Last love:夏来たる
駐車ガレージのシャッターが開くと、ファミリーカーが顔を出した。ボクの家のほうに横付けして停まり、ボクとかあさまはそれに乗り込んだ。
「二人とも、準備はいいかな?」
元気よく返事をする二人に、とおさまはそっくりさんだねぇと苦笑した。手提げには水着と宿泊道具。車は目的地へ向かう前に、まずは全員の集合場所へと走った。クーラーの冷気が強いとかあさまが設定をいじる。ボクは窓から空を見上げた。まぶしい太陽が、新しい季節がきたことを強烈に教えてくれる。
朝の道路は空いていなくて、程なく車は学校に続く坂の前に着いた。ボクは一旦車から降り、彼らを迎えに行く。ボクが挨拶をすると気持ちいいぐらいに爽やかな返事が返ってきた。純平がまたわけのわからないことを言い出す。
「今日は用意してきたんだよなっ、スク水」
「へっ、律、そうなのか!?」
「ま、まさかそんな日が来るとは思ってなかったです……」
いやいやいやいや、そんなわけありませんからっ!で、どういう魂胆かな、純平は。
「いや、今のはちょっとした冗談なんだけど、な?」
「うん、わかってる。宿に着くまでに純平を処刑する方法を九十九個ぐらい考えとくから安心してね?」
頭を抱える純平に他の三人は笑った。そんなこんなで半分冗談を交えながら雑談を短めにすませて、ボクたちは車に乗り込む。再び車は動きだし、今度こそ目的地へと向かった。車中、隣に座った清華さんはボクに話しかける。
「今日が楽しみで仕方なくて、一睡もできなかった」
ボクはそんな彼女の頭をなでてあげる。短い時間だけど、おやすみ。清華さんはあくびをして、まぶたを閉じた。それは本当に安らかな寝顔だった。ボクも自然と、眠りに就いてしまった。なんて心地いいんだろう、車の中って……。
美緒先輩に肩を揺すられ、ボクたちは目を覚ました。時刻は昼前。食事をとったら泳ぐことに。とりあえず宿にチェックインすることが優先だけどね。部屋で水着に着替えることになった。女性陣はシャワールームで着替えることになった。淡々と言葉もなく三人着替え終え(とおさま、なんでブリーフタイプの水着なの……もっこりしてるよ)、三人が着替え終わるのを待った。狭いだの何だの、きゃっきゃとした声が聞こえてくる。ぼそり、と純平が口にする。
「楽しそうだな、おい……」
頷き以外のどういう反応を示せばいいんだ。さらに時間がかかって彼女らは出てきた。かあさまはビキニでパレオを巻いている。清華さんはかあさまより露出は控えめながら、かなりの色っぽさだった。フリルが胸元を強調している。そして美緒先輩は……。彼女の姿を見て、反射的に純平がつぶやいた。
「お前、どこの小学生だよ」
セパレートタイプのスクール水着。よりによってというか案の定というか似合いすぎです。純平の一言に頬を膨らませる先輩。でも彼の言うことも一理あるよ、これじゃあ。奥のほうでとおさまが何かつぶやいていた。ちょっと、大丈夫?
「いい……すごくいいよ……」
「さて、何がいいのかゆっくり聞かせてもらいましょうか」
かあさまがとおさまの耳を引っ張っていく。ボクたちは苦笑しながら二人についていった。
海の家のカレーを食べて、いざ海へ。すいすいと泳ぐみんながうらやましい。ボクはかなづちだから浅瀬を沈んだり浮いたりしていた。清華さんがこっちにきて、水泳の指導を名乗り出てくれた。
唇が紫になるまで泳いで、疲れたところでボクと清華さんは海を一旦上がった。他の二人はまだ楽しそうに遊んでいる。両親は大きな日傘の下、お酒を飲みながらボクたちの様子を見守っていた。砂浜に三角座りをして、自分の町のそれとは違う、青く遠くまで広がる海を眺めていた。境界線は、空に溶けてよくわからない。ボクは、彼女に訊いた。
「二人きりじゃなくてよかったの?」
彼女は一瞬目を丸くさせ、すぐに笑う。その人なつっこい笑顔こそ、ボクの取り戻したものだった。
「だって、みんなといるほうが楽しいじゃないか」
あの日、関わりを畏怖していた彼女はもう、どこにもいない。ボクはその言葉に安堵して、確かに、と頷いた。