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26th.love:ボクの決心

 微笑みを絶やさないかわりに彼女は溜め息を一つ、吐いた。ちょっとの時間があって、頷きを返す。

「理由だけ、訊いてもいいかしら?」

 責めるわけではなく、興味というか、ただ知りたい様子だった。それに、ボクが隠し事をしなければいけない要素は何一つとしてない。ボクは正直に話した。ある一人の女の子のこと。彼女を助けるためにはボクが変わらなければいけないこと。そのために、ボクは自分を認めなければいけないこと。身体がこうである以上、ボクは性をごまかすことはできない。それが、この『病気』に対して自分で導き出した答えだった。

「そっか……ごめんなさいね」

 眉尻を下げた彼女はそう返事をした。謝ることなんて一つもないのに。彼女はそれなのにボクの頭をなでてくれる。

「やっぱり、りっちゃんは男の子だったのね。うん、そっか」

 彼女のしてくれたことはすべて、ボクのためを思ってのことだった。いつか言ったように、ボクはそのことを否定できないし、否定したくない。このままじゃいられない、そのモラトリアムが予想より早く終わってしまっただけ。二人、小さな涙がこぼれる。

「かあさま、心配しないで。ボクはボクだから」

「そんなの、わかってるわよう……」

 途中で、彼女が悲しくて泣いているわけじゃないんだと気付く。ボクの決意が嬉しくて泣いているんだ。そのことがわかると余計に涙がこぼれた。悲しいから涙を流すんじゃない。涙だって、喜びを表すことができるんだ。ひとしきり泣いたあと、ボクたちは涙を拭いて食器を片付けた。今日はボクを引っ張り回すつもりらしい。新しいボクになるために。

 化粧はしないですむように、女物しかない洋服ダンスの中でもユニセックスなものを選んで着た。ジーンズにボタンシャツ、中に柄物のTシャツ。ちょっと清華さんの趣味っぽくてくすりと笑った。なんか心地がいい。

「今日はせっかくのオフですもの、りっちゃんをかわいい男の子に変身させてあげる」

 ん?余計な形容詞がついていたような気がしたけど。

「かわいい、ですか」

「ん。かわいい」

「妥協する気は」

 全くありませんと気持ちのいいぐらいはっきりとした返事が返ってきた。とりあえず髪を切りたかった。自慢の長い髪を切ってしまうのはもったいない気もしたけれど、それじゃああまり変わらないし、ハードロックのメンバーよろしくなるのもなんか違うと思ったので切ることにしたのだ。

「ああ、それだったらいい美容室があるからそこへ行きましょう?心配しないで、今は男の人も美容室へ行くことが多いんだから」

 それと、下着も男性用にしなきゃいけないし、洋服だってそうだ。いきなりかあさまの出費がかさんでしまうのは困りものだったが、彼女にとっては些末な問題らしい。

「大丈夫大丈夫、いざとなったらりっちゃんの今まで着てた服売るから」

 容赦ないですねかあさま。ボクはもちろん、外見が変わったところで清華さんに拒否されることはわかっていた。これは下準備。本当の辛さに耐えるための、前段階。強く生きるための、誓いのようなものだった。


 買い物から帰ってくるともう夕暮れで、かあさまはすぐに夕食の準備を始めた。ボクも手伝いをする。基本的なことは変わらない。ジャガイモの皮をむきながらボクはパパのことを尋ねた。

「パパ、いつごろ帰ってくるのかなぁ?」

 かあさまはにんじんを切りながら答えた。

「今月の終わりぐらいって言ってたと思うわよ」

 こんなボクを見てパパはどう思うだろう。残念がるだろうか、きっと最初はそうかもしれない。でもちゃんと見てくれると思う。だってボクはボクなんだから。カレーの下準備をしながら、ボクはそう納得した。

 夕食のあと、ボクは早めのお風呂に入った。首元を触って、改めて髪を切ったことに気付く。ずいぶん身体が軽くなった感じだ。鏡の前でボクはどうしてもにやけてしまった。ちょっと浮かれすぎている。湯船につかって、考えることは清華さんのことだった。明日はちゃんと学校にきてくれるのだろうか、心配だった。きたとして、ちゃんとボクを見てくれるかどうか、本当のところは確信がなかった。怒り出すかもしれないとさえ思った。なんとも言えなくて、明日の流れに身をまかせるしかなさそうだった。きてくれなかったら、どうしよう。ボクをもう一度迎え入れてくれるだろうか。そこまでの確信はなかった。

 今日は何にも力が入らなくて、すぐに眠ってしまった。長く睡眠をとるのは久しぶりのことだった。


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