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37th.love:消えていくセカイで

 昼休み、ボクは美緒先輩のいる教室へと顔を出した。もちろん彼女と話し合う約束をするためだ。扉の近くにいた生徒に声をかけて、彼女を呼ぶように頼む。けれど、生徒から返ってきたのは芳しくない返事だった。

「うちのクラスに、そんな子いないわよ」

 最初は冗談で言っているのかと思った。あるいはわざと意地悪しているのかもしれないと思って、もう一度尋ねた。けれど彼女の答えは変わらなかった。違うクラスも回って、同じように確認した。けれど返ってくる答えは同じで、ボクは肩を落とした。でも、そんなおかしなことがあったらたまったもんじゃない。ボクは清華さんに美緒のことを尋ねた。

「いずみ……みお?」

 血の気が引き、鳥肌が立った。なんで、覚えていないんだ。ボクはふと、昨日のことを思い出す。朝、彼女を清華さんが認識しなかったのは清華さんが心を閉ざしていたわけではなく、その時点で『忘れ去られようと』していたからじゃないのか?……そんなことがありえるのか、まさか、と思った。

 とりあえず、自分の教室に戻る。純平はいつも通り、机に突っ伏していた。もう昼食はとったようだった。彼の頑丈そうな肩を揺らし、無理矢理起こす。

「ねぇ、起きてっ、大変なんだよっ、美緒先輩が、美緒先輩が」

 不機嫌そうな顔を彼は見せる。そして、首をかしげた。

「美緒先輩って……誰だよ」

 おかしい。いつの間にか、何かが狂い始めている。しかも、急すぎる。そんな馬鹿な話があるもんか、しかも、昨日彼女のことを純平は話したじゃないか。それなのに、覚えてないだなんて。もしかして、彼女の身に何かあったんだろうか。ボクは携帯電話を取り出した。最初からそうすればよかったのに、ボクは失念していた。彼女の名前を探す。

 ──なんでだよ。

 彼女の名前はアドレス帳になかった。それどころか、通話記録も、彼女と交わしたはずのメールまでも消えていた。彼女を必要としているボクがそんなことをするなんて考えられない。頭がこんがらがって、叫びたくなる。ボクはなるべく冷静になるように努めた。常識に照らし合わせれば、よほどのことがなければ急にいなくなったりできないんだ。ましてや、ボク以外の人の記憶を消すなんてこと、普通はできはしない。

 彼女はどのタイミングで消えたんだ。そして、この世界で何が起こっているんだ。ボクはこのまま学校にいることができなくて、純平に早退すると告げた。

「どうしたんだ?」

「理由はあとで話す。先生には具合が悪くなったとか言っておいて」

 まぁいいけどよ、と間延びした返事のあと、彼が言った。

「無理はすんなよ」

 ボクは手を振って、それに答えた。

 ボクには行くあてがあった、いや違う。ボクが行くべき場所は決まっていた。だからその足に迷いはなかった。帰路を辿る途中の道。ボクはそこがいつもと違うことを見破った。誰の仕業なのか、それとも彼女がそれを望んだのかはまだわからない。でも、それはまだ開かれていない扉があるからだ。それを開かない限り、世界はやがてループする。その前に、救わなければいけない。

 商店街に入り、ボクは辺りを見回した。なくなってしまっていたはずの記憶をなんとかつなぎ合わせようとする。微かに見覚えのある裏路地を見つけて、ボクは細い道へと入ろうとした。その前に立ちはだかる一匹の黒猫。かつて、ボクにしおりの在処を教えてくれて、また平行世界へと案内してくれた。

 ボクたちは対峙する。どちらも引こうとする意思はない。ボクは、猫に頭を下げた。戻るためではなく、進むために。

「なぜ、忘れておらんのじゃ」

 顔を上げると、細い瞳がボクを責める。人間は記憶を完全に消去できるわけじゃない。表に上がらないようにゴミ箱へと入れるだけ。そこから記憶を取り出したのは馬鹿力というか、半ば強引で自分でも具体的な説明ができないんだけど。

「ほう……ちょっと侮っておったな。で、用件は何じゃ」

「美緒先輩を取り戻す」

 ボクは即答した。ボクは自信があった。彼女は『向こう側』にいる。なぜその世界を選択したのか、ボクは聞き出さなければいけなかった。そして、強引だったとしても元の世界に連れて行く。

「まぁ、よかろう。じゃが、わしにできんかったことをおまいさんができるのかね?」

 できるできないじゃなくて、やるしかない。そう答えると、人間らしい屁理屈じゃ、とぶっきらぼうに答えてボクに背を向けた。ボクはその背中についていく。以前通ったことのある道をなぞっていく。やがて方向感覚はなくなったけど、怖いものはなかった。

 程なくして、雑草の生え広がった平野へと出る。風が心地よく吹く。向こうとは違い、雲一つない青空だった。ボクは彼女の姿を探し始めた。あまり迷うこともなく、彼女は見つかった。白い麻でできたワンピースのような織物を着た美緒先輩は、雑草のベッドに身体を預けていた。彼女の髪が風にそよいで、小さな身体は呼吸によって揺れていた。ダメだよ、こんなところで寝ていちゃ……。猫は遠くで待機しているようだった。ボクは彼女の頬をなでた。

「ねぇ、起きて。ボクに、お話を聞かせて」

 彼女はゆっくりと目を覚ました。ボクの姿を確認すると、跳ねるようにして起き上がった。けどすぐにボクから目をそらす。

「なんで、ここに来たですか」

 ボクは猫にしたように、即答した。でも、彼女は喜ぶどころかむくれて、ボクから目をそらす。不意にかわいい、と思ってしまう自分が情けない。

「なんで、戻らないといけないですか、そのための用意もちゃんとしたのに……やっぱり、りっちゃんくんに対しても記憶を消しておくべきでした」

「そこまで大がかりなことをして、なんでこの世界に生きようとしたのさっ」

 溜め息を短くつき、美緒先輩は言い放った。

「りっちゃんくんは勘違いしてるです。美緒は元々ここの世界の住人。美緒という名前は仮のものです、そしてこの身姿も」

 ボクの行為の意味が希薄になった。元々こちら側の人をボクのエゴで引っ張ってきてしまってもいいのだろうか。簡単にはいいと思えなかった。ならせめて、と提案した。

「なんでボクたちの世界に現れたのか、それだけは聞かせてよ」

 彼女はふくれ面をやめて、ボクに一瞥をくれた。

「それを聞いて、りっちゃんくんはどうするですか」

 ……どうするんだろう。ボクはその質問に対して適確な解答を見つけることができなかった。でも、聞かなければいけないような気がした。そうしなければ、ここから動けないと思った。この先は始まりなのか、それとも終わりなのかわからなかったとしても。ボクの熱意に押されたのか、彼女は遠い目をしていった。

「長い、話になりますです」

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