24th.love:その気/言葉
白いつまみを掴んで、ひねる。ポールに旗が引っかかり、かたかたと音がする。それの回転はやがて緩やかになり、旗によって止められる。それが示す数字を見て、ボクは青い車を指でつまみ、駒を進めた。
彼女が押し入れから引っ張り出してきたのはボードゲーム版の人生ゲームだった。女の子の部屋にしてはシンプルで、無駄な装飾のない部屋。そんな彼女の部屋に遺物とも言えるものが眠っているとは思わなかった。野球盤もあると言っていたけど……お父さんが買ってきたものを大事に持っていたと聞いて、納得した。きっと、彼女が小さいときに彼と、あるいは家族でよく遊んだんだろう。それに付き合ってあげるのは当然だ。何よりも、彼女の喜ぶ顔が見たくて。
二人で遊ぶ人生ゲームはどこか物足りないものだったけれど、時間を埋めるのには充分だった。マスに書いてある指示に対してコメントを入れたりして、会話が途切れることもなかった。遊んでいるうちに、あくびの数が増え始める。ボクたちはゲームを片付けて、しばらくぼんやりとしていた。
時計の針の音は規則的で、気のせいかだんだん大きくなるような気がした。間が持たなくなって、ボクは清華さんに話しかけた。
「なんか、することなくなっちゃいましたね」
そうだな、と小さく答えが返ってきて、うつむいた。と、突然頭を振って、シャワーを浴びてくるとボクに告げた。覗くんじゃないと釘を差される。そんなことしないよ……ていうか、清華さん、人のこと言えないじゃないですか。
「む、それも、そうだな」
口元だけ笑みを浮かべて、彼女は部屋を出て行った。詮索するのもよくないな、と思ってボクは律儀に何もせずに待った。シャワーという単語を聞くだけでよからぬ想像をしてしまう。自分の家なんだから、お風呂に入るのは当たり前じゃないか。彼女は三十分もしないうちに部屋に戻ってきた。生地の薄いホットパンツにTシャツという昼に比べてずいぶんとラフな格好だった。白い足が露出している、でも彼女はそれを気にしていない様子だった。
彼女の髪からはシャンプーの香りがした。彼女はボクにシャワーを浴びていけばいいと言った。着替えがないことに気付いた彼女が着替えを貸してくれた。行きかたを教えてもらって、そのとおりに進む。ボクは引き戸を開けた。
決して広いとは言えないお風呂場にはまだ湯気と彼女の匂いが残っていた。鏡越しに自分の白い肌を見つめる。ボクは結局のところ男なんだ、と思い知る。どんなに肌が白くても、メイクをとってしまえば浮かぶ本当の顔。童顔なのには変わりないけど、やっぱりごまかせないものはごまかせない。このボクでも、清華さんはちゃんと好きになってくれるのだろうか。いや、好きになってほしい。ボクに新たに芽生え始めた、この自我を摘み取らないでほしい。ボクは心の中で願った。
夏用の長袖の寝間着に着替えて、ボクは部屋に戻った。清華さんはベッドに腰掛けてじっとしていた。声をかけると彼女はあわてるように返事をした。ボクは彼女の隣に落ち着いた。
「やっぱり、男の子なんだな」
素顔を彼女に晒すのは二回目だけど、最初は若干酔っていたらしい。ダメじゃないですか、未成年が飲んじゃ……。じっと見つめられて、ボクは戸惑う。やっぱり、今日は大人しく床で寝よう、と心に決めるとそのことを清華さんに伝えた。
「いや、一緒にいてほしいんだ、わ、私……準備はできているから」
でも、ボクたちはまだ学生だし、そういうのはまだ早いような気がする。結局、彼女を納得させて、ボクは同じ部屋の床に眠ることにした。
「……律、どうしてもダメか……?」
暗い部屋、甘える声は今にも泣きそうで、ボクはそれを無視することができなかった。明かりを点け、ボクは横になっている彼女の頭をなでた。
「どうしたんですか?なんか今日の清華さん、甘えんぼうさんですね」
恥ずかしくなったのか、彼女は毛布で口元を隠した。
「こんな私は、らしくないか?」
いつもの彼女からは想像つかないけど、そのギャップがかわいい。そのことを素直に伝えた。ますます毛布をかぶる彼女。
「かわいいって言うな……でも、なんか、嬉しい」
こんな清華さんをどうにかしてしまっていいのだろうか。葛藤が胸の中、強く渦巻いている。彼女は布団から顔を上げ、うまく眠れないと告げた。唇が細かく震えている。
「私たちはまだ未熟かもしれない。でも、今じゃなきゃいやなんだ。好きだから、一緒になりたいというのは悪いことなのか?私は──律と、一緒になりたい」
……ボクは、彼女から毛布を優しくはいだ。彼女は仰向けのまま、何かにこらえるように必死に目をつぶっている。まだ触れてもいないのに。ボクはそんな彼女の顔に近づいて、優しくキスをした。それは、長く、熱いものに変わっていく。ボクは一旦唇を離した。
「ちょっと、一歩進んでみますか?」
清華さんは頷きだけを返す。承諾と受け取って、ボクはもう一度唇を重ねた。唇と唇の間から舌を出してみる。それを彼女へと割り込ませてみた。吐息が漏れる。ボクはかまわずに舌を動かした。なんでこんな乱暴な、それなのに優しく包み込みたい感情が同時に襲ってくるんだろうか。この感情だけは何度味わっても説明できないものだった。
もう一度唇を離すと、彼女が荒い呼吸をした。ボクも胸を上下させる。
「ごめんなさい、苦しかったですか……?」
彼女は首を振って、目を細めた。
「いや、大丈夫、だ」
「なるべく優しくしますから」
──それは心からの言葉で、それ以上の意味はない言葉だった。それだけだった、はずだった。彼女の表情が変わった。目を見開いて、ボクを押しのける。ボクは尻餅をつき、部屋を出て行く彼女を見送ってしまった。ワンテンポ遅れて、彼女を追いかける。