34th.love:季節の終わり
ボクはしばらく学校を休むことになった。と、同時にボクの問題が明らかになって、学校はちょっとした騒ぎになっていた。学校側の謝罪と配慮でボクの家自体に被害が及ぶことはなかった。ボクは療養のためカウンセラーのいる施設に送られることになった。素行の悪かったものから両親に問題があるものまで、小学生から高校生までがそこで暮らしていた。特別クラスとは違って、生活に若干の緊張感がある。カウンセラーはみな厳しくも優しい人たちで、ボクはそこで人間関係を一から学んでいった。
ボクがそこで暮らしている間、両親は裁判を起こしていた。それに彼らは勝利して、小学校は教師数名の処分と学校システムの改善を求められることになった。でも、もうボクには関係のないことだった。ボクは中学生になった、施設で。
中学二年になって、ボクの精神状態がだいぶ落ち着いたとして施設を出ることになった。三年間の療養だった。しばらくのつもりが、だいぶ長くなってしまった。純平のこともちゃんと思い出した。彼は一ヶ月に一度のペースでここまで足を運んでくれていた。
最初の登校日、迷うことはなかった。それに、純平もいてくれた。初めて袖を通す制服はスカートにブレザー。似合っている、とみんなが言ってくれた。嬉しかった、受け入れてもらえたことが。今、一人じゃないんだということが。
学校側にはだいたいの連絡がいっていた。なので対応もだいぶスムーズだった。男女別の授業は女子のほうを受けさせてもらった。いいのかなと、最初は不安だったけど、意外にも女生徒たちはボクを拒否することはなかった、それよりも友人になってくれることのほうが多かったので驚いた。
男子のほうが扱いに困っていたようだ。特に気にせず、女子としてみてくれればよかったのに。その様子は少しどこかおかしくて、楽しかったけれど。勉強の面での心配はなかった。元々できた身だし、コツ次第で勉強というのはうまくいくものなのだ。そのこつに気付くまでが難しいと言われればそれまでなんだけど。
中学校生活はほんの一時といった感じだった。すぐに受験シーズンが訪れて、ボクは純平と同じ高校を受験することにした。たいした理由はない、といったら嘘になる。ほんとは彼の背中で守ってほしかったからだ。……一応言っておくけど、彼を人間として頼ってただけで恋愛感情はなかったんだからね。
そんなこんなで受験はうまくいって、晴れて彼と同じ学校に通うようになった。ここでもボクは女子の扱いを受けることになった。ここまではっきりした態度を取られると、両親があらかじめ(いろんな方法で)根回しをしているんじゃないかと疑えてくる。尋ねたところでそんなことはないと笑顔の返事が戻ってくるだけだったけど、逆におっかない。
どたばたした四月を駆け抜けて、ピンク一色だった坂道が爽やかな緑に変わったころ、美緒先輩と出会った。世界地図を片付けるように教師に頼まれ、社会科資料室に向かったときのことだった。なんともなしに目的地に向かっていると目の前に足の生えた段ボールが歩いてきた。明らかにおかしいと思って目を凝らす。自分の背丈より高い荷物を持ち運ぶってどんな腕力だと思いながらそっちに向かった。
自分より幾分か背丈のちっちゃい女生徒が息を切らしながら荷物を持っていた。ボクは彼女に声をかける。返事がなかったので承諾だと思いこんで一番上の荷物を取り上げた。段ボールはほぼ空のようで、あまり重くなかった。世界地図は黒板用で大きさもあったけど、脇に挟めば問題なさそうだった。前が見えない彼女のほうがどうにも危ない。視界が開けた彼女はおお、と言いながら立ち止まった。
辺りをきょろきょろと見回して、ボクの姿を見つける。危なっかしく見えたので手伝う、と彼女に言うとありがとうと暖かな微笑みで首をかしげた。
目的地は彼女と一緒だった。何年生か訊かれ、簡単に自己紹介をした。なら私が先輩ですね、物腰の柔らかな敬語で彼女は答えた。そう言われて、改めて彼女を見る。……どう見ても小学生だった。ボクも背丈に関してはあまり人のことは言えないんだけど、それにしては幼すぎる。思わず何回か聞き返してしまった。そのうち彼女はふくれてしまった。何かあったらよろしくと言われ、ボクは頭を下げた。
いつの間にか彼女はボディタッチをするようになってその度に教室がどよめいた。純平はなぜか顔を真っ赤にさせてそれを静観する。──何も知らないボクはきっと幸せだった。けど、ボクにはそれは許されない。傷付けた人と傷付けられた人がいたなら、ボクは二人の手を取らなければいけない。日常を取り戻すために。
……ボクが清華さんと出会う、前の話。