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この虹がかった空の下なら  作者: 奈良ひさぎ


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9/12

9=メン限雑談

 翌日、19時55分。

 私はベッドにノートパソコンを置いて、リョウカちゃんのメンバー限定配信画面を開き、その時をじっと正座して待っていた。私と同じ考えをした人も多いのか、早くもコメントが流れては消え、流れては消えを繰り返していた。熟練の猛者はシンプルに「待機」やら、リョウカちゃんのメンバーシップ特典のスタンプを送るのみだったが、この一週間でメンバー入りしたのだろう人たちは「るりちゃん出んのかな」「リョウカみなものコラボは珍しいな」と、率直な気持ちをコメントに出していた。そもそもメンバー限定配信で、このようにコラボ雑談を出すケースは珍しい。だいたい晩酌配信や作業配信、あるいはASMRをやるVTuberがほとんど。実際、リョウカちゃんは歌ってみた動画の先行公開や晩酌配信を、みなもちゃんはASMRを普段やっていることは、SNSで知っていた。注目度も高く、リョウカちゃんのメンバーはほぼほぼ全員がこの配信を待っていることになるほど、同接数が増えていた。


「Now Loading...」


 二人の配信は、るりちゃん引退後の喪失感の中漠然と漁ったことがある。リョウカちゃんの待機画面は昔から変わらない。みなもちゃんの絵師さんが描いてくれたものだ。代わりにみなもちゃんの待機画面はるりちゃんの絵師さんが描いてくれたもの。るりちゃんはリョウカちゃんの絵師さんに作ってもらっていて、そこからも三人の仲の良さがうかがえる。みなもちゃんは通常配信とメン限とで待機画面を別にしているらしいが、リョウカちゃんは特に変えない。「お待たせ、ようこそあたしの楽屋へ」というあいさつも、一字一句変わらない。


「ちゃんとメン限になってるね、よし。じゃ始めよう。時雨リョウカ。こっちは」

「はーい、晴川みなもです! 今日はリョウカちゃんのチャンネルにおじゃましてます! よろしくねぇ」


 きりっとした低めの声でリョウカちゃんが、高くふにゃっとした、こちらまで溶けそうな声でみなもちゃんがあいさつする。始まった。私は質問をコメントで打ち込む準備をする。聞きたいこと。それはるりちゃんの引退の真相。ここまで来れば、大したことが聞けなくてもいい。里奈ちゃんに何か、上手く言い出せるヒントが見つけられればいい。そう思っていた。


「この配信やるって言ってから一週間。切り抜きで広めてくれたリスナーのみんな、ありがとう。つぶやきとかリツイートで広めてくれたみんなも。今日は会社にも許可を取って、るりの話をすることにしました。るりやあたしたちに対して誹謗中傷とか、著しく尊厳を傷つけるものとか、そういう常識から外れたものじゃなければ、基本的に質問には全部答えます。コメントもどんどん拾っていくので、事前に来たのと被ってるかもとか、全然気にせずにコメントしてください」


 ここでリョウカちゃんがいったん水を飲んだ。みなもちゃんは特に何もしなかったが、咳払いをして次に声を出す準備を整えた。


「……初めに言っておきますね。本当は今日、るりちゃんにサプライズで登場してもらう予定でした。声だけなんだけどね。そのためになんとか予定を調整できないかって、頑張ってたんだけど、ダメそうということになりました。ただ、……今日、どこかで聞いてくれてはいるはずなので、みんなもよろしくね」

「るりもたぶん、るりじゃないどこかの誰かさんとして、コメント欄に出てきたりするんじゃないかな。でもあんまり詮索はせずに。るりももし聞いてたら、自分から言ったりしないように」


 昨日リョウカちゃんが里奈ちゃんに予定を聞いていたのは、これに出られるかどうかということだったのだろう。私にも分かるほど匂わせていた里奈ちゃんだけれど、虹ノ宮るりとして、二年ぶりにもう一度ネットの世界に顔を出すことは相当迷い、悩んだのだろう。そりゃそうだ。二年ぶりともなれば、何を言われるか分からない。リョウカちゃんの言った通り、ひどい誹謗中傷を受ける可能性もある。昔からのファンにそんな人はいなくとも、このためだけにメンバーに入り、逃げる人だっているかもしれない。里奈ちゃんがこの配信の場に現れてもそうでなくとも、それは間違いなく里奈ちゃんにとっての正解だ。


「さて……じゃあ、事前に来てた質問から答えてこうか。まずはみなも、お願い」

「はーい。さっきリョウカちゃんも言ってたけど、質問に答えてる間もどんどんコメントで質問していいからねぇ〜私たちのマネちゃんもいて、拾ってメモしてくれてるので! じゃあ最初の質問、『るりちゃんの三年間の配信で、リョウカちゃんとみなもちゃんが一番面白かったのはどれですか?』……」


 最初はやはり、当たり障りのない質問から始まる。ファンも予想できただろうし、リョウカちゃんたちもそのつもりでスケジュールを組み立ててきたことだろう。ちなみに面白かった配信は二人とも利きヨーグルト対決で一致。その次の一番記憶に残っている配信は、リョウカちゃんは二年目のクリスマス歌枠、みなもちゃんは三年目のバレンタインデー雑談。その後も、るりちゃんの歌についての質問が続いた。リョウカちゃんも歌ってみた動画を出したり、歌枠を定期的に開いたりと歌に対して真剣に向き合っているからか、るりちゃんの歌は特別に感じているらしかった。


「じゃあ、次。……こっからもうちょっと、踏み込んだ話しよっか。みなもが酔い潰れないうちにね」

「私はらいじょうぶぅ〜続けてぇ」

「酔ってるじゃん。飲みすぎないでよ? ちゃんと水飲んで」

「はぁい」

「分かってるんだか分かってないんだか……。じゃあ、質問ね。『るりちゃんの引退発表は突然でしたが、二人は事前に知らされてましたか』」


 リョウカちゃんが宣言すると、それまでそこそこのペースで流れていたコメント欄が、一瞬ぴたりと止まった。ついに来たか、とみんな思ったのが明らかだった。私も心がざわざわとして、マウスを握る手が少し震えた。


「……これね、実はどっちとも言えないとこなんだよね。るりが発表した二日前に知らされて。もちろん事務所にはそれなりに前から言ってたらしいんだけど、まああたしたちは実質初耳みたいな感じ。しかももうすぐ三周年ってタイミングで発表して、ホントに三周年記念配信で引退したわけだから、そのへんの行動力はすごいっていうか、なんていうか」

「私は引き止めちゃったよねぇ、もっと一緒にやろうよって。でも意志が固くて、もう決めたことだからって。私たちも、いろいろ考えたよねぇ」

「そう。あたしたちもさ、永遠にこのお仕事ができるわけじゃないし。でもそういう現実を、どこか見ないようにしてるっていうか、まるでどこまでも続けられる体で活動してるっていうか。でもるりはそのあたり、ドライに見てたんだろうね。幸せなことに、るりは二年経った今でもこうして、たくさん集まってくれるくらいにはファンがいたわけだけど、そうじゃない人だっていっぱいいる。あたしたち七期生はありがたいことに、デビューの最初からある程度認知してもらった状態だったけど、一期生や二期生の先輩たちはそうじゃなかった。そのあたりを、るりはきっと冷静に見てたんだと思う」

「……怖いよねぇ。やっぱり、いつか応援してくれる人がいなくなったらどうしよう……ってねぇ」

「もちろん、そんな弱気にばっかなってちゃ、配信にも影響出るし、引きずるわけにはいかないんだけど。自分を応援してくれる人が一人もいなくなるなんてことはない、初めからこんなに知名度があることの方が異常なんだって――特にうちの事務所は、他のとこと比べても小さい方だし。そんなポジティブ思考で、乗り切るようにはしてる」

「やっぱり……るりちゃんが引退した時の話、みんな聞きたいよねぇ」

「じゃあ、それ関連で次の質問。『るりちゃんの引退後、しばらく誰もこの話題に触れない時期があった気がするのですが、事務所からNGが出ていたんですか』」


 リョウカちゃんたちの方から聞いてくれ、と言われているからかもしれないが、みんなザクザク本質に斬り込んでくる。私もるりちゃんの話を聞きたいことに間違いはないのだけれど、話が変な方向に行ったりしないかな、と心配もしていた。リョウカちゃんが一呼吸置いた後、また質問に答え始めた。

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