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7th. love:朝の眩しさと気怠さと違和感

 寝不足のまま夜が明け、ボクは大きなあくびをしながら緩い坂を上っていた。桜が散ったのは一ヶ月ほど前のことで、今は目に鮮やかな緑道となっていた。まだ寒い夜の風も、朝になると柔らかくボクの素足をなでていった。ひとつ背伸び。細めた目を開けると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。走って、彼女に追いつく。息を整え、挨拶をした。清華さんは微笑み、挨拶を返してくれる。見上げる彼女の後ろから日が差し込んで、まぶしかった。

 坂は緩いカーブになっていて、曲がりきるとそこが校門だ。二人は他愛もない話をしながら坂道を進んでいく。ずっと話していられたらいいのに、そう思ってもそれは願わない。だからせめてたくさんの話をして、気持ちを紛らわそうと思った。校門を抜け、他の制服たちと同じように玄関へと吸い込まれていく。一年の下駄箱と、二年のそれは両端にあって、ボクたちは真ん中で手を振った。

 教室も彼女とは逆方向だ。よくよく考えれば、清華さんがボクの教室の横を通ることはおかしなことだった。三階には特別教室もないし、よほどの用事でなければ上級生が来ることはない。あ、美緒先輩は別。遅刻というリスクを冒してまでもボクたちと雑談がしたいらしい。というかボクに触りたいらしい。ひとつ先輩ではあるけど妹みたいにかわいらしい人なのでそれは別にかまわないけど。

 噂をすれば、なんたらだ。廊下で美緒先輩に挨拶をすると彼女は勢いよく頭を下げ、そのモチベーションを保ったまま顔を上げた。

「ふえっ?」

 そしてなぜか背中から倒れそうになった彼女にあわてて手を差し伸べる。背中に手を回すと彼女を抱きかかえる格好になった。

「ふわぁ」

「ふわぁ、じゃないですよ。どこに重心があったら転びそうになるんですか」

「ん」

 さっきから日本語になってませんよ先輩。怪訝に思いながらも気をつけてくださいと抱き起こし頭をなでた。

「なんか、さっきからりっちゃんくんが王子さまみたい」

 ボクを見上げる二つの輝く瞳が、まっすぐ見つめていた。まあこんななり(女装制服)だけどね。ボクが教室に入ろうとするとくいっ、とボクのスカートの裾を引っ張る。振り向くと、うつむく彼女。

「あの、よかったらまた、さっきの……だっこしてください」

 なんだかおこちゃまになったようです。変な先輩だと思いながら了承する。なんだか腑に落ちないようなもやもやした気分になりながらも教室に入る。と──。

「どうしたのですか、お姉様っ」

 ボクが呼ばれたわけではなかった。廊下からしたその声は美緒先輩のもので、それは違う誰かに向けられていた。困ったように返答は揺れている。

『いや、気になって来ただけだが……』

 聞き覚えがあって足が止まったけど、とりあえず荷物を置き、再び引き戸を開けた。目に飛び込んできた風景に思わず和んでしまった。全身で女生徒に抱きつく美緒先輩。とても心地よさそうに目を細めている。チークを付けたかのように頬が暖かな色に染まっていた。対する抱きつかれたほうはどうしたらいいか困っているようで、どうしようもないといった様子で頭をなでていた。

「りっちゃんくんも気持ちいいですが、お姉様にはかまいません〜」

 ああそうですか。さっき感じた心のもやもやが今となってはどうでもいいものに思えてきた。こうしてみると、まるで仲のよい姉妹のようだった。もっとも、姉のほうは扱いに困っているようだったけど。

「どうしたの、清華さん」

「律の様子が気になって来たのだが、思わぬ伏兵にやられてしまった」

「はうっ、美緒は敵ですかっ?」

 ぱっと清華さんへ見上げる。せわしない女の子は何かに気付いた様子で言葉を繋いだ。

「なんでりっちゃんくんに用事があるのですか?」

 なんで、と訊かれて、清華さんの目があからさまに泳ぐ。ボクとも目をそらす。言いたくなさそうにしていたが、意を決したのか口を開いた。

「律に会いに来たんだ、文句あるか」

 ぶっきらぼうに横を向く。そういう仕草がかわいらしくてボクは好きだ。それでも納得できないのか、美緒先輩は意地が悪そうに質問を重ねてくる。

「りっちゃんくんとお姉様ってつながりありましたか?」

 清華さんがボクたちの仲をおおやけにしていないのならば、理解できる質問だ。けど、正直ボクにはうまく説明できそうになかった。清華さんが頼みの綱になる。

「まあなんというかその、律とは要するに──恋人関係なわけだ」

 うわぁ、思いっきりストレートに言いましたね、しかもそこに行くまでの過程を全く説明せずに。美緒先輩は清華さんから離れ、ボクたちを目やり、目を細めて手を振る。

「ないない。またまたご冗談を」

 そのまさかなんですけどね。あの夜に出会えていなければこうなることもなかったんだろうし。大ざっぱに清華さんはいきさつを美緒先輩に説明している。話を聞くにつれ、先輩の唇がわなわなと震えていくのがわかった。ぼく、どうされてしまうんでしょう。

「むー、ということは美緒とりっちゃんくんはライバルというわけなんですね」

 大幅にリードしているのはボクだということはあえて伏せた。人差し指をボクに向け、大きく息を吸い込み、決めぜりふひとつ。

「絶対お姉様を私のものにしてみせるんですから!」

 うーん、別に清華さんを自分のものにしたいわけじゃないんだけどなぁ。そろっと戻らなければいけない時間になって、二人は退散した。教室に入り、自分の席に着くなり机に突っ伏した。頭に鈍い刺激。顔を上げると純平がにやけた顔でボクを眺めていた。さっきボクにチョップでもかましたのだろう、手刀を右手に作っていた。

「朝から賑やかなこった」

 なぜか三角関係に持ち込まされたボクの身もなってほしい。ボクのそんな思いも意にせず彼はあごをさする。

「しかし、お前が菜月清華とねぇ……」

 彼女のことを知っているのだろうか、ボクは尋ねてみたけど返ってきたのは素っ気ない返事だった。

「名前しか知らねえよ、男勝りだとも知らなかった。まぁ、お似合いなんじゃねえの?」

 彼が色恋沙汰の話になるとどこか投げやりになるのはいつものことだ。色恋沙汰というよりも、ボクの動向に関心があるのだと思う。

「まぁ、一言言えるとしたら、美緒ちんは意外と強敵だと思うぜ?」

 いつも先輩を変な呼び方で呼ぶ純平が口を大きく開けて笑う。知っているような口ぶりにさっきから違和感を覚えながらも、ボクはぶり返してきた睡魔に負けたのだった。

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