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5th. love:化粧

 夜、三面鏡を見つめるボクはどんどんかわいらしくなっていく。化粧のテクニックではまだかあさまにかなわない。どうしてチークが自然にたたけるんだろう。ボクがやるとどうしてもわざとらしくなってうまくいかない。

 かあさまは最後に背中まで伸びた髪をすいて、肩をたたいた。鏡ごしに微笑む。ボクは目の前の自分に見とれていた。まるで、

「私たち姉妹みたいね」

 ──かあさまがボクの気持ちを代弁してくれたように、鏡に映る二人が親子には思えなかったからだ。ボクは童顔だし、かあさまも母というより仲のいい姉のような身なりだからだ。背もボクとあまり変わらない。ボクは胸がくすぐったくて目を細める。

「うん、かあさまの言うとおりだと思う」

 ふわふわとしたフリルのついた寝間着を彼女は着ている。かあさまがボクに化粧や女装をさせるのはボクが幼いころからの趣味だった。そしてボクはそれを違和感なく受け入れてきたし、これからも続けると思う。どんなメイクのお仕事よりも、ボクをメイクしている瞬間が一番好きだと言ってくれる。そのことがとても嬉しい。

 玄関まで見送ってくれたかあさまに、ずっと訊きたかったことを口にした。

「なんで、とめないの?」

 心底不思議そうに首をかしげる彼女。靴を履くために彼女に背を向けた。

「だって、こんな夜中に出歩くなんて、普通だったら止めない?」

「あら、りっちゃんはママに止めてほしいの?」

 そうじゃないけど、とボクは口ごもる。するとかあさまはかがんでいるボクを後ろから抱きしめた。

「もちろん心配よ、暴漢に襲われないかって夜も眠れないぐらい」

 暴漢ではありませんが女性に襲われたことはあります、と言おうと思ったけどやめた。話がこじれてしまう。

「でも、りっちゃんのこと信じてるから。それに、どんなに遅くなっても帰ってきてくれるしね」

 さらりと言われ、頬が暑くなる。まるで子供を寝かしつけるかのような優しい声が耳を通して胸に響いた。温もりが不意に離れ、ボクは後ろを振り向いた。

「今日は人に逢いに行くんでしょう?」

 ……なぜわかるのですかかあさま? その問いに彼女はとぼけてごまかした。


 最終のバスに乗り、三十分ほどで駅前に着く。いつものことだから運転手さんも素性を訊いたりしない。降りると不意に風が吹き付けて身体が震えた。制服に軽い上着で十分だと思っていたけど甘かったみたいだ。もう五月といっても、そうだからこそ温度差は激しい。足に鳥肌がたってないか確認して、スカートの裾をなおした。

 大通りに出ると、いくつかの群衆がまとまって行動していた。大声を出して、馬鹿笑いしながら歩く様子を見ているときっと酔っているのだろうと思った。スーツ姿の人たちがいれば、大学生なんだろう、私服の人もいた。

 ボクはそんな人たちを避けたり気付かれないように小さくなりながら、駅に背を向けて大通りを進んでいった。そんなことしなくても気にとめる人なんていないことはわかっていた。でも、気を抜くことはできない。こんな夜に、味方は一人しかいないのだから。

 裏路地に入る、待ち合わせの場所まではもう少し。少し肩の力を抜く。──それがいけなかった。

「ねぇ、君。こんなところでどうしたの」

 熱っぽい声はうわずって汚れている。ボクは無視するように道を急いだ。それでも声は耳に入ってくる。

「なんで逃げるの、どうせウリでもやってるんでしょ」

 うるさい、勘違いするな。振り切ろうとした瞬間、男が走り出してきた。不意を突かれてスタートを切るのが遅れる。たやすくボクに何かが触れた。首だけを動かし、それが腕であることを確かめた。……こんなやつがいることに腹が立つ。力のないボクはたやすく男に捕まり、無理矢理振り向かせられた。

 何処かおかしな方向を見ている男。身がすくみ、どうしたらいいかわからなくなる。

「こうしてほしかったんでしょう、黙ってないでよ」

 なでつけるだけの愛撫に吐き気がしてくる。ボクは必死に清華さんを呼ぼうとした。けれど、声が出ない。

「すぐに気持ちよくしてあげるから」

「ほう、ならば私が先に逝かしてやろう」

 その言葉をきっかけに、男の力が弱まる。気付けば首に回された白い腕がしっかりと男をとらえていた。男も強く抵抗しているはずだけど、その後ろの女性は涼しい顔でホールドしている。

「二度と女子に手を出さないと誓うなら、この腕を放してやってもいいが」

「な、なんだ、このあま……ナイチチが」

「お前が死に憧れていることはよーくわかった」

 ぐっと力が込められる。同時に男が蛙の鳴き声のようなうめき声を上げる。少し間をおいて彼女が力を弱めると横に図体のでかい男は力なく崩れ去った。

「心配するな、殺してはいない」

 男に襲われたことよりも目の前の女性の強さに驚きを隠せない。それを心配ととらえたのか清華さんは男の無事を伝えたのだった。立ちすくんだボクの制服を直してくれる。最後にほこりを払うようにスカートの脇をたたくといつものようにしっかりと抱きしめる。

「遅くなってすまない」

 もう大丈夫だからな、と言ってくれる。しばらくそうしたあと、身体を離した。自分の胸をなでながら、疑問を口にする。

「胸の小さい女はその、嫌いか?」

 清華さんでも気にするのかと新鮮な気持ちになって、ボクはつい笑ってしまった。

「むむ、失礼なやつだと思わんか?」

「ごめんなさい、だってかわいいこと言うんですもの」

 なおさら失礼だ、とすねた彼女は頬を膨らまし、そっぽを向いてしまった。謝っても、なかなか目を合わせてくれない。こんなときの奥の手、はたして効くだろうか。

「清華さん」

「なんだ」

「キスしたら許してくれますか?」

 ばかもん、と小さく小突かれた。それでも、彼女の腕を掴んでみる。抵抗は──なかった。もう一方の腕も掴み、ボクに向き合わせる。う……今の清華さん、すごく熱っぽくボクを見つめてきて、その、ものすごくかわいい。かわいいなんて便利な言葉じゃダメだ。ものすごく、愛おしい。

「ばかもん、そう言われたら……許せないわけがないだろ」

 瞳を閉じる直前、そう愚痴る彼女の声が聞こえた。


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