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ep.2-2 この青く澄んだ海で鳴いてる一匹の海猫なんです!

「私って音子って名前じゃないですかー? だから、私はネコ。この青く澄んだ海で鳴いてる一匹の海猫なんです! 私のこと、飼ってくれてもいいんですよ? 先輩」


 手を大きく広げ、砂浜を駆ける少女。

 ふとした拍子に、振り向いて満面の笑みでそう告げた少女は自らの台詞のまちがえにまったく気づいていない様子だった。


 指摘をするのも憚れるくらいの屈託のない笑顔で、にひひ。と笑う。

 そういう表情は彼女と何度もデートを重ねた俺にとって見慣れたものではあるけれど。

 それでもこの後輩キャラのことを俺は気に入っていた。


 とはいえ、あまりにも純粋に俺のことを好きでいてくれることに躊躇しないわけもないのだが……。


「一応言っとくけど、海猫はネコ科じゃないからな」

「……ふぇ?」

「だから、猫じゃないんだって」

「またまた~先輩ひとが悪いですよ~、そうやって騙そうだなんてー。照れてるからって冗談きついっすー」

「鳥だからな?」


 エタ・サンのインターフェースでは、半透明のヴィジョンを使って簡単なインターネットブラウジングが行える。

 いま、せっせと指を空中に沿わせて明後日の方向を見ている彼女は一生懸命に検索しているんだろう。

 【海猫 鳥】とかで。


 そして、その結果は出たようだった。

 みるみるうちに顔を赤く染めていく少女。

 

「――な?」


 俺がドヤ顔でそう口にしたタイミングで、それまでの白い浜辺も青い海も暗転し、映像が切り替わる。

 気づけば俺は電車の揺られていた。


「へ?」


――イベントLv②が強制終了されました。


リザルト:達成評価値 E

イベント:Fail


 夕ぐれの電車の中で、ただインターフェース上に映る評価を眺める。


 何度となく色々な女キャラに途中でデートを打ち切られたことはあるが、水無瀬音子からの打ち切りははじめてのことだった。


「……そんなに怒ることかなぁ……」


 自宅に戻ると。といってもVR上の家になるのだが、いつものようにナナがいた。


「やけに早かったじゃん。どうだったのー?」


 などと聞いてくるものだから、一応報告をする。


「あー、うん。ふたりともバカ。でも恋愛としては、にいさんが悪い」


 そう評価を言い渡された。


       ***


「ねー、先輩! もうバレちゃったので~。これから毎日こうして一緒にいてもいいですか~?」


 俺の左腕にしがみつきながら(頬を擦りつけながら)、登校の邪魔をするクラスメート。

 水無瀬音子……もとい、源寧々子は同級生だというのに俺のことを先輩と呼ぶ。エタ・サンの設定を忠実に守るのなら、エタ・サンのルールを守ってほしい。


「ちょっと、にいさんに近づきすぎバカ猫!」

「おわ……!」


 次は、右腕を引っ張られる。

 義妹のナナだ。


「バカ猫ってなんですかー? あー、もしかして妬いてるんですかー? アソシエイトのプレイヤーとの恋愛は禁止なんですよー?」

「あー。もう、うっさいなー。やっぱりさっきの取り消して報告しちゃおうかなぁ」

「あぁぁぁ、ごめんなさい、調子のりましたぁ。七海ちゃん~~」

「ちょ……急にはずすな!」


 やっと外れた左腕。そのはずみで右方向、ナナの引っ張る方角へ態勢を崩してしまう。そのまま一瞬、浮遊感があった。

 受け身をとろうにも、完全に身体が浮いてしまって、間に合わないことを察した。

 せめてナナだけでも怪我をしないようにと、咄嗟にナナの頭に自由になった左手を添えながら――ふたり、地面に倒れ込んだ。


(……いたた……痛く、ない?)


 むしろ……柔らかい。


「……にいさん」


 左腕はなんとか意図の通り、地面とナナの間に滑り込ませることができていたようだ。

 重要なのは、もう一つ。

 右手の位置だ。

 ……柔らかい感触があった。


「――ッ!」


 俺はその感触を確かめるように――、掌に神経を集中させる。


「……にいさん!」


 はっと気づき、俺は倒れ込んだまま、間近にみえるナナの表情を見る。

 林檎のように赤く染めた顔と、泣き出しそうに潤んだ瞳。


「ご、ごめ!」

「……ぜったい、わざとだ」

「違うって、ただ、なんか……心地いいなー……って」

「さいてー、わたしじゃなかったら痴漢だからね、ふつーに」


 砂埃で汚れたスカートをはたきながら、ナナは呆れたようにため息をついた。

 その一連の事態の間、ぽかんと口をあけて立ち尽くす寧々子さん。


 ほんのりと赤らめた頬を、鞄で隠すようにして、俺たちを見ていた。


「……大胆っすね、おふたりさん」 


       ***

(七海視点)


「おはよ、七海」


 校門のまえでタカちゃんに呼び止められた、にいさんを置いて先に昇降口に向かった。

 そこで声をかけられたのだが、振り向いてまず目に入ったのは、ポニーテールの美少女だった。うん、たくさんゲームの中からキャラメイクされたキャラを見てきたわたしが言うんだから間違えない。

 ほんとに美少女だった。


(里桜、かわりすぎじゃない?)


 あー、わかった。目が大きいんだ。

 それまで眼鏡で隠れていた一番のチャームポイントが目立った結果だと思う。


「おー……里桜かー。一瞬わかんなかった。へー、イメチェンしたんだ? そっちのほうが可愛いよ、てか。うん、マジで可愛い」

「ちょこっとね? さっき遠くからだけど見てたよー? 怪我してない? 大丈夫?」

「あー、大丈夫ちょっとセクハラされただけ」

「あはは、見てたみてた。上矢くん大胆だったね。うーん……もうちょっと私とのデートでも、大胆でいいんだけどなー……なんて」


 靴をそろえて、拾い上げて下駄箱にある上履きと置き換える。

 こういうシステムは、転校してもとくに変わらない。


「あれ? みなもと……さん?」


 わたしの陰に隠れ、縮こまってる生徒の存在にどうやら気づいたようだ。

 なぜ縮こまっているか。

 それはこのバカ猫の悪戯のせいで、わたしはすっころんで、下手すりゃ大けがするかもしれなかったわけで。

 おかげでにいさんに……にいさんに……。


――胸を触られるし。不可抗力だってわかってるけど……。いや、でもぜったい二度目手をうごかしたのは、わざとだし……あー、もう。


「ぜんぶ、このバカ猫のせいだから。さっき転んだの」

「あー、そーなんだー……? てか、バカ猫って」

「ほら、挨拶しなさい。さっき話したように、里桜は、エタ・サンのプレイヤーだから」


 わたしがそう言うと、後ろをついていた音子が前に出る。


「えっと、あの……クラスであんまり話したことなかったっすけど……、改めてよろしくっす。エタ・サンだと水無瀬音子って名前でやってます。てか、私は里桜さんのこと知ってるっす。先輩とのデートのデータとか、開示情報はチェックしてたっすから」

「あー……、なんか恥ずかしいな。でも、私も知ってる。音子ちゃんのこと。たしか海猫の……」

「あああああああ! なんであんなのログ開示されてるのよぉぉぉ」

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