side:無槻虚生4 & 士道歩4
七月六日、久々に外を出た僕は冨羽駅前の繁華街に来ていた。
冨羽市はそれほど人の多い街ではないし、目立った観光地もないが、ここはカラオケやショッピングモール、カードショップなどが一通りあり、地元の学生が休日や学校帰りによく集まってくる。
「……」
パーカーのフードを目深に被り、何度も視線を左右に動かして周囲を警戒する。傍から見れば完全に不審者だろうが、いつあいつが襲ってくるか分からな以上、警戒していないと落ち着かない。
交差点で通行人に紛れて信号を待つ間、僕はスマホを開き、アノニマスの更新を確認する。まだ次の自殺予告はされていない。代わりに、管理人宛のダイレクトメッセージが一件。
「まさか、また……」
恐る恐るタップしてみると、送信者の名前は『Sido』。
「よ、よかった」
とりあえず相手がBlueDaysではなかったことに一安心しつつ、内容を読んでみると、どうやらそれは書き込みの削除依頼のようだ。
確認してい見ると、森本潤也という人物の住所が晒されている。
「これは……」
周辺の書き込みを見てみると、どうもこの森本潤也という人は冨羽高校三年二組の担任教師であり、何故かアノニマス上でものすごく叩かれている。まるで彼が集団自殺の原因みたいな書き込みもされている。
僕はとりあえず依頼のあった住所が書かれた書き込みを削除した。既に投稿されてから三日経っているので手遅れのような気もするが、それ以上は僕には関係ない。
信号が青になる。
僕はスマホをポケットにしまい、人の波に合わせて歩き始める。普段買い物に行く時はできる限り人目を避けて裏道を通るが、今回は逆に人通りの多い道ばかりを選んで歩いている。いくらなんでも、この衆人環視の中なら僕が襲われることもないだろう。
―――君は死なない。その前に死ぬ奴がいっぱいいるからね―――
あれはどういう意味だろう。僕を殺すのは最後で、その前に他の奴をもっと殺すという事だろうか。
そんな事を考えながら渡り終えると、僕の右頬を一陣の風が撫でた。
「!」
クラクションの音
それから遅れて固い物を潰したような鈍い音、さらに遅れて怒号と悲鳴。
僕が事態を認識したのはそれからさらに数秒間が経過した後だった。
「あ、あ、あ……」
粉砕された肉塊、水風船のように噴出した血、夏の熱気で血のむせ返るような匂いが交差点上に充満する。
視界が歪む。耳が裂ける。鼻が曲がる。頭が割れる。思考がぼやける。
景色が色ずれしたように何重にも重なって見える。その向こう側のうつ伏せに倒れた死体、その眼球が僕の方を睨みつけて……
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
嫌だ、もう見たくない。見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない。
「おい。大丈夫か?」
「!」
気付くと、目の前に死体はなく、周囲の通行人たちが奇異の目線を向けていた。
「え?」
何だったんだ。今のは幻覚?
「おい」
気が付くと、僕の横には松葉杖を付いた男が立っていた。
「す、すいません。何でもないですごめんなさい」
その人の顔が怖かったので、僕は慌てて頭を下げてすぐにその場から立ち去った。後ろからその男の人が何かを言っているのが聞こえたが、僕は無視して、そのまま逃げるように走り去った。
◆
「お、おい!」
士道は路上で絶叫した青年を呼び止めたが、彼はわき目も振らずに走り去ってしまった。
「何だったんだ?」
彼の事は気になるが自分の脚では追いかけることができない。士道はスマホで時刻を確認する。約束の時間まで後十五分、寄り道をしている暇はなさそうだ。仕方なく士道は歩みを再開する。
しばらく歩いて士道は商店街前にある喫茶店チェーン「ムーンボックス」にやってきた。士道は一度カウンターに立ち寄ってコーヒーを一杯購入した後、待ち合わせの相手を探す。
広い店内には人が疎らに座っており、待ち人を見つけるのにそれほど時間を要さなかあった。
「よ、よう」
壁際の日の当たらない席に座っていたのは挙動不審な男、森本潤也だった。
「待たせたな」
士道は短く返して彼の向かいに座り、その様子を観察する。どうやら一昨日に比べて増しにはなったようだ。
「話す気にはなったんだな」
「そ、その前に聞かせてくれ。俺が死ぬってのはどういう事なんだ?」
やはり彼も、そこが引っ掛かるらしい。彼に話を聞きに来たのは元々、現場の状況を教えてもらおうと思ってのことだった。だが、彼の顔にそれが見えた以上、事は急を要する。だからこそあのような脅し文句を使ったのだ。
「そのままの意味だ。お前はあと数日、そうだな……早くて一週間、長ければ十日程度ってところか?」
「は? い、意味が分かんねぇよ」
「まあ分からないだろうな」
士道はコーヒーを一口飲む。
「信じられないかもしれないし、別に信じなくてもいい。俺がこれからするのはそういう話だ」