「興」
偶然にも辿り着いた噂の真相がココに在ると直感した。
俺は和希の脇を肘で小突いて解からせると、和希が頭を揺らす動きが伝わって来た。
いや、肯き過ぎてバレるのを恐れて強く小突くと、小突き返され安堵する。
不意に背中の壁越しに下から何かが迫り来る足音の響きを感じて、建物の中の構造にピンと来た。
〈外観はフェイクだ!〉
トラックの方に在る扉を開けば地下への階段になっていて、今隠れているこの建物の下に、噂の人体実験の部屋が在るって事だ。
――KATYANN――
鍵を開ける音と同時に重たい鉄扉の開く少しコンクリの建物側が軋むような振動が壁伝いに来ると、最後まで開ききったのか壁に当たる音と振動が来た。
「あの、口にしないでもらえます?」
「え、何が?」
「ちっ! やっぱり河野さんじゃないと駄目か」
「え、河野からは何も言われてませんけど……」
「ああ、もういいから中に入れちゃって下さい」
話の意味は解らないが河野という人が今ココに居ない事だけは分かる。
〈口にしないで貰える何かって何だ?〉
――GARARARARARA――
――GAKKONN――
中から出て来た男が外を見張りつつ、トラックの運ちゃんが何かを建物の中に入れては階段ではなく、何かは判らないが鉄板系の棚に運び入れる音が三回繰り返された。
「それじゃ、荷台閉めたらエンジン切って」
――BATTANN!――
「行きましょう」
「あ、はい」
――KATYANN――
運ちゃんと二人が建物の中に入ると扉を閉め鍵を掛ける音がした。
ヘッドライトが消されて急に真暗になり、状況が分からないまま聞き耳を立てていると背中の壁伝いに何かが閉まり動き出す振動……
〈エレベーター?〉
トラックの荷台から降ろした何かを地下施設へ運んでいる事は分かるが、それが何だったのか……
「暑ぅ……」
隣で和希がジャージのジッパーを下ろす音が聴こえて我に返り、俺もジッパーを下ろして顔を出した。
陽は落ちたとはいえ暑さが残る夏の夕闇、プチサウナ状態から出た汗ダクの身体には涼しくも思えるが、シャツの裾をバタバタと仰ぎ火照りを冷ます。
トラックのエンジン音とヘッドライトが消えて、辺りは急に静けさを取り戻していて、俺と和希の仰ぐ音さえ目立つ気がすれば、自身の置かれた状況も理解して来る。
「サガちゃん、今の内に行こうぜ!」
おう!
と返事をしようとした一瞬、思考が足を止める。
「トラックのナンバーと会社名!」
「おお、そうか! 怪しいもん運んでるトラック調べりゃ何か出るかもな!」
我ながら冴えている気がした。
建物にさっき鳴っていたドアホンのカメラや別のカメラも有る可能性を考え、建物の脇からナンバーを確認して少し離れる。
書く物を持ってないから語呂合わせの記憶任せに覚えたが、都市部のナンバーで特殊車両の88が付いていた。
荷台の造りから冷蔵車なのは理解出来たが、一般的な運搬車両や社用車ならドアや荷台の何処かに書かれているだろう筈の社名が何処にも無かった。
カメラを気にして少し大回りでトラックの前へと行き、遠目に確認するがフロントガラスにドライブレコーダーらしき物も無い事から、和希に肩車をしてもらって運転席を覗いてみた。
ダッシュボードに色々な物が置かれているが、主にゴミや景品応募に集めた何かと中学生の俺には解らない書類の束。
助手席に置かれたモニターが付いた怪しい機械は、何に使う物かは解らないものの非常に怪しい……
「あ、サガちゃん! これ前のナンバーと後ろのナンバー違ってる!」
「え、それ覚えられる?」
「オレの頭でか? 知らねえかんな!」
運動神経は良いが頭の方は良いのか悪いのか何とも言えない和希の成績表は、そもそも本当に試験勉強しないで中の下位の点数が取れてるだけに勉強すれば頭は良さそうなものだけど……
「良いよ! 大丈夫、だと信じる!」
シートの後ろの方にもゴミの山みたいに物が無造作に置かれていて、その中にナンタラ物流とかナンタラ運送とか色々な名前が書かれたシールではない、裏が黒の……
「何か、東京物流とか大阪運送とか向きの違う色んな名前のマグネットシートが束になって幾つも見えるんだけど、何だろ?」
すると俺の下で何も見えていない和希が機転の効いた推察を口にする。
「多分それ左右だよ、車の社名をその時その時の都合に合わせて貼り替え出来るようにしてんじゃね?・・・あ、これ犯罪に使う車両か?」
冴えてる……
何か、上に居るのが俺で申し訳なく思える程の和希の推理に、ただ肯くばかりで上に居る分俺も何か見付けなければ、と更に覗いていた折だった……
――KATYANN――
「ヤベッ! サガちゃん!」
焦り和希がしゃがみ肩から降りると、周囲を見渡し親指で向かいの建物の地下への階段を指して走り出す和希、俺も続いて走り出すとスグに後ろでドアが開く音と人の音。
何とか階段に滑り込むように隠れると、少し頭を出して確認するが、トラックに隠れて良く見えずも何かを乗せる音。
――GAKKONN――
――GARARARARARA――
――BATTANN!――
荷台の扉を閉めて何かを話しているが、会話もトラックの後ろからでは声が籠もって上手く聴き取れない。
暫くすると運ちゃんが運転席へと歩み出し、声もクリアに聞こえて来た。
「はい、すいません。今度から気を付けます。はい。いえいえ、尾見さんにはお世話になってるから失礼の無いように、って河野の方からも言われてたんですけど、いやこんな検体運ぶのは初めてだったもので」
「いや、だから口にするなって言ってんでしょ!」
「え、あ、あぁ゙ぁ、すみません」
「もういいから、コレもあんまり人に見られると困るから、早く行って! ほら、早く早く!」
「はい、はいはい。それじゃ、失礼します」
――BURORORORORO――
エンジンがかかるとスグにヘッドライトが点き、コチラを照らされ慌てて隠れるが、尾見と呼ばれた男がコチラの動きに気付いたのか、歩み寄って来るのが後ろの建物に影として映る。
〈ヤベ!〉
和希と顔を合わせて考えるが、影はどんどん小さく近付いて来る。
――PUPUUU!――
「うるせ! バカヤロッ! クラクション鳴らしてんじゃねえよ!」
ヘッドライトが横へとズレて影を消す。
と同時に走り去るトラックの運ちゃんがサンキューホーンを鳴らした事に、尾見が怒鳴って何かを投げて怒りを顕にしているのが覗き見え、一気に駆け出し建物のもう一つの地下への階段に滑り込んだ。
幸い俺等が走る足音はトラックのエンジン音と尾見の怒鳴る声に掻き消され、尾見が気付いた様子はない。
その証拠にトラックが走り去ると怒り混じりのため息を吐き捨て、さっき俺等が居た階段を一応に確認していた。
〈セーフ!〉
審判のポーズを手で小さくすると和希は親指を立てて来たから〈アウトかよ!〉と小さくツッコミを入れて安堵した。
スグに尾見は建物の中へと入り、俺等は様子を覗いて出て来ないのを確認すると、一息吐いてどうするかを考える。
まだ地下で尾見が外の様子をカメラで覗いてる可能性に、遠回りしてあの建物の前を通らずに構内から出る事にした。
次の日から和希は部活の別メニューが付いて一緒に帰る事が出来なくなったが、俺はその後も帰り道として建物の前を通り確認したけど、扉が開く事もあのトラックも尾見の姿も見かける事は無かった。
アレが何だったのかも分からないまま卒業を迎え、俺は和希と同じ高校に進む事になり電車通学になって大学構内に入るチャンスを失った。
続く!!!