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3rd. love:逢いたくて。

 昼休み、純平の誘いを断って教室を出る。ぶーたれたいかつい顔が明日カツサンドおごりなとか言っていたが全然ボクには聞こえなかったよ、うん。かわいい女の子(心が)にそんなことをさせるなんて間違ってるんだぞって、ずいぶん都合のいいアイデンティティだよな、ボクのそれは。

 結局ボクは何になりたいんだろうとか微妙に重いことを考えながら学校を散策してみる。彼女がどこにいるのかあてもなかったのでくまなく探してみるしかなかった。思考を一時中断して、いろんなところを見やるといつもは気にもしない細かいところが目に付く。例えば窓についた指紋だとか、壁に付けた鉛筆の落書きだとか、廊下に無造作に置かれているかわいげのない蛇のぬいぐるみとか──?

「ってそれがここにあるのはおかしいっ」

「ごめーん、それ私のですー」

 ぬいぐるみ(にしてはやたら光沢がある)を持ち上げて顔を上げる。申し訳なさそうに両の手を合わせた女の子が小走りでやってくる。ボクはそれを手渡した。

「ありがとうですよ、りっちゃんくん」

「どういたしまして、美緒先輩」

 ところで、と彼女の口調が変わる。何かおかしなことでもあっただろうか。怒ってもかわいいから困る。きっとクラスではマスコット的存在なのだろう。

「さっきマロンちゃんをばっちく指で持ってたのはなんでかなぁ?」

 いや、だってそれちょっとヌルってしましたよ?

「うーん、きっとそれただの仕様」

 触るとぬるぬるするぬいぐるみって聞いたことがないんだけど、どう対応した方が安全なのかしら。

「巻きますか? 巻きませんか?」

「巻きませんっ」

 ボクは即答した。ただのぬいぐるみだから大丈夫なのに、という彼女。その一言からはそういったニュアンスが伝わってこないんです……!マロンちゃん(という名前らしい)を首に絡ませ、にこにこしながら彼女は去っていった。あまりのインパクトに質問をしそこねてしまった。といっても身体的な特徴を伝えたところでわからないだろうし、しょうがないと片付けた。


 また捜索が始まる。限られた時間で彼女の姿を見つけられるとは思わなかったけど、何もしないよりはいい。もとより、ボクは探検とか探索とかすることが好きだ。よく男の子に混じって遊んでスカートを汚したっけな。昔から女の子のつもりでいたんだけど、家でじっとしてるタイプではなかった。ほら、よくいう行動的な女の子。ボクはそんな感じだった。

 ボクは一階まで降りて、引き戸に手をかけた。芝、緑木、草花がそれぞれ協和する空間。古びた学校の唯一胸を張れるところ。この中庭はコの字型に建てられてた校舎を挟んだところにあり、よく日が当たる。用務員の方が毎日手入れするおかげもあり、とてもよく整備されていた。そう人気の多い場所といったこともないのだけれど、シートを広げ昼食をとる人たちの姿があったりする。騒がしくなく、かといって寂れていない居心地のよい場所だった。

 おなかが空いているのもすっかり忘れ、人捜しに夢中になっていて、それゆえに彼女の姿を見つけることはできなかった。

 ボクからは。

「みつけたっ、私の子猫さん」

 制服の上から胸をもみしだいてくる。ボクにそれがないってわかってるでしょ……。

「あれ、意外と胸あるんだな?」

「パッドです」

 短い解答におなかを抱える彼女。そんなにおかしなことかな?ひとしきり笑ったあとに、またボクに抱き付いた。さすがに気がついたのか、お茶会をしていた数人や窓からボクたちの姿を見かけた人たちがボクたちを見てくる。目が合うとそらすあたり、やましいことでも考えていそうな気がした。

「一つ提案がある」

 肩にのせていた顔を上げ、ボクを見つめる。まっすぐすぎて、直視できない。ボクは頬に熱を帯びていくのを感じながら、首肯した。

「なんでしょう」

「性転換しないか」

 ストレートすぎます。それにそこまでしようとなんて思っていない。いずれはきっと……このままではいられないのだから。残念がる彼女に微笑みだけを返す。立ち話も疲れるだろうからとボクをベンチへと誘う彼女。

「きっと君のことだから、私を捜すので頭がいっぱいだったんだろう?」

 そんな君のために多めに作ってきたんだよ、と弁当箱を広げる。はい、と彼女の手にあるのはサンドイッチ。ボクがそれを手に取ろうとすると訝しげな目をされる。カツの入ったそれが遠ざかる。こういうときは口を開けて待つものだという。

「って、は、はずかしいですよ……」

 気にするな、ほら、と促される。彼女が喜ぶのならそれでいいか、と思って口を開ける。一口だけかじり、味わってから飲み込んだ。

「おいしい」

 自然に、頬がゆるむ。どうおいしいか説明するのも野暮ったいぐらいだ。説明せずに、ボクだけの知る味にするのも悪くない。そう思えた。

「本当か?」

 料理好きのボクが言うんだから間違いないです。そう微笑みを彼女に向けると、満足そうに目を細めた。食事の続きを彼女がせかす。ほとんどボクがサンドイッチを食べてしまった。

「食べなくていいんですか?」

 そう訊くと、あんまりおなかは空いていないんだと答えが返ってきた。

 弁当箱が空になると同時に予鈴が鳴る。ボクは心からお礼を言った。

「食べたいものがあったらなんでも言ってくれ、おねーさんが腕を振るうぞ」

 気丈よさそうなはればれとした笑いをボクに見せてくれる。白い八重歯がのぞき、また一つ彼女のチャームポイントを見つけた。これからいくつ見つけられるだろう。楽しみでしかたなかった。

 別れ際、ボクは彼女の名前を訊いた。今までよく会話できたな、と苦笑混じりに彼女は言った。女の子らしい名前ですねと率直な感想を述べると彼女はむくれた。

「むむ、私はこれでもれっきとした女の子なんだぞ、ちなみに一つ先輩だ」

 そのあと、二人で微笑みを交わした。じゃあまた会いましょう。そう言うともう一度ひしと抱きしめてくれた。ボクはその名前を忘れないように何度も、何度も心に刻んだ。


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