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イタイ-青春厨症候群-  作者: 師走
第一章 青くして死ね
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side:無槻虚生 1

 生きている意味がない。


 そう考える人間は多分、大勢いる。けれどそう考えた人間が必ずしも自殺するとは限らない。むしろそれを思い立ったり、あるいは実行に移したりする人の方が稀だろう。毎日同じことの繰り返しで、人生の意味を見出すことができなくとも、それは生きる理由がないのであって死ぬ理由があるということではない。


 生きたくないことは、決して死ぬこととイコールではないのだ。


 かくいう僕も、自分の人生に意味があるとは思っていないが、かといって死にたいと思うことはない。親の脛をかじって生きていることに申し訳なく思うことはあるが、それで自殺を考えたことはない。人に迷惑をかけておきながら図々しい言い分だと自分でも思うが、それでも敢えて言うなら、僕のようなクズですら死ぬ気にならないのだ。普通に生きているなら自殺を考えることなどないはずだ。

大抵の人は惰性で生きていける。そう思っていた。


 だからネットで偶然そのニュースを目にした時、僕は言葉にできない嫌悪感と酷い吐き気を覚えた。


『ご覧ください! たった今救急車が到着しました!』


 スピーカーからアナウンサーの動揺した声と、野次馬の奏でる雑音が響く。


 カーテンを閉め切った部屋で唯一の光源であるパソコンの画面。その向こうでは何台もの救急車が学校に乗り入れられ、瀕死の生徒達をバケツリレーでもするかのように流れ作業でその中へ運んでいく。


 中には明らかに死んでいると思えるほど、顔の形が変形していたり、大量の出血で制服が元の色が分からなくなるほど赤く染まっている人の姿も見られる。その悍ましい光景の所為か、そんなはずはないのに鼻の中にむせ返るような血の匂いを感じる。


 この動画は今日の昼過ぎに放送されたニュース番組を録画してそのまま投稿したものだ。暇つぶしに動画サイトを閲覧していたところ、この動画が急上昇に上がっていたのでクリックしてみると、このような映像が流れたのだ。


 ニュースの内容は今日起きた高校生の自殺を報道したもの。これだけなら世間のありふれたニュースでしかない。しかし、自殺したのは一人や二人ではないのだ。


『ようやく三十八人の生徒が全員運ばれました。彼らに一体何があったのでしょうか?』


 そう。自殺したのは三十八人。


 冨羽(ふわ)高校の生徒一クラス全員が授業中に、一斉に飛び降りて自殺を図ったというのだ。


「うっ……」


 こみ上げる吐き気に耐え切れず、僕はすぐさまブラウザを閉じた。


「酷い内容だったな」


 僕はそれ以上パソコンを触る気にはならず、そのままパソコンを閉じてベッドに倒れこんだ。

 一体何を思えば、あんな事ができるのだろうか。嫌々生きているのでは駄目なのだろうか。


「どいつもこいつも、死ぬのがそんなに楽しいのか」


 嫌な記憶を振り払うように、僕はパソコンに背を向けスマホの電源をつける。


 七月一日十六時十三分。


 画面上でデジタル数字が示した時刻を見て、もうそんな時間だったのかと思ってしまう。ずっと家に引き籠っていたせいで時間の感覚がなくなってきている。もう二年間まともに外に出ていないのだから当然だ。


 親に申し訳ないと思いながら、現状を変える努力をしない。就職活動もまともにしない社会のゴミ。死ぬべき奴がいるとしたらきっとこういう奴だ。


「就活、仕事か……」


 不意に頭の中に二年前に受けた面接の光景が浮かび上がる。


 正直、企業側もあれほど酷い新卒にはかつて遭遇したこともないだろう。それくらい、あの時の僕は最悪だった。


 最も、最悪なのは今でも変わらないが。いや、むしろ酷くなっているのか?

 そんな事を考えていたせいか、気付くと僕は検索アプリに「就活」と打ち込んでいた。しかし、結局決定は押さずに、スマホをベッドに放り出そうとする。その時、


「ん?」


 右手に振動が伝わる。画面を見ると、何かの通知が来ている。


「アノニマスから?」


 それは僕が運営するサイトからの通知だった。

 学生総合裏サイト『アノニマス』。

 内容は学生がただ愚痴を書き込むための掲示板のようなもので、ネットという仮面を

被って悪意(ほんしょう)を吐き出すことができる場所なので、匿名(アノニマス)と名付けた。以前は定期的に学生向けの情報を発信していたが、最近はほとんど更新していない。


 アノニマスは管理者が更新しなくても、利用者が自由に情報を投稿できるうえに、もうすっかり普及したSNSと違って、過激な内容を書き込んでも咎めるものは誰もいない。炎上前提なので、よっぽどのことがなければそのあたりもほったらかしだ。


 だから、やることと言えばアクセス数と広告がどれだけクリックされたかをチェックするくらいだ。

 しかし、何故そこから通知が来ているのだろうか。

 普段はほとんどパソコンで作業をするし、アノニマス関連でスマホに何か通知が届くことはないはずだ。不審に思いながらサイトを開いて見ると、


「Blue Days?」


 それは見慣れないアカウントからのダイレクトメッセージだった。管理人の僕にメッセージを送るとなると、書き込みに対する苦情や削除依頼だろうか。そんなことを思いながら何の気なしにそのメッセージを開いた。


『今日もいっぱい死んだね』


 内容はその一言。普段なら意味不明なスパムとして切り捨てるところだが、その内容はたった今の自分に向けられたものにしか思えなかった。僕がついさっき集団自殺のニュースを見ていたことを知っているような。


 その嫌な推測を裏付けるかのように、送られた追加のメッセージ。それに目を通した瞬間、僕は恐怖で呼吸が止まった。


『次は誰が死ぬのかな? 楽しみだねコウ』


 スマホが右手からすり抜ける。

 何で僕の名前を? 一体どこから情報が洩れて……


 ピーンポーン


「ひっ!」


 困惑している僕の耳に、インターホンの音が届く。僕の家を訪ねてくる人間は滅多にいない。今日は通販の荷物が届く予定はないし、だとすると……


「こいつか……」


 僕はスマホの画面のメッセージを睨み付ける。そうしている間にも再びチャイムの音が鳴り響く。


「……」


 意を決して、僕は部屋の外に出た。


 自室から部屋干し用の物干し竿を持ち出し、それを構えながら玄関へと向かう。慎重に足音を立てないように廊下を一歩、また一歩を進んでいく。


 ピーンポーン


 三度目のチャイムの音。


 どうやら出直す気はないらしい。


「……ッン」


 口の中に溜まった唾を飲み込み、僕は一気に扉を開け放った。


「っ!」


 久しぶりの陽光に目が眩む。


 その瞬間、竿が虚空を突く感触があったかと思うと、不意に右手を後ろ手に拘束されて地面に叩きつけられた。あまりの早業に呆けていたが、僕を睨みつける鋭い眼光に我に返る。


「こ、殺さないで!」


 このままでは自分はこの人に殺される。そんな恐怖に支配され、僕は必死に命乞いをした。しかし、返ってきた反応は意外なものだった。


「殺す?」


 僕を拘束するその人物はほんの一瞬、怪訝な顔を見せただけですぐに拘束を解いてこう続ける。


「何のことか知りませんが、これは公務執行妨害ですよ」

「へ?」


僕の見下ろしているのはスーツ姿の女性だった。肩にかかるほどの長い黒髪を掻き揚げ、切れ長の目で、へたり込んだ僕に蔑みと哀れみが混じったような視線を送る。


「本来なら現行犯ですが、まあ今回は不問とします。こちらも忙しいので、あまり些末な問題に時間を取られるわけにはいきませんから」


 彼女は僕の腑抜けた姿が見ていられなかったのか、ため息を吐くとともに、うつ伏せになっている僕に手を貸してくれた。


無槻(むつき)虚生(こう)さん。ですね」


 敵じゃないと分かって安堵したのも束の間、彼女は警察手帳を取り出して、僕に突き出してきた。


「捜査一課の氷室(ひむろ)(なぎ)といいます。あなたを、此度の連続自殺事件の重要参考人として、任意同行を願います」

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