四 名状しがたい現場体験
両手を胸の前でクロスさせ、しゃがみこみ、ジャンプすると同時に開く。その際に「クルッポー」などと叫び地面に着地し、また繰り返す。
文字に表しても実際に見ても奇行としか言えない行動、それを更に全裸で、街中で列を成し老若男女問わず幸福だと言わん表情でやっている。理解できない、できるはずも無い光景に
「あ、あぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「あっ、美甘君が発狂した。ほぅら気付けのお香だよー」
「うっ……ぐっ……はぁ、はぁ……!!」
「叫びたくなる理由も分かるけどね。なにせこの世界最大の王都の民全員がこの奇行をしているのだもの」
「頭が痛い……考えたくない……あれは本当にカテゴライズ的に私達と同じ人間なんですか……!?」
「限りなく一緒の人間だねぇ。さて、今回の下手人に会いに行こう。こっちで変装させてしまうね」
課長が美甘のデバイスを借りて弄ると、美甘の見た目が如何にもな神の使いと言った風体に変わる。課長も似たような格好に変装するが美甘と比べ少し偉そうな見た目になっている。上位の使いと一般の使いと言った感じのニュアンスなのだろう。
「今回私達は神の使いで混乱を治めに来た上位種的な雰囲気で行くから喋り方も合わせてね。私が尊大な天使風に行くから君はフォローする天使みたいな感じで」
「分かりました。もし悪意を持って……うん、これを悪意でやってるなら神経疑いますけど悪意的なものでやってるならリコール案件に変わるんでしょうか?」
「それはないかな。確認のために直接連絡とったらゲラゲラ笑ってたし。ただ転生者とその仲間が困ってるから助けてやってくれ、って」
「前の飽きたという理由でリコール出してくる神とはまた違うんですね……」
「人も神も個体によって違うもの。さぁ行こうか」
神にも個性があるんだな、という発見を得つつ課長の後を周囲の惨状から目を出来るだけ背けつつ追っていくと、街はずれにある小さな宿へと辿り着く。中へ入ると其処には申し訳なさそうに座っている犬耳の少女と少女を励ましていた少年がいた。
今回の騒動の犯人らしいが、この世界に来て初めて真面に服を着て受け答えできそうな人間に出会えて美甘は感激しそうになるがそれをぐっと抑えて課長の出方を待つ。
「貴様が流転の勇者か。そしてそれなる娘が此度の下手人か」
「あ、あなた達は誰だ!?というか、彼女のスキルが効いていないのか……!?」
「我らは天使い。此度の小さきものでは収められぬであろう騒乱を治めに来たに過ぎん」
「待ってくれ!彼女は悪くない、俺が余計なアドバイスをしてしまったからで……!」
「戯言を聞く必要はない。それなる娘を始末すればそれで済むのであれば……」
「お待ちください。流転の勇者の言葉、聞き一考する余地はあるかと」
「……仕方あるまい。申してみよ、事の顛末を」
課長の声ではあるのだが身長もかなり伸ばし声色を買えれば此処まで高圧的になるとは。感心しつつも課長の「鞭」となる動きが見えたので「飴」としてフォローをし、彼らから話を聞けるようになった。
「彼女のスキルは、生体電網といって人と人を繋げることで情報の即時共有や演算能力の向上などが出来るんだ」
「ネットワーク……あなたの故郷で使われている技術と発想ですね」
「あぁ。ネットの話とかしてスキルを鍛えた結果手に入れたスキルなんだけど……この時代に即座に情報共有が出来るってすごい事だろう?国王も国の警備のためにぜひ力を貸してほしいって」
凄い、と言えば確かにそうだがそれどころではないレベルの技術革新だ。スキルで繋がっている相手と即時情報共有なんて現代社会も真っ青な伝達速度だ。あらゆる分野で転用できればこの国はあっと言う間に覇権国家へと成り上がるだろう。
「この国には研究者用のグループと軍のためのグループを作っていたのだけど……彼女が風邪を患って、看病している時にその、日本の話をして……こうなった」
「お待ちください日本にあんな惨状文化は無かった筈では??」
「……まさか、アレは、鳩、か?」
「……はい。俺の、伝えた、平和の象徴の、鳩、です」
羽ばたくような仕草、クルッポーという鳴き声、そして幸福だと言わんばかりの表情、アレは平和だからこその表情だとすれば、理屈は合う。
「ハトってものが、平和の象徴って言われているなら、皆ハトみたいになればいいなぁってぼんやり考えてたら……軍と研究者のネットワークに送っちゃってたみたいで……!!」
「風邪による錯乱も合わせてあぁなった、と」
「しかも朦朧とした意識で設定したから暗号も分かんない……!!」
(悪意のない地獄だぁこれ)
「おまけに接触した相手をネットワークに引きずり込むので……王国の主要都市は軒並み壊滅している恐れが……」
「人類史上最低最悪の国家滅亡ではないか。そのネットワークとやらを止める方法は他にないのか」
「一つだけ緊急時の強制ネットワーク解除方法がある、って聞いてはいるんだけどどうしても教えれないと……」
課長と美甘は顔を見合わせ、少女を見る。顔を背ける少女、上位存在というアピールをしている二人にも教えそうにないのはそれほど伝える事の出来ない理由があるようにも見える、が、美甘は見逃さなかった。
「流転の勇者よ。我々は彼女に話がある。貴方はひとまず王都の被害状況を再確認してほしい」
「……彼女に危害を加えないと約束できるのか?」
「無論だ。力を持つ彼女を殺せば解除される確証も無い」
「分かった。でも、言わせてもらう。彼女は大切な人だ、万が一でも何かあったら……あんた達がどんな存在であろうと、覚悟してもらう」
青年は確かな敵意を二人に向けてから、宿を飛び出す。その言葉を聞いてか少女が紅潮しているのを見て美甘は確信を得る。
「解除方法は、彼に関わる事ですね?」
「そ、それ、は……!」
「自分で伝えにくいのであれば我々が強制的に聞き出した事にでもすればいい。それこそ、何かのスキルを使われたなどとしてもいい。此方としても事態の収拾が目的です、話していただけますか」
「……はい」
美甘の予想だが、大方非常時用のシステムであるから密かに抱いている恋心を表したような何かなのだろうというもの。例えるならあの少年に十秒間に十回愛していると言われるとか恋愛関係にもなっていない男女の間柄で頼むには難しい事なのだろう。その恥を上位存在のせいにする事で問題解決が出来るなら何よりだろう。現に課長も途中から主導してしまったが遮るような事も無い。
「あの、えっと、私は……ベイルに……めちゃめちゃにされる事を、緊急時の強制解除方法に設定しました………!!」
「……めちゃくちゃ、と、言うと、その、性的な感じで?」
「性的な、感じで……ハードな、感じで……」
「……課長どうするんですかこれぇ!?」
「頑張ってたのになぁ美甘君」
取り繕おうとしていた美甘だったが限界を迎えもはや演技を忘れてしまう。狼狽える美甘を宥めつつ、課長は懐からとある瓶を一つ取り出し少女へと手渡す。
「良いかいお嬢さん。これは強い催淫薬だ。そして記憶をある程度操作できる。これを、『上位存在に促され唯一の解除策である秘薬を飲んだ』と思いながら飲むんだ。あとは発情した君をどうにか彼に抱かせる」
「で、でもそれじゃ彼をだますことに……!」
「君は騙した記憶を忘れる、彼は君を助けるべく君を抱く、そしてこの世界はあの狂ったとんちき騒ぎが収まる。誰も不幸にならない、だろう?」
「えっ、あっ、うっ……」
「彼は一度も女性との逢瀬の経験が無いという……君が、彼の、初めてになる……それを、逃すつもりかな?よぉく、考えたまえ」
元居た宿から光弾が撃ちあがり、少年が戻ってくる。打ち合わせはしていなかったがこの街で理性あるのはたった四人だけだ、それ故に何かあったという合図とすぐに気づいたのだろう。
外で待っていた天使い、もとい課長と美甘は打ち合わせ通りに彼に打ち明ける。
「自体は解決した。その内ネットワークとやらは落ちる」
「ですが彼女が危険です」
「どういうことだ!?彼女に何もしないと言っただろうが!!」
「彼女が持っていた解除方法が彼女を危険に晒しているんです。スキルを強制終了する秘薬、それを飲んだ為彼女の命は危機に瀕しています」
「なんてことだ……だから彼女は……!!」
「流転の勇者よ、娘を助ける方法はある。あの秘薬は対象の命を奪う前にその価値を定める。彼女の身体が新たな命を孕もうとしている、という状態であれば生を繋げる」
「それは、どういう……!?」
「子を為す行為をすればいい。時間にして六時間、その間休むことなく彼女を抱いてください。方法はそれしかありません」
「し、しかし……俺と彼女は……」
「関係性を気にして救える命を救わないというのであれば好きにしろ。我らの仕事は終わりだ」
そういって一方的に話を終え、姿を消す二人。彼に彼女を救える手段は、もはや一つ。
彼は意を決して、宿へと走って戻っていく……のを実は上空に移動しただけの二人はしっかりと確認する。
「これでどうですかね……」
「えーと……あぁうん始めた始めた。ほら、見渡してみると良い。奇行を続けていた民衆が次々と倒れていく」
「これはこれで酷い絵面……というか課長なんで二人がその、行為を始めた事分かるんですか?」
「耳が良くてね。さて……あとは記憶改竄諸々の作業が待っているわけだけど……さすがにこれは神の領分だから一報入れてくるよ」
「あー……さっき嗅がせてもらったお香、貰っておいていいですか。待っている間、精神を落ち着かせたいので」
「いいよ。流石に今回の案件はお疲れ様、美甘さんもよくやったと思うよ」
褒めつつお香を渡し、デバイスで通話を始めながら下へ通りていく課長。少し認められたことによる高揚感を抱くが、周囲には裸の人間が奇行を終え倒れ、下では盛っている男女。精神が揺らぐ感覚をお香の臭いで無理矢理誤魔化し、美甘小春は大きく溜息を付く。
「経験無しにはキッツいんですけどぉ……!」
疲弊しきった彼女の頭には、課長が「耳が良い」と言ったさっきの発言はもはや思い出せなかった。