side:飯田哲郎1 & 無槻虚生2
◆
同刻、某テレビ局スタジオ。
「これは明らかに誰かに見せつけるという目的が見えます。これはカルト宗教の集団自殺などに通じる思想であり、死に「生からの逃避」以上の特別な目的を見出していると思われます」
冨羽高校集団自殺を特集した特番に、急遽呼ばれた精神科医の飯田哲郎は、今回の事件をなるべく分かりやすく解説する。
「では、彼らは何らかの宗教に嵌っていたと?」
女性キャスターの問いに、彼は静かに頷く。
「今回のような異常な行動は何者かによって仕向けられたと考えるのが妥当です」
「先生、質問よろしいですか?」
そこで、スタジオにいた小太りの男が割って入ってくる。
「あなたは件の冨羽高校で学校専属のカウンセラーもしていますね。にもかかわらず、今回の事態を防ぐことができなかったのは何故ですか?生徒から相談などは受けなかったのですか?それ以前に、自殺の兆候や異変に気付くことはできなかったのですか?」
小太りの男は捲くし立てるように質問を浴びせる。これはこの男、増田和夫のやり方だ。彼はゲストに批判的な意見や、攻めるような言葉を投げかけることでゲストを煽り、討論に持っていく。その方が視聴者受けもよく数字が取れるからだ。
飯田自身もこの手の番組に出演することは初めてではない。精神科医、心理学者、高校のカウンセラー。こういう職業をしていると少年犯罪や有名人の自殺などが起こればたびたび呼び出される。
「先程も申しました通り彼らには一切兆候がなかった。そこが今回の事件の最も奇怪な点であり……」
「しかしですね。それを見つけるのがあなたの仕事であり義務ではないですか?なんのための学校専属カウンセラーですか?」
彼はかなり食い気味に批判の言葉をぶつける。
「日本の自殺者数は年々減少してきているのはそういう努力があってこそでしょう。それなのにあなたがそれを怠った結果が今回の事件なのでしょう?」
まるで飯田に全ての責任があるかのような物言いだ。この番組自体がこういうスタイルなのは分かってはいたが、今日の彼はいつも以上に発言が攻撃的だ。その様子に不審に思いながらも、ここは彼の討論に付き合ってやることにした。
「確かに、私の力不足も原因として挙げられるでしょう。カウンセラーという立場でありながらあなたの言う通り生徒たちの異変に気付けませんでし」
「それはつまり、責任を認めるということですか?」
まるで尋問のようだと、飯田はため息を吐いた。どうやらこの番組は何がなんでも自分を悪者にしたいらしい。
「私に責任の一端があるのは事実です。しかし、今論じるべきはこの集団自殺がどうだったかではなく、次を防ぐことではないでしょうか」
「次、とはどういうことでしょうか?」
ここで今まで増田に気圧されて黙っていた女性キャスターが口を開く。
「皆さんはアノニマスというのはご存知ですか?」
「アノニマス、ですか?」
「匿名という意味の英単語ですな。それがどうしたのですか?」
「アノニマスというのはサイトの名前です。通常の検索では引っ掛からないいわゆる裏サイトと呼ばれるものです」
「それは冨羽高校の学校裏サイトということですか?」
「そうではありません。日本の学生全員を対象に作られた裏サイトです。まあ内容そのものは他の学校裏サイトと大差ないので今はいいでしょう。問題はそこで最近行われたある書き込みです」
「それは何なのですか?」
「勿体ぶらずに早く言ってください」
増田はイライラした様子で飯田の次の言葉を急かす。
「そうかっかしないでください。実は、そのサイトに今回の集団自殺を予告した書き込みがあったんですよ」
その言葉にスタジオが騒めく。出演者の動揺はもちろん、カメラマンなどもスタッフも困惑した様子で、ADはカンペを落としてしまっている。
この慌てよう、マスコミはまだこの情報は掴んでいないらしい。
「予告って、そ、そんな馬鹿な……」
「今からお見せしましょう」
すると、飯田はスマホを取り出して、慣れた手付きで操作して問題のサイトを開く。
カメラマンも思いっきりカメラを寄せて、彼のスマホを映そうとしている。
「これです」
カメラレンズにスマホを向ける。そこに映っていたのは……
◆
『七月一日、冨羽高校三年二組の生徒諸君。君達に生きる意味はない。全員死ね』
僕を連れ去った女刑事―――確か氷室さんだったか―――が見せてきたのは、アノニマスに書き込まれたそんな文言だった。
「こ、これは……」
「あなたが管理するサイトに投稿された、犯人からの自殺予告です」
僕は現在、取調室にいる。灰色の壁に囲まれた閉塞感のある部屋、さらに視界の端に映るマジックミラーが緊張感を煽る。警察の人と一緒というだけで息が詰まるのに、どうしてこんな精神を追い詰めるような構造をしているのだろうか。
「そ、それで……その書き込みは、一体……」
こちらからは見えないはずなのに、マジックミラーから何人もの人間の視線を感じる。少しでも不審な動きを見せればすぐに僕を捕まえられるように構えているような、そんな気がしてならない。
「本当に何も知らないんですか?」
「ぼ、僕は何も知らない!」
つい叫んでしまった。
落ち着かないと。危険人物と判断されて拘束されるかもしれない。けれど、そう考えれば考えるほど体の震えは激しくなり、ますます挙動不審になる。
「ぼ、僕は、管理人って言っても、その……だだけで、そ、それに、犯人から書き込みがあったからって、ぼ、ぼ僕に、何か罪が……」
言葉がうまくまとまらない。氷室さんのジト目が視界に入るたびに、自分の発言が全て間違っているように感じて、声がどんどん小さくなっていく。
そんな僕の姿に呆れたのか、氷室さんは深くため息を吐いて、少しだけ穏やかな顔になり僕を落ち着かせるような穏やかな口調で話し始める。
「いいですか。我々はあなたを疑ってはいません。あくまで重要参考人として任意同行をお願いしただけです」
「じじゅ、重要参考人って、要するに被疑者ってことじゃ……」
「違います。それに、任意同行なので、あなたが帰りたければいつでも帰ることができます」
「だっ、だって、帰ったら余計に疑われるし……」
「はぁぁ……」
彼女が酷く疲れ切った顔でため息を吐いた。
「私達が調査している事件の概要は聞いていましたよね?」
「はい。一応……」
アノニマスにさっきみたいな自殺予告が投稿され、その予告通りに自殺が起きる。そんな連続殺人ならぬ、連続自殺事件が二か月ほど前から起きているらしい。
自殺者は学生、主に高校生であり、冨羽市に住んでいる人間がこの二か月の間に四十三人、今日の集団自殺も含めれば八十一人も死んでいる。日本全国ではなく、市という小さい単位の行政区分の一つでしかない冨羽市で、この人数の自殺者が出るのは異常だろう。
「では聞きますけど、あなたに人を自殺させることが可能ですか?」
「む、無理です」
「そうですね。加えてあなたはこの二ヵ月の間、ほとんどアノニマスにアクセスしていないことも確認できています。あなたに犯行は不可能です」
「そ、そうなんですか」
とりあえず自分の潔白は証明されていると分かり安堵した。
「それで、話を戻しますけど、この書き込みをしたアカウントに心当たりはありますか?」
言われて僕は再度、彼女のスマホを見る。あのおぞましい書き込みの上に、その名前は書かれていた。
「え?」
BlueDaysさんのコメント 七日前
それはつい先ほど、自分にメッセージを送ってきた人物の名前。何故こいつが今ここで……
「どうしたんですか?」
「こ、こいつ……今日、僕にへ、変なメッセージを送ってきたんです」
僕はすぐさまスマホを取り出して、アノニマスを開いてその内容を彼女に見せた。
「これは……」
「僕のな、名前も……割れて……」
もしかしてこいつは、僕のことを狙っている?『次は誰が死ぬのかな?』というメッセージは遠回しに僕の事を殺す、次のターゲットはお前だと、そう言っているのか?
「た、助けてください!ぼぼ僕はこいつに殺される!」
「落ち着いてください!」
半狂乱になった僕の肩を氷室さんが掴んで押さえつける。
「まだそうと決まった訳ではありません。今、警察もこの人物の正体を探っているところです」
「で、でも、こいつ、きっと僕のこと」
メッセージを送ってきたタイミングといい、きっと僕の部屋に盗聴器か監視カメラが仕掛けられている。あるいはパソコンにスパイウェアが仕込まれていて僕のことを監視しているのかもしれない。そう言おうとしたが、唇が震えてうまく声にできない。
すると、氷室さんがメモ用紙に何かを書き、そっと僕の手に握らせた。
「私の電話番号とメールアドレスです。何かあった場合はこちらに連絡してきてください」
「……」
「今日はもう家に帰ってゆっくり休んでください」
彼女に優しく言われて、僕は静かに首を振った。