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月の蘇る-6-  作者: 蜻蛉
最終話 決着
43/53

1

 梁巴を過ぎ、繍の中に入って。

 山麓に陣を構えた。

 苴の付き合いによる出兵とは言え、一万の兵を連れて来た。余りに数が少ないと、また苴が文句を言って来るだろう。

 そもそも宗温に決定権は無かった。既に碑未が決めていた。

 連れて行ける限りの兵を繍に入れろ、と。

 都は繍攻めに前向きになっていた。朔夜の脅しではなく、自らの意志として。

 従わざるを得ない。周囲がそちらに向けば向く程、宗温は逆を向いている。

 何か腑に落ちない。元々が渋々の出兵であったが。

 しかしこれは己の仕事だ。やらねばならない。職を辞すか実行するかの二択だ。

「朔兄はどこまで進んだんでしょうね」

 賛比が独り言のように訊く。

 彼の言があったからこそ、まだこの場に前向きに居られる。

 確かに兵達は繍攻めに積極的だった。前王龍晶の仇だと言って。

 しかしそれを大っぴらに言う事は出来なくなった。王府から公表があったのだ。前王は病死だったと。

 それに納得していないのは、賛比は勿論、宗温も同感だ。

 何故国は真実を歪めようとするのか。

 繍を攻めたいのなら、兵の士気を上げる為にも真実を報せるべきだろうに。

 矛盾を感じたまま、真意を確かめられずここに居る。

「総督」

 先刻の問いを無視されたと思われたのか、賛比が振り向いた。

 が、そうではなく、別の問いが重ねられた。

「国は何を考えているのでしょうか」

 同じ矛盾を考えていたようだ。

「なんだか、国は俺達の目から龍晶陛下の事を逸らせようとしているような気がして。なんで病死なんて嘘を」

「…灌がそう発表したからだろう」

「陛下が灌に逆らえないからですか?親の言う事は嘘でも絶対だと?」

「滅多な口を利くな」

 叱責して、しかし否定する言葉は続けられず。

「灌は何故病死だと言うのでしょう」

 怯まない賛比は疑問を問い続けた。

「真実を知らぬ訳は無いでしょう。自分の国で起きた出来事なのに」

「可能性は二つだな。一つは本当に灌がそう思い込んでいるという事だ。私人となった龍晶様を灌は放っておいたのだろう」

「そんな事有りますか?隣国の前王ですよ?しかも、自ら保護を買って出たのに」

「まず有り得んだろう。そうすると、もう一つの可能性に行き着く」

「…何でしょう」

「灌は、病死とせねば都合が悪いんだ」

「都合…?何の都合ですか」

 上官の鋭い視線だけが向けられる。

「まさか…」

「現に、華耶様は拉致同然に灌に連れ戻されている。口封じのつもりなのかも知れない」

「華耶様は戔を売ったのだと皆が言っていますが」

「そのようなお方ではない」

 否定したが、溜息は漏れた。

「…が、そうとしか言えないのも事実だ。華耶様のかつての言動は確かに龍晶様を想っていたが…」

「龍晶様の立てた法を燃やさせたのはあの方なのでしょう?しかも灌との結び付きを持たせたのは彼女が灌から来たから。今の灌の支配はそのせいだと皆見ていますよ。しかも、龍晶様が亡くなって早々に灌王の妾に収まるなんてね。女狐じゃあるまい」

「だから滅多な口を利くなと言っているだろう…」

 先刻と違って叱る程の声音では無かった。

 宗温自身、疑っている。

「拉致同然かどうかは分かりませんよ、総督。自分で喜んで帰ったんじゃないですか?だから同情なんてしなくて良いんですよ」

「同情など恐れ多い」

 言って、この話を切り上げる前に一言釘を刺した。

「もし再会する事があったとしても、このような事、朔夜君の耳には入れるなよ」

「朔兄?…ああ、仲が良いんでしたっけ?」

「同郷の幼馴染だと聞いている。華耶様が不老不死なのは、彼の力があったからだと」

「不老不死!?」

 素直にびっくりしている。

 知らなかったかと、宗温は喋り過ぎた自分を悔いた。

「そんな事が現実にあるんですか!?あ、でも朔兄は燃やされても生き返ったから、そういう事か」

「まあ…そういう事だ」

 もうこれ以上多くは言うまいと思いつつ。

「だからかなあ。変な話を聞いたんですよ」

「変な話?」

 賛比は頷いて、少し顔を顰めた。

「この国に着いてから、その辺の町を調査がてら歩いてみてたんです。そしたらね、やたら子供の死体が目につくんですよ。それも尋常な死体じゃなくて、体が裂かれているんです。全部、悉く」

「なんだと…?」

「近くの家に入って、住人に話を聞きました。それも逃げる上に捕まえても怯えて口を利かないから相当苦労したんですけど。脅して宥めすかして何とか聞き出した事がまた、異常で」

 宗温は頷いて先を促す。

「子供の肝を百食えば不老不死になるって言うんです。だから、子供は次々に捕まって肝を取られるんだと。ただでさえこの国の民は貧しいから、自ら我が子を差し出す親まで後を絶たないんだとか」

「…恐ろしい国だな」

「それにしたって、そんな事有り得ます?子供の肝を百食う、それで不老不死とか…馬鹿話にも程があるでしょう。本当に朔兄達が不老不死だとしてもね」

 宗温は腕を組んで考えていた。

 悪魔が居たこの国で、不老不死を実現する流言がこの辺境の地まで真実とされて浸透している。

 何を意味するのか。

「…子供とは…もしかして、彼の事なのでは」

「えっ?」

「彼の外見だけを見れば…。桓梠は、民を使ってでも彼を捕らえようとしているのでは」

 賛比が見開いた目で宗温を見返す。

「そんな事…」

「その話の続きを知っていますか?」

 急に割って入った声に目を見開いて二人は振り返った。

 天幕の入口に、皓照、そして続いて燕雷が入ってきた。

 燕雷は灌の様子を見てくると言って発っていたが、そこで皓照と合流したのだろう。

 顔には出さぬが、燕雷とてこの男を監視せねばならない。その腹を探る為に。

 それはそうと、皓照は己の話を続けた。

「普通の子供の肝は百必要なんですけど、ある特徴を備えた子供の肝は一つで十分なんです。それこそが当たりなんですけどね。さて、その特徴とは何でしょう?」

 何故か問題にして問われる。

 苦い顔で賛比は上官に問うた。

「なんですか、この人」

 初遭遇だ。

「失礼な口を利くな。この方は…」

 言いかけたが、さてどう説明したものやら。宗温とて言葉に詰まる。

 その続きは自らが引き取った。

「今は灌苴の軍事顧問と言った所でしょうか。近く、戔もそうなるかも知れませんね。君が私を再び頼ってくれれば喜んで引き受けますよ?」

 かつての部下に満面の笑みで言って。

 更に困惑した賛比の視線を躱すように、最初の問題に宗温は答えた。

「もしや、銀髪の子供と?」

「見事正解です。賞品は何も出ませんけど」

 当たり前だ。そして嬉しくない。

「矢張りこれは桓梠の罠…」

 宗温の呟きに、皓照は上機嫌のまま否定した。

「どうして桓梠一人で考えつくと思うんです?これはね、事実なんですよ。不死の心臓を口にすれば、その者は不死となる」

「え…!?」

 動揺を隠せない二人の声。

 それを覆うように厳しい声が後ろから。

「皓照、お前、桓梠と関係を持っているな」

 かつての仲間の追及に、赤い唇が吊り上がる。

「それが何か?」

 燕雷は拳を固めた。が、それを振り上げるのは無駄だと気付いた。

 躱されるだけならともかく、どんな反撃を喰らうか分からない。

「何故だ」

 それよりも真っ向から問う方が余程有益だ。

 この男は嘘を吐かない。その必要が無ければ。

 嘘で誤魔化さずとも、実力で人間は操れると思っているから。

「朔夜君を葬る為ですよ」

 至極当然のように答える。

「邪魔なんです、彼は。十年前からそう思って、準備をしてきました。いえ、殺すだけならいつでも良かったんですけどね。しかしもう少し彼の真実の力量を見極めても良いかと思って今日まで泳がせてきましたが。しかしそろそろ限界です。子猫ちゃんが成猫に変わりつつある」

「猫なら良いじゃねえかよ」

 呆れ混じりに燕雷は返した。

「猫の爪は鋭いですよぉ?百年前に私が最後の怪我をしたのも猫に引っ掻かれたからで」

「知った事か!」

 本気でどうでもいい。

「ま、どうせ葬るのなら盛大な葬儀にしてあげようと思ったんです。私から彼への贈り物ですよ、これは。何せいろいろと楽しませて貰ったのでね」

 燕雷は舌打ちして他方を睨んだ。

 皓照が朔夜を殺そうとしているのは既に知っていた。だからその動きを注視せねばならないと後を追っていたが。

 しかし、あとの二人――特に旧知の宗温は、それが信じられないという顔でかつての恩人をじっと見ていた。

「この戦…最初から、あなたの計画だったと…?」

 皓照は可笑しそうに笑って頷いた。

「朔夜君自らどんどん大袈裟にしていくので助かりましたよ。いやもう、その足掻きが可笑しくて。自分が死ぬだけなのに」

 その笑いを受けて、宗温は愕然としている。

 燕雷が再び舌打ちして彼に言ってやった。

「これがこいつの本性だよ、宗温。お前の信じてきた男の本当の姿がこれだ」

「燕雷、君にそんな言われ方をすると私がとっても悪人みたいじゃないですか。でもここは冷静に考えて下さいね、宗温。悪いのは誰か。あなたが望まぬ戦に仕立て上げたのは、彼の方ですからね?」

「嘘つけ、お前が…!」

 燕雷の反論は、非情な冷たい口調で返された。

「私は彼一人を葬るつもりで図面を引いていましたよ?」

 燕雷も、宗温も、言葉を失ってその男を睨んでいた。

 その中で、冷静な声が一つ、場を変えた。

「つまり、龍晶陛下を殺したのはあなたの計画という事ですか」

 賛比が、何者か分からぬ相手を見詰めながら。

「朔兄は龍晶陛下の仇を討つ為にこの戦を始めた。それを狙ってという事でしょう?だから、灌は真実を黙っている。軍事顧問と言うからには、そのくらいの指令は出す筈ですもんね?」

 皓照はにっこりと微笑んで頷いた。

「上出来の推理です」

「桓梠とあなたが繋がっているのなら、珠音の手引も難なくされて当然だった」

「ええ。彼は良い働きをしました。私達二人の意に沿って」

 賛比は初めて、その目に殺意を漲らせた。

「つまりあなたは、俺の仇です」

 言うなり、刀を抜いて。

「止せっ!」

 すぐさま宗温が反応した。

 皓照の、見えない刃が。

 庇った背中に振り下ろされた。

 賛比の刀が手から離れ、甲高い音を立てて地面に転がった。

「総督…宗温様!!」

 己の上に覆い被さって倒れた身に、賛比は悲鳴を混じらせながら呼ばわる。

「宗温!」

 燕雷が駆け寄り、その傷を見て。

 血走った目を皓照に向けた。

「治せ!お前は出来るだろう!?」

 それでも尚、その顔は笑っていた。

 信じられぬ物を見る目で賛比はその男を見上げ、そして震えた。

「仕方ないですねえ。ま、これは事故ですから」

 皓照が身を屈め、賛比が抱える宗温の背中を撫でる。

 手に血が付いた。

「はい、これで良し。恨みっこ無しですよ?」

 賛比に向かって片目を瞑って見せる。

 はっとして傷を見る。

 裂けていた皮膚が見当たらない。

 切れ切れだった宗温の息も、通常の寝息となっている。

「あなたは…」

 呆然として呟く。

「分かりました?私に逆らわぬ方が身の為ですよ?」

 子供への念押しのように笑顔で言って。

 立ち上がり、燕雷に告げる。

「宗温は暫し休ませた方が良いでしょう。指揮は暫く私が預かります。その方が苴とも共闘出来て丁度良いですし。戔の都は手を叩いて喜んでくれるでしょうしね?」

「お前…そんな事…」

 最初から、そのつもりだったのか。

 許されるのか。そんな事が。

「では、後はよしなに」

 呆然とする後ろを放って、皓照は出て行った。

「…燕雷さん」

 賛比の震える声音に振り返った。

「俺…俺は、どうすべきですか…」

 本当の敵を知って。

 その傘下に入る訳にはいかぬだろう。

「まずは、宗温の面倒を看てやる事だな」

「そんな事っ…!」

 言われるまでもない。

 無いが、大人しく怪我人の世話などしたい気分ではない。

「言いたかないが、お前のせいだよ。宗温が死にかけたのは」

 流石にそう言われると頭が冷えた。

「二人で戔に戻れ。いや…お前の仲間も連れて帰ると良い。子供はこの先を見ない方が良い」

「もう子供じゃありません!」

「じゃあ言い直すよ。朔が可愛がってたお前達は、この先を見ない方が良い」

 その意味する所を考えて。

 泣きそうな顔で、その人を見返す。

「あの男のやりたいようにやらせると、そういう事なんですか。朔兄は…」

 その先は嗚咽になった。

 泣きながら、賛比は言った。

「嫌だ…朔兄を殺さないで…」

 燕雷は俯き、考えて、呟いた。

「殺させはしない」

 言葉にすると、可能性はまだ有るような気がしてきて。

「殺させはしない。必ず生きて戻す」

 もう一度、はっきりと口にする。

 そして若者に正面から向き直り、言い聞かせるように告げた。

「宗温がお前を庇った意味をよく考えろ。朔夜も、龍晶も、お前が生きる事を望んでいる。生きてこの先の未来を見届けろ。あの金髪野郎の事は忘れるんだ。良いな?」

 龍晶は孤児で行き場を失っていた自分達に居場所をくれた。

 朔夜は刀を教え、無謀に戦場に出た自分を救ってくれた。

 その恩を思い出して。

 その二人に死を齎そうとするあの男を。

「忘れるなんて…」

「お前が敵う相手じゃねえんだよ!」

 怒鳴られて。

 分かる。それは、分かるのだ。

 だから悔しい。悔しくてならない。

 涙がぽとぽとと落ちる。自分を育て守ってくれた人の上に。

 今は、せめて、この人に恩を返さねばならない。

「…分かりました…」

 涙を払って、笑って見せて。

「朔兄に伝えて下さい。また梁巴で泳ごうって」

 燕雷は、その肩を叩いて。

 頷いた。同じように、堪えた笑みで。

「分かった。きっと喜ぶよ」

 意識の無い宗温と、彼に従う一部部隊は撤退した。

 しかし殆どの軍勢は残っている。その指揮は副官が執るが、実質的には皓照が握る。

 燕雷はこの陣に居続ける事の無意味さを知って、外に出て溜息を吐いた。

 もう止められない。否、最初からそれは止められない流れだったのだが、気付くのが遅過ぎた。

 まさか一人の少年を葬る為に、皓照がここまでするとは。

 そして、燕雷はもう一つ重要な情報を握ってここに来た。

 本来ならそれを宗温に相談しようと思っていたのだが。

 灌で知った。

 華耶の行方。

「…朔…」

 せめて燈陰が生きていれば、もう少し二人で無謀が出来たのに。

「朔…早まるなよ…」

 賛比ではないが、ここからどう動くか途方に暮れている。

 今すぐ朔夜達の元へ助太刀に行きたい所だが、この国の何処に居るのか分からない。

 ここに居たとして皓照の邪魔は出来ない。不可能だ。自分が消されるだけ。

 だけど、どうにか抗わねば。

 陣を出て、あてどなく彷徨う。

 ふっと、目の前に、黒い影が過った。

 目を瞠ってその影を見る。

「お前…」

 影の中にある、よく見知った、整った顔。

「姉に頼まれて来た」

 素っ気なく彼は言った。

「紫闇…」

 未来がまた、音を発てて動き出す。


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