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38th.love:一人のセカイ

 初めて見た空は、途方もないぐらいに高かった。初めて目に入った世界はただただ広く続く平野だった。私は自分が何であるか把握していなかった。する必要もないと思えた。空腹もなく、時間という概念もない。朝日が昇れば目を覚まし、闇が訪れれば眠りに就いた。それだけで私は満たされていたから、この場所がすべてだと思っていた。

 目を覚ましている間、私はぼんやり何もせずに過ごしていた。網膜に映りこむ風景を焼き付ける。毎日同じように見えて、そんなことはありえないんだと気付き始めた。風の向きは刻々と変わっていくし、日の長さがが徐々に変わっていくことにも気付いた。そして、だんだん私の中で新しい感情が芽生え始めていることに気付いた。でもそれをしばらくの間持て余していた。どうすればいいのか、答えをしばらくは探していた。

 ある日、雨が降った。私にとって初めての経験だった。私がいたところには隠れる場所もない。私は冷たさに身体を震わせながらそれに耐え続けた。苦しくはない。ただ、熱っぽくなってぼんやりとして、やがてその瞳を閉じてしまった。まぶたを開くと再びの青空が広がっていた。私の目の前にある草葉は雫に濡れていた。私は舌でそれをなめてみる。味はしなかった。よく考えれば私の身体もずぶ濡れになっていた。全身をぶるぶると震わせ、水気を飛ばす。そのうち乾くだろう、と思ってそれからはそのままにした。

 今度は濡れたくないな、と思った。せめてこの身体を雨からしのげる場所がほしい。私は決心した。その場所を探すために。そして、この場所以外の世界を知るために。私は雑草を払いのけながらその足を踏み出した。太陽が真ん中まで昇ったころ、雑草だらけの平野を抜けた。所々に花が咲き、奥のほうには大きな水たまり──あとになって、それが湖であることを知った──があった。私は自然と、湖のほうへと足を向けていた。そこに着いて、水面に顔を向けた。

 自分の顔を見るのはそれが初めてだった。今まで自分の顔も知らないまま過ごしてきた。それで不自由がなかったからだ。とんがった三角の耳。まんまるくさせた瞳の色は金色。頬には長いひげが生えていて、顔全体が身体と同様、真っ白な毛で覆われていた。最初からそうと自覚していればよかった。最初の言い出しで自分が猫であることを宣言すればいいのだから。でも、そのときの私は自分を表現する言葉を持ち合わせていなかった。

 名称がないということは、自分の存在を曖昧なものにさせる。名前を与えられて、それは目的を持つ。でも、私がなぜそのときなぜ名称を与えられていなかったのかなんとなく納得がいった。私には目的がなかったから。ただ生きているだけ。ここへ来ただけでも大きな進歩なのかもしれないけど、それでも私がここにいるための理由にはならない。どうしたら私は目的を持つことができるんだろう、と思った。

 まだ私は誰にも会っていないことに気がついた。私がいるということは、私の他にも同じような状況に置かれたものがいるかもしれない。湖は大きく、その先に何があるかわからなかった。それが正しいことかわからなかったけど、試しに湖の周りを歩いてみた。もしかしたら反対側に着くかもしれない。はたして、私はその先がどうなっているのか知ることになった。

 その先には、何もなかった。正確には、閉ざされていた。最初見た時点で気付いた。目の前に、もう一人の私が映っていた。私はそれに向かって爪を立てる。手に入れたのは痛みだけだった。後ろを振り向き、もう一度前を向く。……それで私はそれが何であるのか知った。それは世界を反射させていた。どういう物質なのかはわからない。ただ、その先へ向かうことは絶望的だということははっきりしていた。

 私の視界の限界を超えて、それは高くそびえ立っていた。私は壁沿いに進んでみた。再び雑草が増え始め、やがて私の背丈を越しす。方向感覚を見失い、やがて湖に戻った。いつまで壁沿いに進めていたかも思い出せない。気付いたらまたこの場所に来ていた。この世界には果てがある。そういう世界なのか、誰かがそういうふうに作り替えたのかはわからない。私はどうしようもなくなって、道を引き返すことにした。元いた場所に戻ったころには日が暮れていた。私は眠った。

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