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02「花屋(1)」

 役所からの帰り道、ずっと金糸雀のことを考えていた。いや、頭から離れなかったのだ。携えた婚姻届が、紙切れ一枚のはずなのに馬鹿に重たく感じた。

 

 彼女と初めて会ったのは、四年前だった。

 役人養成学校を卒業して、今の課に配属が決定した時、先輩連中が歓迎会を開いてくれた。ただ歓迎会に託けて飲みたかっただけだと思うのだが。その時に使った花屋に、彼女はいた。

 客に媚びるでもなく、ただそこに咲く一輪の花のように、微笑みを湛えている姿がひどく印象的だった。


 このセカイには、二種類の「花屋」がある。

 一つは、植物の花を扱う生花店。

 そしてもう一つが、女を売る、いわゆる娼館。

 もちろん、金糸雀がいるのは後者の花屋。

 彼女のように性を売る女性のことを「花売り」といった。

 花売りとなるのは、身寄りのない子供が圧倒的に多い。治安も食糧事情も決して良い方ではない今の御時世、親が何らかの災難に見舞われて身寄りをなくしてしまうことなど珍しくはないのだ。また、食いぶちを減らすために、我が子を手放す親も往々にして存在する。そうした子供を館主が拾ってきて、衣食住を与える代わりに働かせる。衣食住といっても、最低限のものであった。

 館主は、元手ゼロで「花」を手に入れ、最低限の維持費で最大限に売りさばく。客がつかない者は、ろくに食事も口にできず、終いには館を追い出される。館を追い出された娘の末路は、言うまでもないだろう。逆にうまく客がつけば、稼ぎ頭として、それはそれは大事にしてもらえるそうだ。極端で単純な仕組みである。


 金糸雀は、幸いにしてと言うべきなのか、大事にされている部類の花売りだ。

 極上の絹布に似たつややかな髪、人形を思わせる白くしなやかな肢体、名前通りの美しい声。

 彼女を求めて足繁く通い詰める男が、一体何十人いるだろう。一般民から役人まで様々な男を虜にしていく様は、ある種異様とも言えた。魅力というより、魔力じみたものを感じる時がある。

 俺もその魔力に中てられた一人なわけだが。

 ただ、俺が金糸雀を気に入っているのは容姿のせいではない。彼女の、純粋さに魅かれたのだ。

 普通、花売り歴が長い程、擦れた感じが出てくるものだが、金糸雀には全くそれがない。良くも悪くも真っ白な状態で、まるで今生まれたばかりの赤ん坊なのだ。

 傍にいると自分の汚れが洗われる気がして、少しの間幸福に似た感情を味わうことができた。

 あくまで、幸福の紛い物だが。白に黒を消すことはできない。


 あれこれ考えている内に、花屋に着いてしまった。

 相変わらずの盛況ぶりで、女の甲高い笑い声と、男の馬鹿でかい笑い声が見事な不協和音を奏でている。金糸雀と会っている間は気にならないが、館に入る前は、この低俗な空間の中に入っていいのかといつも躊躇う。下らない役人のプライドだ。役所にいると、いやでも一般民を見下す癖がついてしまうのだ。

 いつもの躊躇いに加えて、今日は婚姻届の件もある。余計に足が重くなった。

 明日の朝には、中央に向かって出立しなければならない。迷っている暇など、ない。

 軽く頬を叩いて気合いを入れ、慣れた入り口をくぐった。


 この「花屋」は、さすがに一話分として投稿するには長すぎたので、二部構成です。続きをお楽しみに。

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