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12「目指す、その先に」

 門の横に設営された、門番の詰め所。ここで通行許可証などの各種書類の点検や、本人確認が行われる。毎度のことだが、結構時間も掛かるし、面倒な工程だ。


 許可されたモノ以外は、蟻一匹通さない。そう言わしめるほどの厳戒態勢。外からはわからないが、詰所には腕利きの警備部の役人が不要なまでに駐在している。一般市民如きが、彼らの眼を盗んで門を突破することはまずもって有り得ない。過去にも、そのような事件は一件たりとも起きていなかった。

 逃げようと試みる者なら、後を絶たない。限られたセカイで一生を過ごしていく閉塞感に嫌気が差し、新天地を求めるのだ。

 しかし、前述通りその全員が未遂に終わっている。そして、例外なく処刑されていった。


 万が一にも外に出た所で、生きながらえる術はないのだが……。一般民には、門の外の危険性すら知らされておらず、役人が全ての情報を占有しているのが現状だった。



「失礼します」


 金糸雀を伴って詰所へ入ると、受付に座っていた若い所員がにこやかな笑みで迎えてくれた。無表情な役人が多い中、珍しいことだ。


「おはようございます。こちらに、ご本人とお連れの方の名前の記入をお願いします」



 確認作業その一、筆跡照合。

 カウンターの上に置かれた書類に、ペンを走らせる。自分の分を書き終え、金糸雀の欄に来た所で動きが鈍ってしまう。


 続柄……「妻」。


 この一文字を書き終えるまで、どれだけの労力を尽くしたことか。目の前の青年に、明かに不審な目を向けられた。まずいな、審査が長引く。

 残りの箇所を手早く書き終え、精々涼しい顔を装って提出した。



「それでは、各種許可証を提示して下さい。奥様の身分証明書もお願いします」


「奥様! ねぇ、あやは、奥様だって! 私、奥様?」


 黙って大人しくしていたかと思えば、コレだ。場所をわきまえないにも程があるテンションではしゃぐ。


「そうだよ、結婚したんだから金糸雀は奥様。いいから、静かにしてなさい。ここは、静かにしてないといけない場所なの」


 注意されると、ムッと口を尖らせて恨めしげな顔をする。後ろから、数人分の忍び笑いが聞こえてきた。赤くなる俺を余所に、金糸雀は外方を向いて景色を切り取った窓に張り付く。



 窓からは、東方セカイの「向こう側」が見えた。見た目だけは美しい、一面の花畑。その美しさの裏側に何があるのかも知らず、一般民は愚かに外のセカイを求める。


 彼女もまた、その一人なのか。


 切なさと嘲りが混ざった気持ち悪い心を振り切って、手続きに戻った。



「はい、これで書類は結構です」


 ちょっとした厚さの書類を束ねて、青年所員は笑顔をくれた。最初は爽やかに見えたこの笑みも、何だか嘘臭さが滲み始めている。面倒な手続きで、心がささくれたのかもしれない。


「では、次は能力照合に参ります。審査官をお呼びしますので、少々お待ち下さい」


 そう言って、カウンターの奥へ消えていった。



 書類審査は、第一段階。限りなく不可能に近いが、まぁ偽造できなくもない。不正出門を防ぐ為には、もう一つ絶対的な本人確認が欲しいのだ。


 それが、能力照合。生まれ持った能力は似たり寄ったりでも、指紋のように、誰一人として同じ者はいない。いわば「気」みたいなモノか。「気」を読み取り、照合することで、各個人を特定する。役人の中でも、能力感知に優れた者達がその任を負っていた。



「よう、西條!」


 青年所員が消えた扉から、別の男が現れた。俺と同じ年恰好の、というか同期の所員。味方よりも敵の方が多い俺の、数少ない役所内の理解者だった。

 人懐っこい笑顔で、手を振ってくる。軽く手を上げて、彼に応えた。


「そうか、ここの所属だったな。久し振り、(せき)


「おう。……聞いたぜ、中央勤務だってな」



 先程とは打って変って、至極複雑な顔で言う。


 ――ああ、やっぱコイツはわかってくれてるんだな。


 思わず、口元が綻んでしまう。



「何だ、栄転だぞ? 祝ってくれないのか」


「お前がそうして欲しいんなら、そうするけど」


「そういうことにしておいてくれ。……でないと、逃げそうだからさ」


 思わず、弱音が口を吐いて出る。今更噤んでも無意味だが、咄嗟に手で塞いでしまう。

関は一瞬泣きそうな顔になり、次いで元のように微笑んだ。



「じゃあ、おめでとう。長年の願いが、叶ったな」


 真っ直ぐに差し出された彼の手を、控えめに握り返す。まだ、前だけを見て歩くことはできなかった。

 確かに、長年の願いではある。しかし、できれば叶わない方が良かったのではないかという思いも、どこかで存在している。

 躊躇いがちな俺の掌を、関は強く握ってくれた。懐かしい友の感触に、肩の力が少し抜ける。何とか、笑い返すことができた。



「――ありがとう」


「あ、もう一つ『おめでとう』だな」


「ん?」


 関の視線は、俺越しに何か別のモノを捕えていた。

 振り返ると、そこには依然外を眺める金糸雀がいた。ああもう、窓に触ったら指紋が付いて汚れるだろ。



「あの子、あの『金糸雀』だろ? すげぇな」


 彼女が花畑に見入るのと同じ表情で、彼は金糸雀に見入った。

 花売りの「金糸雀」は、東方セカイで知らぬ者はいない。特に、男であるならば。


「そう、あの『金糸雀』だよ。俺も、正直実感が薄い」


「陽の下で見ると、また違った感じで良いなぁ」


「他人の(オンナ)見て鼻の下伸ばすな」


「へぇ、西條の口からそんな言葉が出るなんて。色男は違うね」


 関は、ニヤニヤと意地の悪い笑みを見せる。自分の放った言葉の恥ずかしさに、頬が紅潮するのを感じた。確かに、何か俺らしくない。



「馬鹿言ってないで、仕事しろよ。ほら」


 照れ隠しにそう言って、彼に向かって右手を突き出す。忍び笑いを漏らしながら、関は俺の手を取った。慣れていない分、こういうやり取りは調子が狂う。悪い気はしないのだが。


 関が集中を高める為に目を閉じると、俺もそれに倣って瞼を閉じた。繋がれた手を通して、彼に「気」を送り込む。今回は審査官が知り合いだったからまだ良いが、見ず知らずのオッサンと手と手を重ねるのは結構な忍耐を強いられる。この方法は改善の余地が大いにあると思っているのは、俺だけではないはずだ。



「……照合完了。東方セカイ役所、知識部、古書保存課所属、西條彩羽であることを認証しました」


 ものの三十秒程だろうか。閉じていた目を開くと、関は受付を振り返って青年所員に告げた。青年は頷いて返し、手続き書類にペンを走らせる。



「以上で、出門手続きを終了致します」


 俺と、いつの間にか隣に立っていた金糸雀を交互に見て、関は言う。金糸雀が不審な眼差しを向けているのは、彼が繋いだまま離さない手だった。


 何となくだが、意図がわかる気がする。


 ――行くな。


 微かに力の込められた手が、憂いを帯びた瞳が、訴えていた。行きつく先が、決して明るい未来ではないことを肌で感じたのだろう。敏感なヤツ。



「……何とかなるよ」


 ふと、口を吐いて出た。これまた俺らしくない台詞に、関は驚いた顔をする。



「どうなるかわからないし、どうしたいのかもわからないけど、もしかしたら……全部上手くいくかもしれんぜ? こんな具合に」


 運よく手にすることができた「妻」を横目に、笑ってみせた。当の本人はきょとんとしているが、関は安心したように微笑んだ。


「変わったんだな、西條。以前のお前は、絶対そんな事言わなかったよ。金糸雀のおかげか?」


「だろうな」


「そっか。……送るよ」


 彼は手を離し、門の外へと俺達を導く。



 一歩一歩、花畑が近付いて来る。俺には見ることはできないが、きっと色鮮やかな光景なのだろう。


 死後のセカイである「天国」も、花が咲き乱れ、それは美しい場所だという。ただし、そこへ行けるのは「善」の人間だけ。この命が尽きた後も、俺は見ることが叶わない。手が届く距離にあるのに、手に入れることはできない。本当に、呪われた人生だ。


 自嘲の笑みを漏らしながら、奇跡的に手に入れられた「花」を握り締める。


「離すなよ」


 俺の肩をポンポンと叩き、耳元で囁く。言われなくても、わかってるよ。



「我が友の行く先に、幸多からんことを」


 差し出された「お守り」と言葉を携えて、詰所を後にした。


 陽の光は暖かく、吹き抜ける風は優しい。



「負けんなよっ!」


 背中に響く関の声に、振り返らずに応えた。雲ひとつない空に向かい、拳を突き上げる。


 さあ、鬼が出るか、蛇が出るか。



 今、旅立ちの時――。



二か月ぶりの投稿でございます(^_^;)

少しずつ仕事にも慣れ、余裕というほどではないですが、それらしきものも見えてきました。


久々の彩羽と金糸雀、いかがでしたか?

今回は関との絡みが多くて、あまり金糸雀の出番がありませんでしたが……(-"-)

次回から、二人の旅が始まって参ります。

少しずつ彩羽の秘密や、このセカイの仕組みなんかも明らかになってきますので、乞うご期待ですっ!



☆こちらでも、彩羽と金糸雀のお話が楽しんで頂けます♪

 彩人さまとのコンビ「Dear」→http://mypage.syosetu.com/72310/

 

「ノスタルジア管理局」とのコラボ作品「白黒ノスタルジア」、毎月25日更新です(*^^)v

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