side:無槻虚生3 & 氷室凪1
夜、僕が警察に連れていかれてから丸一日が経過したが、心はざわついたままだ。
集団自殺、取調、そしてBlueDays。
一遍に色んな事が起こりすぎてまだ整理がつかない。
「何で僕がこんな目に……」
部屋のベッドの中でうずくまったまま、僕は何をするでもなくそんな言葉を吐く。これも全て働きもせずに親の金を食い潰している罰なのか。そんな考えが頭を過ぎった。
「だって、しょうがないじゃないか」
気を紛らわすためにスマホを見る。すると、ネットの急上昇には冨羽高校集団自殺を取り扱ったニュースサイトやまとめサイトがひしめき合っていた。記事のタイトルは「集団自殺の謎を徹底解剖」、「[悲報]集団自殺で日本オワコン」など大衆の興味を引くキャッチ―なものがつけられている。世間はこのセンセーショナルな事件を楽しんでいるんだ。
試しに記事の一つに目を通してみたが、そこに書かれていたのは事件の内容を面白おかしく冷やかしたもの。中には今までの予告と関連付けて、事件を考察するような書き込みもあったが、それもどうせ探偵気分で事件を楽しんでいるだけ。
「どいつも、こいつも」
人が死ぬのがそんなに面白いのか。
嫌になった僕はスマホをベッドに投げ出し、そのままうつ伏せになって目を閉じる。
このまま何もかも忘れて眠ってしまいたい。そしてできればこのまま永遠に目覚めなければ……
「だったら、死ねばいいんじゃないかな?」
「!」
耳元にその声が届いた瞬間、僕は身動きができなくなっていた。
「あ、あ、あ……」
まるで言うことを聞かない体で、それでも何とか眼球だけでもと動かして僕はそれを見た。
黒いペストマスクで顔を隠し、紺のパーカーのフードで頭を覆った不気味な男。そいつは軍手をした右手人差し指で、僕の首元に触れる。
「こんにちは。コウ」
「!」
くぐもった中性的な声で僕の名前を呼ぶマスク男。こいつ、まさか……
「Blue Days……」
いつの間にか動くようになった口で、そいつの名前を言葉にする。
「正解。僕が君にメッセージを送ったBlue Daysだ」
「ぼ、ぼぼ僕もこっ、殺すのか?」
恐怖を押し殺し、弱弱しい口調で何とか言葉を発する。すると、そいつはマスクで覆われた顔で笑いながらこう答えた。
「殺す? まさか。僕は誰も殺していない。みんなは勝手に死んだんだ」
こいつはあくまでそういうスタンスらしい。とにかく、何としてでもここから逃げるか助けを呼ばなければ。体は動かせない。だったらと息を吸い込んだその時、
「 !」
再び僕から声が奪われる。
「残念。大声を出そうったってそうはいかないよ」
すると、そいつはどこからともなくロープを取り出して僕に見せつける。ホースくらいの太さはあるホームセンターなんかで売ってる発砲ロープだ。その先端にはご丁寧にちょうど人の頭一つ分くらいの大きさの輪っかが作られていて……
「 ! ! !」
ヤバい。死ぬ。死ぬ。死ぬ。殺される。必死に声を出そうとするが、口から出るのはか細い呼吸の音だけ。
「そんなに焦らないでよ。大丈夫だよ。君は死なない」
「?」
何だ? こいつは僕を殺すつもりじゃないのか?
「僕の質問に正直に答えてくれればね。それだけで君の命は助かるよ。どうする?」
僕は迷うことなく首を縦に振る。そんな僕の姿が滑稽なのか、Blue Daysは嬉しそうにケラケラと笑う。
「そうかそうか。即答してくれて助かったよ。それじゃあ質問だ。あ、言っとくけど嘘ついたらどうなるか、分かるよね?」
僕が必至で首を振ってアピールすると、そいつも納得したようで話を続ける。
「じゃあ改めて。まずは……君の名前は?」
名前? 今更何を聞いているんだこいつは。だってこいつは僕の名前を知っているはず。
「ほら、早く答えなよ。もう喋れるようにしてあげてるからさ」
「……無槻、虚生です」
「OK。次は、君の長所を教えてください」
「パソコンがある程度、扱えます」
全く意味の分からない質問だったが、とにかく殺されないために答える。
「じゃあ短所は?」
「人と話すのが苦手です」
「大学時代、サークル活動の経験は?」
「ありません」
「何か資格を持っていますか?」
「ありません」
「趣味はある?」
「ありません」
こいつは一体何を聞いているんだ? こんな質問に何の意味が……
「将来やりたいことは?」
「ありません」
やめろ。これじゃあまるで……
「大学時代、最も真剣に取り組んだことは?」
「……ありません」
そこで質問は途切れ、僕の部屋を静寂が包んだ。気付くと、自分の体は汗でびっしょり濡れ、冷房の効いた部屋の空気に触れて体温を一気に下げる。
「フッ……フフ、ハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
やがて冷たい空気を切り裂くように、そいつの笑い声が部屋中に響き渡る。
「残念ながら、それじゃあ不合格だね」
そいつは拳銃を出現させると、僕の額に近付けた。
「な、何でだよ! ちゃんと質問には……!」
「だって、誰がこんなやつ合格にするのさ」
「ちょっ、まっ!」
パァンッ!
乾いた音が鳴って数秒、僕の意識は途絶えていなかった。何が起こったのか分からず、閉じていた瞼を開く。目の前の拳銃からは銃弾ではなく、小さな国旗が飛び出していた。
「言っただろ? 僕は誰も殺さない。君たちは勝手に死ぬだけだ」
マスク男は銃をしまうと、踵を返してベランダの窓の方へ歩く。
「安心しなよ。君は死なない。その前に死ぬ奴がいっぱいいるからね」
「待て!」
自由になった体を起こして追おうとするが、その時には既に奴の姿はなかった。
◆
夜九時、すっかり人の気配のなくなった警察署内で、氷室凪は一人、黙々とパソコンに向き合っていた。
画面に表示されているのはこの二ヵ月の間に起きた自殺者のリストと、その身元等の情報が記された資料だ。BlueDaysから予告のあった者から、そうでないものまでごちゃまぜになっているので、一度整理しているのだ。
「これは結構かかりそうですね」
資料の整理がされていないことから、今まで警察が真面目に連続自殺について取り扱っていなかったことは明らかだ。昨日の集団自殺があってようやく重い腰を上げたという感じだ。
それ自体は無理もない。何故なら目撃証言、外傷、鑑定結果、その他現場に残されたあらゆる情報がこれは自殺であると言っているのだ。不自然な点といえば、動機がないことと自殺の仕方があまりに突発的すぎること。
正直なところ氷室も、BlueDaysの存在に気付いていなければこの事件をここまで必死に追ってはいなかっただろう。
「それにしても……」
こうして整理していくと、投身自殺が明らかに多い。学生が多いからか、特に教室の窓からの飛び降りが多い。それを狙うかのように、予告される時間も授業中の時間が多いのだ。
「これは、何か意味が……」
この手の劇場型犯罪の犯人は、被害者や殺し方に関連性を持たせる傾向にある。警察も捜査する場合はそこから次の犯行を推測するのだが、今回は犯人自ら予告してくれるので、必要はないのだが。
「ん?」
そうして過去の資料に遡っていくとふと、資料の中にあったある項目が目に入る。
それは今からちょうど二ヵ月前に起きた最初の自殺事件、その被害者『霞秋穂』の年齢である。
「二十八歳?」
年齢が明らかに高い。他の被害者は全て十代の人間なのに、彼女だけが二十代後半という不自然な年齢差だ。しかし、彼女の名前がアノニマスの自殺予告の中にあったことも確認済みだ。何故、この最初の一回だけは彼女を狙ったのだろうか。
『デンワガキタヨー、デンワガキタヨー』
氷室の思考を遮るように、着メロが鳴る。
一度パソコンを操作する手を止め、電話の相手を確認する。表示されていたのは昨日自分が事情聴取を行った臆病な青年の名前だ。
「もしも……」
『た、たた助けてください!』
定型句を言い終わる前に、彼の酷く焦燥した声が聞こえてきた。
「どうしたんですか?」
『あいつが、あいつが出たんです』
「あいつ?」
『BlueDaysが、ぼぼ僕を……』
「落ち着いてください。何があったんですか?」
『は、はい。すいません。じ、実はBlueDaysが、僕の部屋に現れて』
「それは部屋に入ってきた、という意味ですか?」
彼の使った「現れた」という言葉が気になったので思わずそう尋ねた。すると、彼はか細い声で「違います」と答えた。
『いきなり、僕の部屋に……現れた、です』
しどろもどろになりながら、彼の口から紡がれたのはそんな返答だった。
『ほ、本当です!信じてください!』
「落ち着いてください。あなたの事を疑ってはいません」
落ち着かせるためにとりあえずそう言うが、彼がまともな精神状態ではない以上、どれほど信頼に足るかは怪しい。
「それはどんな人でしたか?」
『ペストマスク、被った男、それで紺色のパーカーを着てて、それから……フードも被ってて、後……手袋もつけてました』
顔を完全に隠しているという事だろう。しかし返答の的確さや答えるペースから彼の発言が嘘ではないのはよく分かった。
「そのペストマスクの人物に何をされたんですか?」
『それは……』
彼の話によると、BlueDaysは謎の問答を繰り返した後、まるで煙のように消えたという。到底信じがたい話だが、しかし妄言と一蹴していいものでもない気がした。
「分かりました。その人物についてはこちらで調査しておきます」
『ほ、本当ですか……?』
「はい。必ず犯人は捕まえます」
『お、お願いします』
そう言って電話は切られた。
「さて、ペストマスクの男と霞秋穂、まずはどっちを追うべきですかね」
正直彼の与えてくれた情報だけで、犯人を追うのはかなり厳しい。混乱していたようだったし、背丈や肩幅を目測の数値で教えてもらうのも難しいだろう。ならまずは霞秋穂について調べるべきだ。
そう考えた氷室は、彼女に関して他に情報はないかとデータを読み漁った。