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27th.love:トマドイノココロ

 ……目覚ましは無情にもボクに朝を運んでくる。ボクは仕方なく時計のアラームを止め、一階へと下りていった。いつものようにかあさまが朝ご飯を作ってくれている。ボクは眠たい目をこすりながらご飯を口に入れる。相変わらず内容の伝わってこないニュースをぼんやりと見つめながらご飯を平らげた。

 自分の部屋に戻り、洋服ダンスを開けた。そこにはブレザーとズボンがハンガーに掛けられていた。昨日の朝急ぎでクリーニングに出したおかげでカビ臭くなってはいなかった。初めて着る男子の制服。こんなときのために買っておいてよかった、とかあさまは言っていた。制服なんて、安くない買い物なのに……自分を、少し恥じた。

 女子用の制服より生地がしっかりしているんだなと着てみて思う。下半身もズボンだから暑いかもしれない。鏡の前でくるくると自分を見回す癖が取れなくて、一人苦笑した。ふと時計を見て、焦る。笑っている場合じゃなかった。ボクは自分の部屋をあわてて飛び出した。

 家を出る間際、かあさまが言った。

「がんばってね」

 ボクは頷く。きっとかあさまは何でもお見通しなんだ。わからないことなんて何もないような気がする。もう状況に甘えることはできない。ボクはこれから変わっていくことを願ったのだから。ボクは玄関を飛び出していった。


 商店街まできてボクは走る速度を緩めた。目の前に美緒先輩が見えればまず遅刻の心配はない。ボクは彼女の肩をたたいた。

「にゃっ、びっくりしたですよりっちゃんくん……?」

 まぁ当然といえば当然の反応ですよね。改めて挨拶をすると彼女は律儀に腰を折った。

「もしかしてりっちゃんくんの弟さんですか?」

 まさか。ボクは一人っ子だし、ましてやボクはボク以外の何者でもない。ボクは首を振り、生徒手帳を見せた。

「えーっ、どういうことですかりっちゃんくん!まさか今流行りの『いめちぇん』ってやつですか?」

 別にイメチェンは流行ってないと思いますよ?といっても、それに近いものがあったので曖昧に頷いておいた。立ち止まった彼女を促した。清華さんの話をすることは避けて、ボク自身が変わりたかったと説明した。答えの一つには違いない。

「そですか。でもこう考えれば解決です」

 彼女はボクの鼻筋に人差し指を当てた。

「りっちゃんくんは男装しているだけなのだ、と」

 だからですね美緒先輩?そういう問題じゃないです、いや、なに攻めが清華さんとかボクが受けとかていうか男でもボクが受けなんだってなんか論点がずれてる!何をボクたちで妄想しているんですか!

「ふふ……ふふふ……」

 やばい、戻ってきて……!そうこうしているうちに坂の前にきた。いつもならここで清華さんと一緒になる場所だ。周りを見回す、同じ色の制服の中に、見落とすはずのない、知った顔があった。──清華さんは学校にはきてくれた。そのことに少し、安堵する。

 けれど、声をかけるかは躊躇した。うまく声をかけられるか自信がなくて。そんなボクの気持ちを知ってか知らずか(多分知らない)、美緒先輩は一目散に清華さんのところへ駆けだしていった。ボクは二人と距離を置こうとする。結局美緒先輩がボクを指さして、清華さんと目が合うことになった。

 彼女はボクを見たきり、うつむいた。口元が動いたけど、何を言っているのかは聞き取れなかった。美緒先輩が戻ってきた。

「用事があるから、先に行くだそうです。……もしかして、清華さんと何かあったですか」

 ボクは口ごもってしまう。沈黙はどんな言葉よりも雄弁だった。先輩は珍しく難しそうな顔をして言った。

「二人のことにはもう口出しはしないです。でも、もし清華さんを絶望させるようなことがあったら美緒、許さないんですからね」

 思いのほか真剣な口調で……考えれば当たり前か……彼女はボクに伝える。ボクはその言葉を噛みしめて、二人で坂を上っていった。


 朝の挨拶をしながら教室に入っていく。返事の途中で教室がざわついた。あの純平ですら、目を白黒とさせていた。転校生?それにしてはナチュラルな入り方だったぞ、それにしてもベビーフェイスだな、俺、こいつにだったら惚れてもいい、馬鹿、無茶しやがって……。ひそひそ話しているつもりみたいですけど丸聞こえですからね。というかお前ら妄想に対して自制心はないのか。

「お前、なんかあったのか?」

 勘ぐられても困るので身の上だけ話すことにした。一通り話したあと、彼はこう切り出してきた。

「で、男装ということでいいんだよな俺の希望的には」

 誰が純平の希望通りにしますか!ボクは彼のこめかみを容赦なくげんこつでぐりぐりとしてやった。純平のうめき声って初めて聞いた。さすがに数秒でやめてあげる。

「男装違いますからね?男としてこの格好をしてるんだからね?」

 おい、もうパンチラ拝めねえのかよとか言ったやつ表出ろ。ていうかナニのついてるやつのパンチラ拝んで喜ぶってどんだけ変態なんですか。こっちはどん引きですよ。おかしなクラスメイトのおかげで口調までもが歪みそうになった。

 そうして朝のホールルーム、担任によってまた一騒動が引き起こされるのであった。しっかりしてくださいよ、まったく……。

 ボクのいわば『変身』は学校中でちょっとした話題になっていた。女装していたときに一度名を知られたけど、一年以上経ってだいぶ落ち着いてきたので、自分が有名人だという自覚が薄れていた。こんなことで有名になっても全く名誉じゃないんだけどね。

 こそこそ陰で言われるのは好きじゃないからいちいち首をツッコんでははっきり言うようにお願いしたんだけどこれじゃあきりがない。途中で投げて純平と美緒先輩にもそれとなく言ってもらうように頼んだ。味方がいるっていいことだな、とぼんやり思った。

 それとは別に。理由がよくわからないのだけど、いつも以上に女子から話しかけられることが多くなった。クラスメイトから初めて名前を聞く先輩や後輩、授業を受けもらっていない女教師までもが色々と素性を聞いてきた。なんで女装をやめたかというよりはやたら外見をほめ殺された感じだ。うーん、性格は変わってないし、ボクはボクなわけだけど、大きな変化に戸惑いを隠せないというか、やたら彼女たちの視線が熱っぽいというか、ボクのことを知ってどうする気なんだろうか。とりあえずボードゲーム部に部員が入りそうなので部長(そういえば、名前が思い出せない)にでも報告しておこう。

 そのことよりも、ボクは一つのことだけが気がかりだった。それなりに授業をこなして昼休み、ボクはチャイムが鳴ったと同時に純平に断りも入れず教室を飛び出した。別に学食戦争へ飛び込んでいったわけじゃない。清華さんの教室へと一目散に向かっていく。途中で教師に見つかって速度を緩める。でも姿が消えたのを確認してまたスピードを上げた。

 扉の前で呼吸を整え、引き戸を開けた。

 ……教室を見回したけど、彼女の姿はもうそこにはなかった。ボクは先輩をつかまえて彼女がどこに行ったのか尋ねた。よくはわからないけど、と返事の歯切れは悪かったけど、いつもの場所にいると思う、と返事が返ってきた。小さく礼をして教室を出る。廊下の窓から下を見る。彼女の姿は確認できなかったけど、彼女に追いつこうとまた廊下の床を蹴った。

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