2=虹ノ宮るり
『デジタルネイティブ世代』
という言葉は、私たちの世代に当てはめるにはもはや死語だ。インターネットが登場したのなんて私たちが生まれるよりも随分前のことだし、Youtubeは私が生まれた頃にはすでに成熟期に入り安定したサービスが提供できるようになっていた。いやもちろん、今でもよく回線が悪くなって見ている配信がぐるぐるしだすけれど。そんな中でバーチャルYoutuber、すなわちVTuberは、私が小学生の頃に新しく確立されたジャンルだった。
『Virdolプロジェクト、ついに始動! 一期生三人のデビューは7/21 20時! 新時代の幕開けを見逃すな!』
画面越しに自分の動きが、あらかじめ設定したアバターに合わせて動く。実際の自分の容姿など、VTuberをやる上では一切関係ない。つまり自分と性格から容姿から正反対の美少女をアバターに据えてもいい。VTuberの最大の特徴とも言えるその点から、アイドルという概念と組み合わせることは容易だったのだろう。VTuberと名乗る存在が登場してから比較的すぐに、画面の向こうのアイドルと謳った子たちが頭角を現し始めた。
そんな時代の流れの中で、シグマディメンジョン社の打ち出したアイドルVTuber『Virdol』プロジェクトは、やや遅れていると言えた。一期生も華々しい宣伝がされたけれど、正直なところ大手の子たちとデザインのクセや才能の売り出し方は大差なかった。良く言えば時代に合っていたが、悪く言えば突き抜けたところがなくすぐに埋もれそう。当時の紹介記事を振り返っても、だいたいそんな論調が多い。
「虹ノ宮、るり……」
Virdolプロジェクト7期生の、るりちゃんの話題を初めて見たのは、私が中学を卒業し、余韻に浸っている時だった。より正確には、私が通っていたのは中学受験をして入る中高一貫のお嬢様学校で、高校受験は一応したけれどあってないようなものだったから、ただぼうっとしていた、そんな時。Virdolプロジェクトのことを調べて知ったのもその時で、後から当初の注目度がそれほど高くなかったことを知ったのだ。実はVirdolプロジェクト所属のVTuberは、5期生くらいから急激に注目度が高くなり、デビュー直前のチャンネル登録者数も爆発的に増えていた。だからそう呼ばれるVTuber集団がいる、ということくらいは小耳に挟んでいたのだが、あまり興味は持っていなかった。
『クールなイマドキティーン、けれど好きなことは人一倍やり込む情熱娘』
キャッチコピーだって大してぶっ飛んでいるわけでもなく、きらりと光るようなセンスがあるわけでもなかったのに、私はいったん見たその紹介ポスターが頭から離れなかった。そして高校一年生になった4月18日、20時からのるりちゃんのデビュー配信を見た。結局のところ、気がつけば見てしまっていた、というのが今振り返ると一番近い。
そんなるりちゃんだけれど、彼女の武器といえば何と言っても歌だ。曲選も最近のばかりではなく、私たちの親世代がうなるような懐メロというやつも見事に歌い上げる。かと思えば3次元のアイドルソングなんかも可愛らしく歌う。デビューしたての時から実力は相当なものだったが、……こうやっていったん話し始めると止まらないのがオタクの悪いところだ。るりちゃんの魅力は今後も細かく分けて伝えるとして、そろそろいったん現実に戻らないといけない。
『超人気VTuber・虹ノ宮るり引退! 三年の活動に終止符』
るりちゃんが活動三周年を控えて行った配信の翌日朝、ネットニュースは早速その話題だらけだった。トップに扱うところこそ少数だったが、るりちゃん引退の報を出してこないところはなかった。それだけるりちゃんの影響力は世間にとって大きかった。しかも引退の理由をはっきり言わず、「ネガティブな理由ではない」と繰り返し言い続けたことが、余計に様々な憶測を呼んだ。人形のようにそれだけ繰り返して引退しようものなら、好き勝手邪推した記事が出るのは必然だろう。裏では先輩VTuberたちからいじめられていたとか、会社からの待遇がひどいものだったとか、ファンが見たくも聞きたくもないような話も多く出た。
「……あーあ」
るりちゃんが引退してしまってからというもの、私はそんなため息をつくことが増えた。高校生だった三年間はるりちゃんとともにあり、勉強が辛い時もるりちゃんの歌枠が楽しみで仕方なかった。るりちゃんロスで過ごしてきたこの二年間は、どこか空っぽな感じだった。
私が入った芦川大学経済学部は、三年生になると全員どこかしらのゼミに所属することになっている。二年生の後期には所属ゼミの決定がされていて、一応第一志望の鞍馬先生のところに配属になった。ただ、第一志望といっても志望理由は「何となく面白そうだったから」という極めてぼんやりしたもので、とりわけやりたいことがあるというわけではなかった。
「お、今年女の子多いね、助かるわー」
三年生初日、あいさつも兼ねて、新しく配属になった五人が先輩たちの前に揃う。うち女子は私ともう一人。先輩いわく、鞍馬ゼミは代々男がほとんどで、あまり女子からの人気は高くないとのことだった。それもそのはず、鞍馬先生自身が寡黙で何を考えているのか分からず、また担当の講義も「いい意味でも悪い意味でも無難」というのが学生からの専らの評価だから。すごく好感が持てるわけでもなければ、単位が取りにくいとか試験が難しいとか、そういうマイナスの要素もない。そんな先生がボスの、そこそこ成績のいい人が行くゼミ、それが鞍馬ゼミだ。
「ではまずは、三年生の方から自己紹介、お願いしようか」
鞍馬先生の下で働く助教の三宅先生がそう言う。鞍馬先生とは対照的に、人当たりがよく男子からも女子からもそれなりに人気が高いのが三宅先生だ。歳も私たちとそれほど離れておらず、先生というよりは結構歴長めの先輩、みたいな雰囲気の方が強い。実際、博士課程在学中の先輩も鞍馬ゼミには一人いるらしく、いよいよどっちが学生でどっちが先生なのか分からない。ちなみに三宅先生自身も、少し前まで鞍馬ゼミ所属の学生だったらしい。
「卜部紫です。僧正市出身で、下宿してます。出身高校は宮の浦女子高校です。よろしくお願いします」
私は昔から、自己紹介というやつが苦手だ。特に好きなことや好きな食べ物を言わないといけないのが困る。熱中して大好きと言えるようなことが今までにあったかどうか、よく思い出せないし、食べ物は全般的にだいたい何でも食べるので、何か一つに絞るのが難しい。だから出身地と出身高校を言って終わって、先輩たちがにこにこしているのを見た時、少しほっとした。そして適当に五人が並んだ結果、私が最初、もう一人の女の子が最後になっていた。
「府中里奈です。平城市出身、下宿組です! 高校は平城南です。よろしくお願いしますー」
ここまで聞いて、私はおやと思った。どうにもどこかで聞いたような、懐かしい声だった。それからちらりと顔を見て、そういえば二年前合格発表の時に見た、ひと際喜んでいた子だと思い出した。それを思い出せるのも我ながらすごいと思ったが、それだけ目立っていたということでもある。
しかし懐かしさの正体はそこではなかった。
結論から言えば、私が高校三年間ずっと応援し続けていたVTuber・虹ノ宮るり。その人の声と、そっくりそのままだったのである。