのか市税で建てた歴史資料館の中で見た戦時下の航空写真でも、この大学は存在していなかった事を知っている。

 ここに在ったのは当時の軍が秘密裏に盗み見たドイツの資料を基に作ろうとしていた細菌兵器の研究所、敗戦後にGHQ等の調査から逃れる為にと爆破していた結果、細菌兵器の残留物が近隣住民を襲い、その慰霊碑と共に建てられたのがあの講堂だ。

 ただ不可解な事に、細菌兵器の残留物が消えたのか疑う声にも耳を貸さず、講堂完成から五年後にはこの大学が講堂を囲むように建てられている。

 そして、例の北門前のあの家もその時に建てられた事は大学建設時の写真で知れた。


「検死だよ、警察が不審死扱いした検体を検視・検案・解剖するのに当時は色々言われるもんだから、病院でやるにも衛生上の問題を指摘されたりするから、秘密裏にここへ持って来たのを昔居た学校医がやってたんだと!」


 それこそコチラが検証しようの無い巧みな嘘で納得させ、歴史を平然と捻じ曲げるような話にも思える。


 不意に尾見が段ボールに目を向けたのを俺は見逃さなかった。


「少しだけ奥の方も見るか?」


「え、はい!」


 高野が無邪気に喜ぶ中で、俺も“良いんですか?”と言った顔を浮かべて尾見を見た。

 だが内心は、段ボールに描かれたあの紋様を隠す為の時間稼ぎだと理解している。


「大学のサーバーだ! 絶対さわるなよ!」


 二人だけで行く事を許す理由は予想通りとしか思えない。

 だが、こんなチャンスは……


 ノロノロ見回す高野を他所に俺は奥へと足を速め、壁と床と天井に目を凝らす。

 西側と北側に狙いを絞っているが、入り口が東南に位置する事から南の壁からしか調べられず、北や西は天井付近しか見えない。

 それを二メートル程あるサーバーの機械までもが邪魔をする。


「おいアキラ速えって!」


 スッカリ馬鹿になった高野が俺の行動を尾見に聴こえる声で判らせる。


〈この、馬鹿野郎!〉


 内心は頭をどつきたくなる程に怒っていたが、それこそバラすようなもの。グッと堪えて笑顔で振り向き考える。



「そりゃお前、興奮もするだろ!」


 高野の後ろで段ボールを弄る尾見が見えた。と、同時に入り口扉の上に配管が在る事に気が付いた。

 配管を追って見ると東側の壁に沿って北側の壁を貫いている。入り口からは東壁に置かれたロッカーのような物のせいで見えていなかった。


 向きを変えると見えて来る物がある事に気付いた俺は、スグに隣の列へと入る。


「やっぱりだ」


 西側を視認しながら更に隣へ隣へと北側に向かって行く。

 足下には剥き出しの配線が床を這う。

 その配線の行き先を追って行くが、ふと止まった俺を高野が追って来るのが見えて、掌だけを向けて静止させ、人差し指を残して内緒の意を告げる。と、意図を理解したかは判らないが、高野は尾見の様子を探りに来た方へと戻って行った。


 恐らくここにも監視カメラの類は設置されているだろうが、俺が何を求めて彷徨っているのかは観ているだけでは高野と同様に判らない筈だ。

 俺はなるべく視線だけを向けるようにして移動する事にして、遂に配線の行く先を横目に見付けた。


「おい、そろそろ戻れ!」


 俺はソコを見ていないかの如くに顔を向けずに壁や天井やを確認し、北西へと繋がる扉の存在を確認しつつも、これ以上の詮索が自分の命を代償にする程の事ではないと言い聞かせ、尾見に従い戻る事にした。


 サーバーの配線は、されているようでされていなかった。恐らく本物のサーバールームの予備サーバーの機械とケーブルをそれっぽく繋げて電源を入れただけのフェイクだ。

 本当に繋いでいるならあるだろうタグも無ければ番号すら無い。そもそもHDDを管理する為の機械が無い上に、ダクトの風が強く埃が立つタイプの絨毯を敷いてる時点で凡そは疑う。


 そして、見付けた配線ケーブルの先は丸め置かれ、その後ろの壁に扉が在る事を示すように不自然に置かれた一台のサーバーの機械が壁を隠すように置かれていた。


「もういいだろ! 行くぞ」


 尾見が部屋の外へと俺等を追い立てる。ありがたく外へと先を急ぎ出た。

 施錠する尾見の後ろで高野が俺に何か見付けたかを口の動きで問うが、俺は“後で”と返し黙らせ、高野に階段の上へと顔を向かせ俺は下を向き考えていた。

 あと少しで無事に帰る事が出来るのだから、これ以上の詮索は足をすくわれる。そんな思考が脳裏を埋め尽くしていたのには理由が有る。


「先に行け!」


 尾見が階段の後ろから俺等が何か持ち出していないかを確認しながら追って上る。

 上るにも慣れない外側への傾斜が手摺も無い階段で身体を揺らすが、二つ折り返して安堵した。



 尾見が施錠している間に学生証を確認していた俺は、推測通りの名前に愕然とした。


 尾見がアレを俺に見られたと気が付けば、先に高野が俺を呼んだあだ名に照らし合わせて、何故それがソコに在るのかを容易に俺等でも察する事が出来るからだ。


 あくまで殺された男の事は別件とするからこそに、この隠蔽工作が成されているのだから。


「相楽君、だよな?」


 ボソリと呟くその言葉に帰り道を塞がれたような気がして唾を飲む。


「それが、何か?」


 上る足を止めてしまえば今立つこの踊り場でも殺される可能性に、身体を揺らして地上を目指し、高野が余計な事を言う前にと腰を押す。


「お、これ安定するな」


 こっちの心配を他所にお気楽な言葉を返す高野に、この腰のベルトを引いて落として尾見にブツケて逃げられないものかと、ロクデモナイ思考が脳裏に過る。


「おおぉ、着いたぁ、マジキモッ!」


 高野の安堵が俺の不安と怒りを同居させるが、返答の無いまま来た尾見がヌメりを含んだ疑いの目を俺に向けていた。

 一瞬たじろぐが外はスグそこだ。

 敢えて質問を返す事にした。


「このエレベーターに人は乗れないんですか?」


 尾見の目がエレベーターに向くのを見て、刃先が逸れたような感覚がしたが、一瞬で背筋を凍らせる。


「乗りたいか?」

「え、これ貨物用じゃないんすか?」


 高野は帰れると思っているからこその反応だが、この質問は事を変え兼ねないからこそ俺なりの確認だ。


「乗りたきゃ載せてやるぞ!」


「え、ああぁでもいいっす、未だにあの気持ち悪いの上った後で、スグに下りるのは何か……」


 そうじゃない感がハンパないが正解だ!

 エレベーターに載る、それはイコール死体になるという意味だ。


「あ、でも中がどうなっているのかは見ておきたいかも!」


 余計な事を……

 尾見がヌメっとした目で俺にも確認する。


「いえ、その、見れるなら……」


 迂闊に見たくないとすれば、先の意図に気付いたと言うようなもの。


――KUUUUBOMUNN――


「ただのエレベーターだが、古いからな」


 学生証がアソコに落ちていたのはコレで運ばれたと考えるのが妥当だ。けれど血の跡も匂いも感じない。

 在ったら俺はどうする気だったのかまでは判らないが、殺された学生への手向けにでもする気だったのかもしれない。

 俺としては聞いても説明されるだけと踏んでいたからだ、まさか中が見たいなんて言う馬鹿が居るとは思わなかった。


 血も拭き取られたのだろう中を見た俺は息を呑み、思わず安堵の息を漏らしそうになったが、口を窄めて音の出ない口笛を真似て息を細め誤魔化した。


「お前ら、他言無用と肝に銘じておけよ! 話を耳にしたら卒業出来なくするからな!」


「はい」


 高野と共に肯き返すが、卒業出来ないのは単位的な話では無い事を理解している俺と、理解してない高野の受け取る言葉の重さに差はあるが、兎に角ここから出る為の最後の審判を乗り切ったのだと理解した。



 扉の前で解錠する尾見の隣にスマホを入れたポスト受けが見える。入る時には暗くて気付かなかったが、ポストの下に配線された何かのコードが見える。

 ポストの上にも壁の中へと配線されているコードは、外のブザーの辺りにも思えるが、流石にその程度の配線処理は建てる際にしている筈とも思えたが、中学の時の記憶が甦った。


〈そうか、だからか……〉


 恐らく上は極小サイズの監視カメラで下はマイクとスピーカーだ。

 ブザーの上にカメラ、ポスト受けにマイクとスピーカーが在ったからこそ応答する声が聴こえ、あの日に検体と言う言葉を拾えたのだと理解出来た。

 同時に、それによりあの運ちゃんは干されたか消されたかで見なくなった訳かと……


――KATYANN――


「ありがとうございました!」


 高野が講義を受けた講師に挨拶するかの如くに礼を述べ出ようとするのを尾見が呼び止めた。


「お前、スマホに課題入ってるんじゃなかったのか?」


「あ、イケね! ありがとうございます」


 そう言ってポスト受けから取り出したスマホを受け取る高野だが、渡されスグに起ち上げて漏らす一言に、何故ポストに入れたかも理解した。


「ヤベっ! 電池切れそう」


 アルミ製のポスト受けに入れたスマホは電波を拾えずに位置情報も更新出来ないまま、電波を探して電池を余計に使っていた。

 もし中で何か遭っても、その時は……


 尾見が俺にスマホを渡す際にジッと見つめて来る、その目は疑いを消せずにある事を物語る。

 俺は頭を下げて受け取り高野を追って外へと急ぎ出た。


「おい、今後俺には近付くな! 挨拶も要らん! 話しかけるな、いいな!」


 関わりも消すと言う事だ。


「はい」


 それに応えるでもなく後ろを向き施錠する尾見だが、チラリとコチラを向き顎で俺等を追いやる。


――KATYANN――


 頭を下げそうになるのを躊躇い高野と見合ったが、振り返る事無く帰る事にした。


 当然、高野は俺の家に泊まり見た事全てと今後を話し合うつもりだ……


 

 続く!!!!!!!

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