一 こちら異世界管理課
意識を失い倒れた男を転送し終えて、時計を確認する。時間にして三十分、これが早いのか遅いのかは美甘には分からなかった。何せ彼女からすれば転生者を日本へと送還するリコール案件はこれが初めてだったからだ。
「以上がリコール案件の手順になりますね。美甘さん向けのリコール用装備に関しては今度四宮君にでも指導させましょう」
「分かりました……」
正直何をしているのか美甘からはさっぱりわからなかった。新人なのだから仕方ない、とは言え新人としては何かしら聞いておくべきだろう。いくつか前の職では「資格取るまでは適当に助手席で寝てていいよ」なんて言っておきながら「あの新人は質問にも来ない。やる気がないのか」なんて裏で言われていた事を彼女は知っている。知ろうという姿勢はどんなところでも大事なのだ。
「あの、天沢課長。質問いいですか?」
「どうぞどうぞ」
「相手からの会話を途中から音声遮断していましたが……なんか、終盤会話できていたように見えたんですが」
「あぁ、私は音声遮断していなかったので。基本的にリコール案件時は音声遮断を推奨しています……聞こえて気持ちいいものではありませんから」
「課長は平気なんですか?」
「えぇ。日本への転送後のアフターケアも時折発生するのでその際に参考になりますから」
「アフターケアもあるんですね……そう考えると私も早く慣れるように聞いておくべきでしょうか?」
「確実に病みますね。何を話していたかは端末が記録して後で文字化したものも見れるので其方をお勧めします」
「止めときまっす」
せっかくホワイト気味と思われる所に入ったのに精神を病んでいては元も子もない、と早々に諦める美甘。優しさだけでは社会において生き残れないのだ。
「異世界管理なんてただでさえ覚えることは多い仕事だ、出来る限り負担は少ない方が良いからね」
そう、異世界管理。何かの冗談か最近本屋でよく見る流行りかと思ってしまうがまぎれもなく美甘小春がこれからやっていく仕事。
異世界管理課、人間が住む次元とは別次元に住まう神々によって作られた「自分達の世界に招き入れた転生者の管理を任せる」という組織。実際には設立に紆余曲折あったらしいが課の設立云々よりも働く身として大切なのは求人票に明記され面接で確認した労働条件がきちんと守られているかどうかだ。
まぁ、正直な話をすれば
「多分美甘君、研修で教えた事ほとんど覚えていないでしょうし」
「……そ、そんなことないで、す、よ?」
嘘である。決して居眠りしていたわけではない。最初の方はメモを取っていたし真面目に聞いていた。だが途中から記憶がさっぱりないのだ。気付けば帰宅して、自宅の湯船に浸かっていた。一日教えてもらって「覚えてません」なんて通じるはずがないと黙っていたのだが……
「大丈夫、覚えてられる方がおかしいから。あれはね、一回常識を破壊するために必要な儀式みたいなものなんですよ」
「そ、そうなんですか?」
「理解が追い付かない事を立て続けに聞けば人間は防衛本能として認識する事を拒否するようになる。幼児退行や放心などといった状態になってね」
「……まさか私は研修の場で」
「君は一時間くらいで放心してたね。大丈夫、四宮君にその後の世話とかは任せたから」
「道理であの研修四宮さんと課長以外居ないと思ったら……」
「下地作りみたいなものさ。何せ、そういうのが無いと精神崩壊する事もあるからね」
天沢は立石修司の仲間達の事後処理も終わったようで近くの扉を二度ノックし、開く。彼について扉を潜ると、其処は入って数カ月ではなかなか慣れない神秘的な廊下。窓からは絶景ともいうべき天空に浮かぶ都市が見える。
ここは神々の住まう次元。その一角に間借りしているのが異世界管理課の事務所だ。
「あぁした常識破壊しておかないとこの廊下から都市を見ただけで窓ガラス割って飛び降りしちゃうからねー」
「あー……私も初見でココ見た時は脳の何かか焼き切れそうな感覚ありました」
「人というのは自分の常識外の事はなかなか認知することができない。仕方のない事だよ」
「ちなみに……飛び降りた人、いるんです?」
「ロッソ君」
「あぁ………」
ちょっとその様子を見てみたかったな、などと思いつつ美甘もまだ完全になれたわけではない。中学生上がりたてで親の職場で歩き回っているような……「自分は此処に居るべきではない場違いな存在だ」という事がひしひしと痛感できる、そんな感覚に身が引き締まる。
「暫くはこの廊下で何か飲んだりは厳しそうだね。事務所による前に自販機寄ろう。何か奢るよ」
「で、ではありがたく」
天沢に付き添いココアを買ってもらい、事務所へと戻るとようやく一息つける。曰く、「神が立ち入らないから此処は限りなく人間の世界に近しい」との事。本来であれば事務所内に取り付けられた扉へと直接つなぐらしいが、新人がいる場合慣れの為に廊下の扉を使う事が多いそうだ。
「少し早めに戻れましたしおさらいをしておきましょうか。我々異世界管理課がどういった経緯で設立されたのかを」
「えーっと……異世界物が日本で流行ってたから便乗したー、ってのは覚えているんですけど」
「大まかに言えばそれで正解。詰めると少し前に神々の次元、神域では人間社会で言うベビーラッシュが起きた。それまで百も行かなかった神々が一気に数千程度まで増えた。神々は自分の受け持つ世界と共に生まれ出る、そうすると大量の未成熟な世界も一緒に誕生したわけだ」
思い出してくる。大量に増えた神々は当然自分の世界を発展させんと意気込む訳だが如何せん以前はマンツーマン指導が出来た所先達の神々と一挙に増えた神々の数が釣り合いが取れていない。最も地位の高い始まりの神が制限をかけベビーラッシュは落ち着いたがそれでも自然発生などで神は徐々に増えていく。
「手が回らなくなった所で日本で流行ってた異世界物に注目され、異世界発展の為に日本人が異世界転生対象に選ばれた、です……なぜ日本人?」
「流行りの中心の国民なら飲み込みも早いだろうとね」
「なるほど……」
「地球で言う中世ヨーロッパクラスの文明なら未熟な神々でも用意しやすいからね。後は地球を治める始まりの神の許諾を得た神々が日本において気に入った人材を転生させる、という流れだね」
「……聞こえはいいですけど殺害して拉致してるようなものもありますよね」
「あはは。一国丸ごとならまだしも多少の人間が消える程度じゃ神々からすれば些細な話だから」
メモを取りながらも自分達が顧客として扱っているのが神だという事を改めて認識させられる。課長曰く「課に在籍している限りは神罰を受けることは無い」とのことだがそれはつまり何かしらの神に恨みを買われた状態で課を辞めた場合神罰を受ける事になるのでは、と考えてしまったが怖くて確認できてはいない。
「選ばれた転生者が快適に暮らせるように仕向けるのが我々の仕事だ」
「何というか……人がゲームしているのを後ろから覗いてさりげなくアドバイスする、みたいな感じですよね」
「そうだね。露骨に外部に助けられると萎えたり外部からの助けに頼り切ったりすることもある。時には通行人Aとして、時には物語を動かす重要人物を唆したりして、死にそうなほどヤバかったりすれば手助けし、場合によっては退去処理をする」
「モブっぽくするのは問題なさそうだけど色々なサポートとかは難しそうですね……」
「初めからうまくいくわけじゃない。大丈夫、失敗しても……君は死なないだろうから」