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ep.4-1 恋はロジカルなんだけど(里桜視点)

 何かがあったのだろうってことはわかる。

 そして、その何かはあまり良いことではないってことも。


 音子ちゃんは、そのあたり感づいてるのか、事情を知ってそうなんだけど――


 学食の食券機の前で、日替わり定食の券を購入する。

 隣り合うもう一台の食券機で同じく券を買う友達に私は声をかけた。


「音子ちゃん、今日このあとちょっと、いい?」

「んー、いいっすよ。珍しいっすね、里桜からって」

「あはは、ちょっと気になっちゃうじゃない? あのふたり。もう三日くらいあんな様子だし」


 あー、そうっすね。と、その《《ふたり》》に目を向けて音子ちゃんが言う。

 そのふたりとは、ヒロと、七海のこと。


 七海は、クラスメートで、とても大切な親友。

 ヒロは……私の好きな人、なんだけど。


 週明けからふたりの様子がおかしい。

 とくに七海のほうが元気がない感じがする。直接聞いてみたけど、愛想笑いで大丈夫大丈夫って言うだけだった。

 普段だったらそういうとき(空気を読まないくらい)音子ちゃんがぐいぐいと割り込んで話をするものだけど、ここ3日のあいだは音子ちゃんもおとなしい。


 だから、何か知ってるのかなって。

 思っちゃったんだけど。


「……なーんか、私だけ蚊帳の外って感じ」

「ん? 里桜なんか言ったっすか?」

「あ、ううん。なんもないの。……はぁ……」


 エタ・サンの世界だとすこしは自分の気持ちに正直になれてきたけど、こういうときどうすればいいかなんてわかんなくて、ため息だけが増えてしまう。


 勇気を出して、少しずつ見た目から変えてみてはいるけど。

 まだまだ、だよね。


       ***


 食堂のある4Fからさらに上、屋上への扉は本来施錠されていて、簡単には出られないようになってる。

 まさか音子ちゃんがその屋上への鍵を持ってるとは思わなかったけど。


「屋上の鍵? 音子ちゃんなんでそんなの持ってるの? 先生から借りてきたの?」

「ふふふ、これは私だけの特注品っす」

「え?」

「まー、うん。職員室から勝手にとってきて、ホームセンターで合鍵つくってきただけなんすけどね」


 聞かなかったことにしよう。


――ガチャリ


 音子ちゃんがドアノブを捻って、その扉を開いた。

 初めて出る屋上は海風の匂いがした。


「わ、綺麗な景色」

「キレーっすねー」


 フェンス越しに見える海。青空と、流れの速い真っ白な雲。

 私は風で乱れる髪を抑えながらその景色に見入っていた。


「……でね。ちょっと……タカちゃんさん……きいて……」

「……なんて? ……え? ……あー……」


 風の音で何も聞こえない。

 これじゃ全く話ができそうもない。エタ・サンだったら音量バランス調整が入るんだろうけど。

 

 音子ちゃんも思ったのか、先ほど出たばかりの扉にむけて指をさした。

 つまり、一度戻るってこと。


「……だめっすね屋上」

「あはは。ぜーんぜん聞こえなかったよね~」

「アニメとか、漫画だと……こういうとこで喋ってるんすけどね――」

「わかる、ちょっと憧れてたから楽しかったよ、音子ちゃん、ありがとね」

「わかってくれるっすか! そう、憧れてたんすよ!! 七海は馬鹿にしてたけどっ!!」


 扉の前、階段に腰をおろして音子ちゃんと並んで座る。

 思えば、こうやってクラスメートと一緒にいるって不思議だなって思う。


 エタ・サンからの親友である七海が転校してきて、ヒロとか、タカちゃんさんっていうクラスの男子とも話すようになって。


 メガネをコンタクトにして。

 ちょっとだけ可愛くなる努力をはじめて。


 それからいままで話すことのなかったクラスの子とも話す機会が増えたし。


 源寧々子さん――、私と同じエタ・サンのプレイヤーである音子ちゃんとも知り合って。

 私は勝手にだけど彼女のことを、もう友達だと思ってる。


「さーて、仕切り直して、話しますか。どうしたの里桜。といっても、先輩と七海のことっすよね」

「うん。今週に入ってなんか元気ないかなって。それで音子ちゃんは何か聞いてない? かなって」

「んー……、まったく思い当たることがないわけじゃないっすけど……」


 歯切れが悪い言い方。

 隠し事というよりは、ほんとにどう言えばいいか、わからないという様子。


 最近わかったけど、音子ちゃんは私と似てる。

 人付き合いが苦手なところがあるんだと思う。それでいてネット弁慶? っていうのかな、そういうところも。


「それは、私が聞いていいことじゃないって、感じかな?」

「うーん、難しーっす。直接、裏がとれた話じゃないっすから。あくまで噂って言うか」

「うわさ?」

「ん、もし……なんすけど。七海がエタ・サンのプレイヤーに戻るってなったら。どう思うっすか」


 え?

 それって、七海がヘルプ・アソシエイトとしてではなく……ってこと?


――わたし、里桜の恋を応援するために、転校してきたんだから!


 そう、七海は言ってた。

 けど……わかってる、本心では七海もヒロに惹かれてることくらい。

 アソシエイトじゃなければ、恋愛イベントはできるはず。


(でも、そうなると……ヒロは七海を選んじゃうのかな――)


 あの日、七海と話をしたとき言い出せなかった言葉。

『七海の恋は、どうなるの?』っていう、一言。


 それは、私のずるさだ。


 私は、自分本位な恋心を優先して、七海がいないエタ・サンのなかでヒロとデートを重ねてきた。

 けど……。私は彼を好きになるごとに、その気持ちが強くなるごとに、それじゃダメだってわかった。

 ううん、最初からわかってた。


「……もし、そうなら私は嬉しい」

「恋敵が増えるんすよ?」

「そうだけど……」


 そうだけど――

 ゲーム性のなかで、この気持ちを叶えたいわけじゃない、って思う。


「恋敵でも、友達だもん。音子ちゃんと、こうやって話せてるみたいに、七海ともこれまで通り。だよ。きっと」


 一瞬、音子ちゃんは目を丸くして驚いた顔を見せた。

 みるみるうちに赤くなる彼女の顔を見て、私はなんだか自分がすごく恥ずかしいことを言ったような気がしてきた。


「あ。えっと。あの……ごめんなさい、勝手に――友達なんて言っちゃって」

「あー、えーっと……里桜が、私のこと……友達って思ってくれるの、うれしーっす。すごく、うれしい……です」


       ***


 それから音子ちゃんはあくまで、『噂』として話をしてくれた。

 アソシエイトがプレイヤーに戻るかもしれないこと、七海がそのことで悩んでいるのじゃないかってこと。

 

「きっと、先輩とのこれからの関係性に戸惑ってるんじゃないっすかねー? 案外、恋って外から見たらシンプルで論理的ロジカルだけど、自分のことになるとわけわかんなくなるじゃないっすか」


 とのこと。

 だから、七海は元気がないんじゃないかって。

 

 それは音子ちゃん自身の気持ちのようにも聞こえたし。

 私にもわかることだった。


「でも。友達が落ち込んでるときって、なにかしてあげたくなるっすよねー? 先輩とも進めてたサプライズ、今夜にでもやっちゃいます? ちょっとはやいけど」


 もちろん、その提案には私も二つ返事でかえしたのだけど。

 話をして思ったけど、音子ちゃんは友達思いな良い子だと思う。


 だから、きっと《《ああいうこと》》をできちゃうんだなって。

 後になって思うことになったのだけど……。

 

――その強さと臆病さのバランスは、どこか私に似てるようで、私にはないものだった。

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