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月の蘇る-6-  作者: 蜻蛉
第三十五話 悪夢
35/53

3

 桓梠に命じられた通りに、ある屋敷へと影に連れて行かれた。

 それ以上の事は聞いていない。そこで何をすれば良いのか、それすら知らない。ただ、言われた通りにせよとしか聞かされていない。

 それにしても大きな家だ。城廓を見上げた時のようにきょろきょろと見上げる。装飾も凝っていて、見ていて飽きない。

 その屋敷の使いの者らしき男と影が話す。

「桓梠様の使いだ。例の貢物を持って参った」

 影が言う。その言葉は周囲の観察に忙しい少年の耳には入らない。入っていたとしても意味は分からなかった。

 応対した男は影を不気味そうに見、桓梠という名にも顔を顰めつつ言った。

「分かった。主にはそのように伝える。ひとまずこれで手打ちとしようと、主からの伝言だ。伝えて欲しい」

「了解した」

 影は踵を返した。それに戸惑った少年は自分の行くべき方向が分からず困った顔をしている。

「おいで。良いものをあげよう」

 屋敷の者が優しく声をかけた。

 まだ戸惑いがちに影を振り返る。彼は頷き、一人帰って行った。

 それで中に入るべきなのだと理解し、屋敷の中に招き入れられる。

 良いもの、とは揚げ菓子だった。見た事は無いが、食欲を擽る良い匂いがする。

「食べていいの?」

 一応訊くと、にっこりと笑って頷かれた。

 わあ!と嬉しげに声をあげ、早速摘んで口に運ぶ。甘さが口の中に広がる。

「美味しい」

 笑顔で感想を言って、もう一つと手を伸ばす。

 そこへ別の男が入ってきた。

 桓梠と似ているなと思った。顔ではなく、纏う雰囲気というか、空気感が。

 歳がそこまで違わないように見えるからか。身につけている物が豪華なのも似ている。

「お前のご主人様だよ。彌羅(ヤラ)様だ」

 使いの男はそう言った。

 きょとんとする。己の主人は桓梠ではないのか。

「これか。桓梠が贈ってきた子供というのは」

 値踏みするような目。その悪意はまだ知らないが、何か嫌な感じはした。

 桓梠の所に帰れないのだろうか。

「確かに良い顔をしている。女のようだ」

「このような髪色も珍しいですね。美しい子です」

「このような宝、一体どこで拾ったのやら」

 何か不安を感じて大人達の会話を聞く。

 それを気取られまいと菓子を齧る。気取られたら、怒られるのではないかと思った。

「飢えているのか。桓梠はあまり餌をやらなかったようだな」

 それには首を振って言い返した。

「ご飯は貰いました。美味しいものを。でもお菓子は無かったかな。これすごく美味しいです。ありがとうございます」

 男達は笑った。

 その笑い顔を見て少しほっとした。悪い人達ではないのだろう。自分の人見知りだ。

 彌羅は頷いて、己の下僕に言った。

「寝所に連れて来い。だが桓梠の事だ。純真な子供と見せかけて油断させる気なのかも知れない。一切の抵抗は出来ぬようにしておけ」

「畏まりました」

 男は頭を下げる。

 言葉の意味が全く理解出来ず、丸くした目で男を見上げる。

 にこりと笑って疑念を躱すように言われた。

「まずは綺麗にしよう。風呂に入ってな」

 温まり、汚れを落とした身を布で包まれ、今度は女が出て来て顔を覗き込んだ。

「良きお顔。白粉も紅も映えましょう」

 顔に白粉を塗られ、口に紅を塗られて。

 何をするんだろうと考えている。村では祭祀の時に皆が化粧をしていたから、今から神前に連れて行かれるのかも知れないと思った。

 だけど何か様子が違うと思ったのは、あの従者が縄を持って出てきたから。

「少し我慢していなさい。縛るのは腕だけだから」

 腕を背中に回され、縛られる。

 もしかして神への生贄になるのだろうか、と。怖いが、仕方ないと思った。罪を犯し生かしてはおけない子供をそうするのは普通だろう。

 寧ろ安心した。これで全て許されるんだ。

 部屋の中に通される。どんな厳かな空間かと思えば、普通の寝所だった。

 裸のまま縛られた子供を見て、男の顔に満足の笑いが広がる。

「良いぞ。お前は退がれ」

 従者は一礼して部屋を退いた。

 彌羅という男と二人きりとなって。

「こっちへ来い」

 流石に不安は顔に出た。それでも言葉に従う。そうするしかなかった。

 手の届く所まで進むと、急に腕を掴まれ、寝台の上に引き倒された。

 縛られた手では何も出来ない。恐怖に息が詰まった。

「やだ…!やめて…!」

 逃げようと藻掻く。それが男の興を更に乗せた。

 足を掴まれ、手はその付け根へと滑る。

「嫌だ!」

 叫んだ。と、同時に。

 生暖かいものが降ってきた。

 それは褥を赤く染め、同時に己も。

 生臭い鋼の臭い。

 何が起きたのか分からなかった。

 恐怖が限界に達して、気を失った。


 裸の身を水中に滑らせて、空気を求めて光へと向かった。

 水音と共に胸いっぱいに息を吸い込む。やっぱりここの空気は格別に美味い。

 その口をそのまま笑みにして、上を見上げた。

 白い裸体が降り、軽い水音と共に水中に滑り込んだ。

 浮上してきた身と抱き合う。流石に水中なので腕を絡ませるだけだが。

「あー、お熱くて見てらんねぇ」

 上から呆れた声が降ってくる。賛比だ。

 暇を持て余す彼を誘って泳ぎに来た。

「済まんな。身は一つだから坊ちゃんの相手まで出来ない」

 波瑠沙の言葉に被せるように朔夜は顔を赤くして叫んだ。

「おま…!そんな事させたらどうなるか分かってんだろうな!?」

「朔兄はちょっと落ち着こう。誰もそんな事言ってないから」

 二つ下の彼に宥められて、羞恥と怒りに染めた顔で朔夜は水中に消えた。

「ま、体を見るのはお許しが出たようだから、とくと拝んでおけ」

 波瑠沙が自信満々にズレまくった意見を述べる。賛比は貼り付けた笑みで頷きつつ言った。

「うん。それは逆効果」

 自分の身にも。

 どうしようも無いので立ち上がって踵を返す。

「あ、お前逃げるのか!?」

 顔を出した朔夜が叫ぶ。

「ちょっと用事を思い出した!またね!」

 後ろ手にひらひらと振って走っていった。

「用事ね」

 波瑠沙が一人意味深に笑って朔夜の元に泳いで行く。

「なんだよ。せっかく誘ったのに水にも入らないで」

「うんうん。次に誘う時は私は来ないからな」

「なんで。みんなで泳ぐ方が楽しいだろ」

「それを本気で言ってるならお前の頭はまだ五歳児だな」

「はあぁ!?」

「はあ!?じゃねえよ。これは絶対に私の方が正しい」

 どうして分からないんだと頭を掻き、彼女は誘うように手を取って水中に潜った。

 繋がれた手に導かれるまま朔夜も後を付いて来る。

 体は随分元に戻った。こうして連日泳いでいるのが良かったのだろう。続く麗らかな天気もそれを誘っている。

 陽光が青の中に反射し溶け込み、綺麗だった。

 朔夜は水底からそれを眺め、先に浮上し泳ぐ波瑠沙を人魚のように見た。

 いつこの幸せを崩そうか。

 頭の中で釣り針のように引っかかる問題。

 言い訳にしていた体力は戻った。そろそろなのだ。

 だけど言い出せないまま、ずるずると時を過ごしている。

 彼女は黙ってついて来てくれるだろうけど。

 問題は。

 急に、異質なものが水中に落ちてきた。

 水の抵抗に遭い勢いを失ったそれは、朔夜の元まで届かず水面へと戻される。

 しかし間を置かず第二撃が降り注ぐ。水面が赤く染まった。

 目を見開き、沈んできた身に腕を伸ばして抱える。

 波瑠沙の腕に矢が突き立っている。

 彼女の顔は険しい。そして口から出る空気の泡が無い。攻撃を受け、全て吐き出してしまったようだ。

 その口に己の口を付け、酸素を分け与えながら。

 矢を抜いた。

 周囲の水が赤く染まる。その源を塞ぐように手で抑える。

 光。それはあっという間に傷を治し、消えた。

 頭上ではまだ矢の雨が降り注いでいる。

 目配せして、水底を二人で滑る。

 飛び込み台の岩陰で浮上した。

 まずは流石に苦しかった息を吸い込み、状況を確認する。

 敵は周囲の山林に潜んでいる。人影は容易に見つからない。

 武器は衣服と共にこの上の岩に置いてある。取りに行こうものならたちまち狙い撃ちにされる。

「まずいな」

 笑みの形に口元を歪ませて朔夜は言った。

「敵が痺れを切らすまでここで待つか」

 波瑠沙が提案する。

「こっちに回り込まれるかも知れないけど。ああ、波瑠沙はここで囮になってくれても良いや」

「なんだその随分な言い草は」

 にぱっと笑って、すぐに鋭い目付きに戻りある一点を見る。

「ちょっと行ってくる」

 言って、再び水中に潜った。

 銀色の影に向けて矢が降り注ぐ。それは彼の居る水深まで届かず、水面は虚しく浮かぶ矢で覆われた。

 潜水しながら上流まで泳ぐ気なのだ。そうやって敵の背後を取るつもりなのだろうが、そこまで息が続くのか。

 はらはらと様子を見ていると、言われた通りこちらに向けて矢が飛んできた。

 岩壁にそれは跳ね返される。波瑠沙は岩の窪みに隠れてやり過ごし、にじり寄って来る敵の足音を聞いた。

「向こうは丸腰な上に裸だ。それに女は普通の人間だ。どうとでもなるだろう」

 敵の声も迫る。

「生きたまま料理してやろうぜ。かなりの上玉だったろう」

「ああ。悪魔にやるのが惜しいよな」

 三人。料理するのはこっちだ馬ー鹿。口の端を吊り上げて。

「ここだ」

 引き付け、飛び出した。

 水面を蹴って波柱を立てる。それに怯んで止まった身を蹴り飛ばす。

 首を掻き切る勢いで刃が飛んできた。それを屈んで躱し、間合いに居る男に身ごとぶつかって行って水中に沈める。

 そうしながら腕を捻り上げて得物を頂く事も忘れない。

 身を翻しながら沈んだ男の背中を踏み、迫ってきた刃を奪った刃にぶつける。金属音が岩陰に煩く反響した。

 相対した女の体に敵の目は一瞬釘付けになった。

 その隙は命取りには十分だ。刀を押し返して翻し、胴へと一閃させる。

 最初に蹴った男が背後から刀を抜いて迫ってきた。振り向きざまに斬る。相手の刃は空中で止まり、水中へと落ちた。

 そう言えば、と足を上げてその場を避ける。

 踏まれていた男がどうにか腕を立てて水面上に口を出した。ぜいぜいと息をついている。

 今度はその背中に悠々と馬乗りになって顎の下に刃を通した。

「これがお望みかな?」

 女に乗られた男は血走った目を背後に向け、それでも視界には限界があると悟ると今度は震えだした。

「い、命だけは…!」

「捕虜になる?大人しくしててくれる?あ、人質でどう?」

「な、なんでもいい…殺さないでくれ…!」

「それはあんたの仲間に訊いてくれ」

 男を立たせ、盾にしながら岩陰から出る。

 矢は飛んで来ない。流石に仲間ごと射殺す気は無いか。

「林の中まで進んでくれ」

 そこに射手が居る筈だ。

 男と共に歩く。周囲は異様な緊張感に満たされている。弓弦を引く音も聞こえる程に。

 背後から放たれた矢に即座に反応して、波瑠沙は飛び退いて男を捨てた。飛んできた矢は男の背中に刺さった。

 走る。周囲を矢が飛び交う。体を掠めたものはあるが、今度は命中しない。

 林の中に飛び込んで、そこに見つけた射手を斬った。

 横から矢が飛んでくる。少しだけ避けたが顔を掠った。頬から血が流れる。

 が、それに続く攻撃は無かった。代わりに断末魔が響いた。

「朔!」

「囮ありがとっ!」

 言いながら見えぬ刃で別の敵を斬る。

「どういたしまして!」

 なかば自棄で叫びながら波瑠沙も刀を振るった。

 合流し、並んで林を走る。敵を見つけては見えぬ刃が斬った。

「好きで囮になった訳じゃねえぞ。この借りは返せ」

「うわあ、でかい借りを作っちまったな」

「きっちり体で返せよ?」

「仕方ないな!」

 二人の間を走った矢を躱して左右に分かれる。

 草の間から朔夜は射手の姿を捉えて刃を飛ばした。草の緑の中に赤が噴き上がる。

 その朔夜に迫る刃を見つけて波瑠沙は地面を蹴った。

 振り下ろされた刀を下から掬い上げ、力のままに押し返し、完全に腕を上げさせてよろめいた隙だらけの身を瞬時に返した刀で斬った。

 下に屈んでいた朔夜に血の雨が降る。

「うひゃあ」

 間抜けた声を出して顔面に掛かった血を掌で拭いた。

「ふざけてるなよ。次が来るぞ」

 朔夜は倒れた敵から刀を拝借した。

 草の向こうから、無数の足音が迫って来る。

 完全武装の男は数十人。裸の二人は不敵に笑った。

「そんなに生き急がなくても良いのにね」

「お前が言うか」

 波瑠沙の言葉をちょっと考え、我ながら可笑しいとばかりに吹き出して、刀を手に向かって行った。



 気が付いたらまた鉄格子の内側だった。

 外側に桓梠が居た。見捨てられてなかったのだと、心から安心した。

「良い働きをしてくれたな」

 褒められた。何に対して?それが分からない。

 眠る前の記憶が呼び覚まされて、急いで身を起こす。腕はもう自由で、衣を着ている。

 それでも思い出すと震えが襲った。怖かった。本気で怖かった。

「なんで…あの人、死んだの…?」

 震える声で問うと、高笑いが返ってきた。

 驚いて自分の主人に目を向ける。

「分からんか。そうか。悪い奴に殺されたんだ。お前は助かった。良かったな?」

 混乱しながら頷いた。

 あの時、自分達以外に誰かが居た?気付かなかった。

 とにかく、あの人は死んでしまった。お陰で助かったのは確かだ。あれ以上変な目に遭わずに済んだ。

 でも。

「桓梠様はそれで良かったの?」

 彼はその筈では無かっただろう。

 察するに、自分を売り渡してあの彌羅という人と仲直りをしようとしていたのだと思う。

 だから、死んでしまっては残念な筈だ。

「良かったよ、月。奴は私の政敵だった。居なくなってくれて助かった」

 悲しそうに顔を伏せる。その様に桓梠は笑った。

「どうした。抱かれてみたかったのか」

 その意味する所を考えて、強く首を横に振った。

 やっぱり怖い。

「だが、次はそうもいかんぞ。次は国王だ」

「えっ…」

 驚き顔を上げて、そのまま固まってしまった。

 国王。王様。えらい人。

 その人に、俺が、何を?

 にんまりと、桓梠は笑う。

「くれぐれも変な真似はするなよ?大人しく、王の玩具になって来い」


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